ASUKAIII— A Voyage Enriched by History
飛鳥III━━歴史に育まれた豊かな船旅
February 2026
還暦を迎え、久しぶりに心ゆくまでリラックスできる旅に出ようと決めた。選んだのは、伝統と最新の快適さを併せ持つ豪華客船「飛鳥III」だ。海に抱かれながら、日常が遠のき、心身がほぐれていく━━そんな船旅の魅力を、想像以上の豊かさとともに味わうことができた。
text kentaro matsuo
昨年末、私は還暦を迎えた。それを節目に長く務めた編集長職を退き、「編集顧問」という肩書に落ち着くことにした。振り返れば、編集長として20年、雑誌編集者としては37年の月日が経っていた。会社は4度移ったが、そのあいだ1週間を超える休暇を取ったことは一度もなかった。
「そろそろ、どこかへ行って、心ゆくまで休んでみてもいいのではないか」━━そんな思いがふっと胸をよぎったのだ。
とはいえ、最初から海外は選択肢になかった。長時間のフライトは身体に堪えるし、治安や食事の不安、言葉の壁を思うと、気持ちが萎える。日本の温泉旅館も魅力的だが、一箇所に腰を据えてしまうと、きっと退屈してしまうに違いない。
そこで、ふと閃いたのが“クルーズ”だった。一度乗り込んでしまえば移動は最小限で済み、船内には多彩な楽しみがあり、しかも船自体が動いてさまざまな土地へ連れて行ってくれる。飽きる暇もないはずだ。
どうせ乗るなら、日本語が通じる日本船がいい。そうして最終的に選んだのが、日本で最も名の知られたクルーズシップ、日本郵船が誇る最新鋭客船「飛鳥III」であった。
かつて日本郵船が建造した「橿原丸」。1941年、第二次大戦時に徴用され、軍艦へと改造された。
日本郵船の創業は1885年。戦前から日本のクルーズ文化を牽引してきた由緒ある海運会社である。1920年代には客船黄金期を迎え、サンフランシスコ航路を往来した「浅間丸」や、いまも横浜・山下公園に優美な姿をとどめる「氷川丸」など、多くの名船を世に送り出してきた。
チャップリン、アインシュタイン、ヘレン・ケラー、リンドバーグといった世界的著名人が乗船名簿に名を残している。
母港である横浜大さん端に仲良く並んだ「飛鳥II」と「飛鳥III」。
初代「飛鳥」がデビューしたのは1991年。バルコニー付きキャビンを積極的に導入し、日本初の“外国船型”豪華客船として名を馳せた。2006年には「飛鳥II」がその後継となり、長く「日本最大級の豪華客船」として世界一周クルーズを含む多彩な航路で人々の憧憬を集め続けた。
そして2025年7月、次世代の旗艦となる「飛鳥III」が就航。これにより、郵船のクルーズ船は二隻運航となった。初代から数えれば飛鳥クルーズはすでに35年の歴史を刻んでいる。
もっとも、飛鳥IIIは日本船籍ではあるものの、建造されたのはドイツ北西部パペンブルグだ(残念ながら、今日の日本にはこれほどの規模と仕様を持つ豪華客船を造ることができるドックが、もはや存在しないようだ)。
建造を担ったのは、同地に拠点を置く造船所「マイヤー ヴェルフト」社である。ディズニーやシルバーシーなど世界的クルーズラインの船を60隻以上手掛けてきた、200年以上の歴史を持つ老舗である。
確かに飛鳥IIIには、どこかドイツ的な風合いが漂う。それはメルセデス・ベンツやBMWにも共通する、信頼性の高さと重厚な造りの良さだ━━そのあたりは、後ほどゆっくり触れていきたい。
造船で生計を立てる人々が多いこの街では、マイヤー・ヴェルフトは地元の誇りであり、造り上げられた船はまるで自分の子どものように愛される。飛鳥IIIが造船所を離れ、エムス川を海へと曳航された日には、大勢の市民が川岸に集まり、この船の門出を心から祝ったそうである。
母港・横浜大さん橋に静かに横付けされた飛鳥IIIは、間近で見るとまるで小山のような迫力がある。しかし、全長230メートル、総トン数52,265トンというスペックは、国際的なクルーズ船の基準では「中型」に分類されるという。
