A DIFFERENT PACE OF LIFE

リシャール・ミルが
もたらした時間の贅沢

September 2020

 

 

 この特別なラリーで重要なのはスピードではない。参戦車のほとんどが正真正銘のレーシングカーやスポーツモデル。V12エンジンがどのくらいパワフルであるか、「そんな話はもう十分」。紳士的なドライバーたちは口を揃えてそう答えるのではないだろうか。参戦する25チームに本来問うべきなのは、愛車を運転する機会が十分あるかどうか、という質問だ。答えはもちろん、「不十分!」だろう。

 

 基本的にクラシックカーラリーというものは規制に縛られた現代の暮らしとはまったく別の次元にある。中でもこの「ラリー・デ・レジェンド リシャール・ミル」は特別だ。なぜならレースの目的が、時間以外のほぼすべてを手に入れているような人々に、アンダルシアを巡るという忘れられない旅を提供することだからである。そのプログラムは、ロードレースのみならず、文化、グルメにも触れる内容になっている。白い村の街道や、危険な道として知られるエル・カミニート・デル・レイ(王の小道)、アルフォンソ13世橋など、アンダルシア地方を代表する美しいスポットをいくつも通り過ぎる。ヘミングウェイを魅了したロンダ闘牛場や、アンテケラの歴史ある要塞も訪れる。両側にオリーブ畑が広がる果てしない道も、最高のオリーブオイルの産地であるこの地方ならではの絶景だ。

 

 

 最もエキサイティングで驚かされた場所をひとつ挙げるなら、洞窟住居で知られる村、セテニル・デ・ラス・ボデガスだ。頭上に岩せりが突き出しているメインストリートは、ブガッティ・タイプ57 ステルヴィオや、私たちが乗っていた大きめのアルヴィス TD21にとってなかなか面白い挑戦コースとなった。

 

 ラリーには5日間で最大450マイル(約724 ㎞)という走行距離の規定が設けられているので、ストレスはなかった。日常の生活で大きな影響力を持ち、忙しく活動している参加者たちにとっては、貴重な機会といえる。主催チームである、パトリック・ピーター氏率いるピーター・オートからは、ソーシャルメディアを使いすぎないようにと通達があった。このラリーをできるだけプライベートなものにしておきたいという思惑があるのだろう。ピーター氏がこれまでに手がけてきたツアー・オートやル・マン・クラシック、クラシック・エンデュランス・レーシング、コンクール・デレガンス・シャンティイ・アート&エレガンスなど、他の有名な大会とは明らかに違う印象だ。

 

 

 このラリーで重要なのはディテールである。真の愛好家ならこのクラシックカーラリーのどこが特別なのかわかるはずだ。ポルシェ356はスピードスターだけではなく、希少な1959年製GTバージョンもある。ホワイトのポルシェ911のテールに刻まれたRの文字は、ドイツ語の「Rennen(レーシング)」を表す頭文字となっている。名高い911にポルシェ906のカレラ6フラット6エンジンを搭載した魅力的なモデルである。1953年製のアストンマーティンDB2/4は、イタリアのコーチビルダー、ベルトーネがコンペティション・スパイダーのラインで生産したわずか3台のうちの1台。また、1955年製のアストンマーティンDB3Sのオーナーは、ミッレミリアグッドウッド・リバイバルでのレースなど数々のカーイベントでこの名車を走らせている。

 

 

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