ただし、乗客740名に対して乗組員約470名という比率は明らかに手厚いサービスへのこだわりを示しており、全客室がバルコニー付きという仕様とあわせて、この船が紛れもなくラグジュアリークラスであることを示している。
以前、あるクルーズ専門誌の編集長がこう語っていた。
「大型船は基本的にカジュアル。本当に贅沢なのは中型船なんです。ただ、採算が難しいので、そう簡単には造れないんですよ」と━━。
飛鳥IIIの巡航速度は20ノット(約37km/h)。小型バイク程度のスピードで、海上を滑るように走っていく。
船内は13層構造となっており、6つのレストランをはじめ、ラウンジ、バー、シアター、グランドスパ(露天風呂を含む)、プール、そしてバスケットボールなどを楽しめるスポーツコートまで設えられている。
さらに船内では、パフォーミングアーツ、ポップスやジャズの生演奏、映画上映、著名講師による講演会、美術やクラフトのワークショップ、そしてヨガ、ストレッチ、ウォーキングといったフィットネスプログラムが連日催されている。文字どおり“海に浮かぶリゾート”という言葉がふさわしい。
カジノスペースも設けられている。本場さながらのルーレットやブラックジャックのゲームが開かれる。日本船なので現金こそ賭けられないが、チップは豪華景品と取り替えることが可能だ。熱い駆け引きに、時の経つのも忘れよう。
船内に足を踏み入れると、まず感じるのは“新造客船ならではの清潔感”である。壁も床も新品を輝きを失っておらず、隅々まで気持ちよく整えられている。
乗船してほどなく、プールデッキでは出港パーティ始まった。生演奏されたのは『セレブレーション』と『君の瞳に恋してる』。いずれも1980年代前半を代表する名曲だ。客層は九割以上が日本人で、年配の方も多いのだが、皆さん実にお元気で、ディスコミュージックが流れ始めると自然と身体が揺れ、ステップを踏む女性の姿もちらほらと見受けられた。
乗客の大半が日本人という環境は、私のように「心から羽を伸ばしたい」という人間には、この上なくありがたい。ビュッフェで席を離れるとき、ロッカーに荷物を預けるとき、過剰な警戒心を抱かずに済む。言葉の心配がなく、ほかの乗客ともすぐに打ち解けられるのも心地よい。
ちなみに、飛鳥IIIのスタッフはフィリピン人が多いが、その丁寧で温かみのある接客や、高い日本語能力には強い好感を抱いた。聞けば、日本郵船グループは自前でフィリピンにクルー養成学校を設立し、人材育成を行っているという。さすが未来を見据えた、老舗企業らしい取り組みである。
館内には至るところにアートが配され、まるで美術館に足を踏み入れたかのようだ。なかでも圧巻なのは、メインロビーの階段背面に掲げられた、高さ8.8メートルに及ぶ室瀬和美氏(蒔絵の重要無形文化財保持者・人間国宝)による漆芸作品である。その存在感と気品には、思わず息をのむ。
さらに興味深いのは、一般公募された作品の数々も船内に飾られている点だ。アマチュアと聞けば素朴なものを想像しがちだが、どれも驚くほどクオリティが高く、“玄人はだし”という言葉が当てはまる。将来的には作品販売も検討しているというから、飛鳥IIIは動く画廊としても注目を集めることになりそうだ。
船内ショッピングも充実している。ファッションとジュエリーのブティック、飛鳥クルーズオリジナルグッズを販売しているショップなどが軒を並べている。英国ブランド、グローブ・トロッターと飛鳥クルーズのコラボレーション・アイテムが売られており、思わず食指が動いてしまう。
「フラワーハウス」もある。実は船内において、生花の需要は多いそうだ。部屋に飾ったり、記念日に花束を贈るのだという。人生の節目節目を洋上で祝うのは、まことにロマンチックである。
<優雅に過ごせる客室>
飛鳥IIIには全381室の客室があり、114㎡を誇るロイヤルペントハウスから、おひとり様向けのソロバルコニー(全22室)まで、多彩なカテゴリーが揃っている。ひとり乗船の方も数多くいる。
私が滞在したのは「ミッドシップスイート」と呼ばれるクラスで、「ASUKAIII meets 47都道府県」と題し、各室に一つずつ都道府県のテーマが割り当てられている。私の部屋は北海道がモチーフで、アイヌ模様のタペストリーや、小樽オルゴール堂のオルゴールが設えられていた。
ドイツ製の重厚なドアを開けると、落ち着いたトーンでまとめられたシックな空間が迎えてくれた。素材の質感を生かした、シンプルでありながら品のあるインテリアである。
リビングとベッドルームはいずれも外洋に面し、どちらの窓からもバルコニーへ直接出ることができる。窓には大ぶりのドッグハンドルが備わり、しっかりと締めれば波音はほとんど遮断される。このあたりもドイツ製らしい頼もしさだ。程よい硬さのシモンズ製ベッドと相まって、深い眠りを約束してくれるだろう。
船内とは思えないほどゆったりとしたバスルームには、小豆島産オリーブオイルを使ったオリジナルアメニティが並んでいた。長期滞在を見据えた広いワードローブも用意されており、旅慣れた洒落者にとっては頼もしいスペースである。
デスクには船内専用のタブレットが備え付けられており、船内プログラムの確認から、レストランやショーの予約まで、指先ひとつで操作できる。手持ちのスマートフォンやパソコンも、衛星通信を用いた船内Wi-Fiに接続が可能だ。設定手順はやや複雑ではあるものの、一度つながってしまえば通信速度は驚くほど快適。地上のオフィスと変わらない環境で、ビジネスワークをこなすことができる。
さて……、ここで少々性急ではあるが、飛鳥IIIの魅力をひと言でまとめてしまおう。それはずばり、「風呂と食事」である。昔から日本人が愛してやまない二大快楽を、ひたすら磨き上げ、アップデートし、洗練させた船━━それが飛鳥IIIだ。まずは、その前者から紹介していこう。
<まるで洋上のラグジュアリースパ>
一般的に、豪華客船に大浴場は存在しない。各客室に備わるバスタブやシャワーも簡素なものが多い。海上では真水が貴重であり、それは常識とも言える。
ある港でタクシー運転手から聞いた話だが、停泊中の外国籍クルーズ船から降りてくる客の行き先として最も多いのは、「とにかく風呂に入りたいから、どこか温浴施設へ連れていってくれ」というリクエストだという。笑うに笑えない話である。
しかし、飛鳥IIIの乗客にはその心配はまったくない。なにしろ、船内で最も眺望の良い最上階前方のスペースを、丸ごと大浴場「グランドスパ」としてしまったのだ。設計を担当したドイツ人が「船体でいちばん良い場所を風呂にするなんて、日本人はクレイジーだ」とつぶやいたという。
だが、この判断は大正解であった。スパは船首方向の大きな窓に面し、まるで、大海原の上に大浴場が浮かんでいるような開放感がある。外気を感じられる露天風呂も備え、流れ行く海と空を眺めながら、生まれたままの姿で、湯船のなかで手足を伸ばすひとときは、まさに至福だ。
ドライサウナもあり、しっかりと汗を流すこともできる。滞在中、私は一日に三度、このスパを訪れた。
飛鳥IIIは、もはや「洋上のラグジュアリースパ」と呼んで差し支えない。この大浴場を備えている点こそ、世界のクルーズ船のなかで、飛鳥シリーズが持つ最大のアドバンテージのひとつなのだ。
<船内は「食の殿堂」>
飛鳥III最大の魅力が「食」にあることは、異論を待たない。6つのレストランの他にバーやラウンジを備え、それぞれが趣向を凝らしたメニューを提供している。これぞ洋上の「食の殿堂」である。
「エムスガーデン」は、ビュッフェ形式のガーデンダイニングだ。いつ訪れても必ず数十種類の料理が並び、手軽に、そしてしみじみと美味しいものにありつける。
朝から二種類のスパークリングワインに加え、赤・白ワインが自由に楽しめる。夕方以降はビール、各種ワイン、日本酒、スピリッツまで飲み放題になる。空港のビジネスクラス・ラウンジや、ホテルのエグゼクティブ・ラウンジを、さらにパワーアップしたものと考えればわかりやすい。
前菜からスイーツに至るまで、朝・昼・晩でメニューが入れ替わり、訪れる人を飽きさせない。目の前で焼き上げてくれるオムレツ、特製ハンバーガー、バターチキンカレー、そしてイクラを好きなだけ盛れるイクラ丼などは、特に印象深い美味しさだった。ここでは普通のものが、普通以上のクオリティで提供されている。
「フォーシーズン・ダイニングルーム」は、好きな料理を好きなだけ楽しめるオールデイ・ダイニングである。ビュッフェではなく、席に着いてじっくりと料理を注文するスタイルだ。コース料理もアラカルトも揃っており、それらを自由に組み合わせて、気の向くままに好きなだけ頼むことができる。
私は新鮮な刺し身や小鍋を中心とした和食懐石コースに加え、名物の飛鳥ハンバーグ(これが絶品!)にもつい手を伸ばしてしまった。こうしたワガママにきちんと応えてくれる懐の深さがありがたい。
ここでぜひ味わっておきたいのが、ドライカレーである。明治時代、欧州航路の船上で日本人コックによって考案されたと伝えられ、1911年の欧州航路「三島丸」のディナーメニューには、“Lobster & Dried Curries”の文字を確認することができるという。
日本郵船は帝国ホテルや精養軒と並び、日本の洋食文化を牽引してきた存在なのだ。その伝統の系譜が、いまもフォーシーズン・ダイニングルームに息づいている。
イタリア語で“海の側で”を意味する「アルマーレ」は、スペシャル感溢れるイタリアン・レストランである。ここを利用するには+¥10,000の席料を払わなければならないが、その価値は十二分にある。
氷が敷き詰められた巨大なショーケースに、新鮮な生の魚介類と肉類が並べられている。タラバガニ、アワビ、和牛……。顧客は自分の食べたいものを指さしながら、あれこれと調理法を相談する。高級食材を食べたいだけ食べていいのだ。私は大ぶりな伊勢海老を生で、焼いて、さらに揚げてもらってたいらげた。
(※提供メニューは乗船の時期/仕入れ状況によって変更あり)
ワインはフランス、イタリアものを中心に、さまざまな銘醸が揃っている。飛鳥IIIに積まれているワインで一番高いものは、なんと1千万円もするという(さて、その1本とは何だろうか? もし乗船する機会があったら、ぜひソムリエに尋ねてみてほしい)。
「グリルレストラン パペンブルグ」は、飛鳥IIIに新設された 本格グリルレストランである。店名の由来は船を建造したドイツ・パペンブルグ市(マイヤー・ヴェルフト造船所の所在地)に敬意を表したものだ。
伊勢海老、アワビ、ホタテ、カニなどのシーフードや、最上級和牛などが厨房で焼き上げられ、そのまま香りごとテーブルへ届けられる。これをグリーンペッパーコーンマスタードや梅山椒など、9種類の薬味とともに楽しむのだ。海の男になったつもりで、豪快にかぶりつきたい。
このほかにも、フランス料理の「ノブレス」、割烹料理の「海彦」などがあり、飛鳥IIIの“美味”について書き始めれば、きりがない。
いずれのレストランにも共通しているのは、ポーションが控えめなことだ。だから、胃袋に自信のない人でも、さまざまな料理を少しずつ楽しむことができる。実際、“食べること”を目的に、定期的に乗船する常連客も少なくない。
飛鳥クルーズに通算400泊以上滞在したという乗客は、
「他の船にもさんざん乗ったけれど、やはり飛鳥の食事がいちばん。唯一の問題は、帰ってくると必ず太っていることだね」と愉快そうに語っていた。
ちなみに飛鳥クルーズには「My ASUKA CLUB」という会員制度がある。利用した客室のタイプと泊数に応じてポイントが加算され、レギュラー、シルバー、ゴールド、アルバトロスとステージが上がっていく。飛行機のマイルのような有効期限はなく、ポイントは生涯にわたって記録され続けるので、「飛鳥とともに生きる」と誓う熱心なファンも多いのだ。
<歴史に育まれた船>
「ビスタラウンジ」では、手挽きのコーヒーが楽しめる。オリジナルブレンドの豆をコーヒーミルに入れ、自らハンドルを回すのだ。洋上で味わう香り高い一杯は、また格別なものである。
船内には、抹茶を点てることができるコーナーもある。
「マリナーズクラブ」は、本格的なカクテルが楽しめる大人のバーラウンジである。シグニチャーカクテルはカスケード(仏語で「滝」の意味)で、グラスの上にスモークバブルが乗せられ、泡が弾けるとともに、滝のようにスモークが流れ出る粋な演出がなされている。ちなみにここで使われているグラスはすべてバカラ製である。
粋といえば、この夜はジャズの生演奏が行われた。スーツで決めたクインテット(5人編成)で、クラシックなスウィングをやった。船上の旅とジャズはよく似合う。リズムに合わせて体を揺らしていると、戦前の客船黄金時代へタイムスリップしたような錯覚を覚えた。どうやら船の上では、酔いが回るのも早いようだ。
もうひとつの「アンカーバー」は日本にゆかりのある酒を専門に扱うバーである。寄港地で仕入れた地酒、焼酎、泡盛、ジャパニーズ・ウイスキーが揃っている。日本酒を使ったカクテルなども提供されている。酒好きには、まことに堪らない船である。
「リュミエール シアター」では、オリジナルパフォーミングアーツ「KAGUYA(かぐや)」が上演され、見物させてもらった。デジタルアート映像と3人のダンサーによる、竹取物語をモチーフとしたパフォーマンスである。基本はバレエだが、日本舞踊の要素なども取り入れたダンスが流麗で美しい。
セリフが一切ないにもかかわらず表現力が高く、日本人のみならず、外国人観光客にもアピールするだろうと感じられた。こういったレビューを観るのも船旅の楽しみのひとつである。
また飛鳥IIIでは、各界の第一人者を招いたアカデミックなセミナーがしばしば開催される。私の乗船中には、国立科学博物館・篠田謙一館長による『日本人はどこから来たのか』と題した講演が行われたが、これが出色の面白さであった。
DNA解析を基盤とする最新の分子人類学についての講義で、縄文人と弥生人の混血から現在の日本人が形成されたという研究成果から、江戸期の切支丹屋敷跡で発掘されたイタリア人宣教師の遺骨分析に至るまで、話題は縦横無尽に広がっていく。
飛鳥IIIでは、このように知的好奇心を満たす時間も味わえるのだ。
個人的に興味深かったのは、「ヒストリアエリア」である。ここには、日本郵船の歴史が展示されている。1920〜30年代のサンルイとバカラによるクリスタルデキャンタ、ワイングラスや、1935年の創立50周年を記念して作られた額皿など、一世紀近くも前の貴重な品々が並べられている。
戦前の作家、横光利一の『欧州紀行』(初版1931年)が展示されており、そこには横光が乗船した「箱根丸」出立の様子が綴られていた。少々抜き書きしてみよう。
“見送人は早や沢山見えて居り、尚続々見え、箱根丸の社交室一杯になる。
水竹居氏の音頭で乾盃、写真を各新聞社をはじめ見送人の諸氏が撮る。
花の鉢が沢山船室にある。その他土産物も沢山ある。
午後三時出帆。桟橋に佇んでいる見送人が、テープを取りハンカチを振る。
活動写真を撮る人二三人を見受ける”
とあり、当時の華やかな出帆の情景が、眼前によみがえるようである。
かつてプロムナードデッキで開催されたティーパーティの様子(船名不明)。
長い伝統を誇る客船に乗ることは、自らもその歴史の一部となることである。飛鳥IIIが海に描く航跡のように、乗客それぞれの歩みもまた、この物語へと静かに連なっていくのだ。
一夜停泊した港から翌朝出港する際、突然、数十頭ものイルカの群れが現れ、水上をジャンプしながら、まるで戯れるように船の横を並んで泳いだ。イルカたちの並泳は、この船と航海の豊かさを象徴しているように思えてならなかった。
私の還暦記念の旅は、大成功に終わったのである。






















































