May 2022

THE NEW MASTERS

藤田雄宏が勧めるビスポーク職人 05
佐々木 聖男

5年のナポリ修業を終えたばかりの27歳
SARTORIA TRAMONTO

馬車道のビルの最上階の1室を借りてサルトリア トラモントをオープン。とても小さな工房は、ナポリのアントニオ・パスカリエッロに通じるものがある。BGMにピーノ・ダニエレやアントネッロ・ヴェンデッティをかけたりと、素晴らしいイタリア愛だ。

 横浜・馬車道、ビルの最上階に構えたサルトリア トラモントの工房の前に到着すると、ナポリの至宝ピーノ・ダニエレの名曲“Dubbi non ho”が漏れ聞こえてきた。佐々木聖男氏を訪ねるのは3度目だ。

 チッチオの上木規至氏やシルヴァーノの菅沼知央氏が学んだナポリのアントニオ・パスカリエッロ氏のもとで、2016年から5年間、サルトリアに住み込んで修業した。パスカリエッロ氏のサルトリアには何度か足を運んだことがあるが、小さな作業部屋とキッチンしかなく、そこに弟子ふたりの生活の場を作るには、どう考えても無理のある広さだ。

左:サルトリア トラモントには、何故かコートが結構並んでいる。師匠のアントニオ・パスカリエッロ氏が、コートの仕立てにも定評があった証だ。こちらの「ドッピオ・ウーゾ」も、ディテールのバランスが非常に美しい。右:佐々木氏が着用しているジャケットの、なんと唯一無二で品のいいことか。今どきこのバランスで仕立てる人は稀有だ。襟、ゴージ、肩、胸ポケット、ラペルのロール、品よいディテールが見事に調和。

 月~土曜日は朝9時から夜7時まで仕事で、最初の2年半は週給10ユーロ(のちに50ユーロに昇給)。それでも払ってもらえることに感謝していたし、昼食と夕食は師匠が作ってくれたので、お金を使うことはなかったという。日曜日は奮発してピッツェリアで1枚4ユーロの大きなマルゲリータを頰張ったあと、ペローニ(イタリアのビール)の大瓶を0.8ユーロで買って、ナポリの美しい海を眺めるのが何よりの贅沢だった。

 パスカリエッロ氏に育てられた人たちは、天然藍で何度も染められた布のように、深みのあるナポリ色の“仕立て脳”に染まっていく。数値の代わりに手と目の感覚が研ぎ澄まされ、骨の髄までナポリ色に染まる。そして、速く、美しい仕事を徹底的に叩き込まれる。ナポリの服の代表的な袖付けといえばマニカ カミーチアだが、佐々木氏が修業した5年間で師匠がマニカ カミーチアの服を仕立てたことはいちどもなかったという。

左:愛用の鉄アイロンは6.2kg。アッフィーラ・ジェッソ(チャコ砥ぎ)はフィレンツェの職人謹製。ハサミは庄三郎。師匠も日本のハサミを愛用している。右:師匠直伝のマニカ・フォルケッタ(ラグランスリーブコート)。

 佐々木氏の服には師匠譲りの一歩引いた美しさがある。バルカポケットの形状ひとつをとっても奥ゆかしい。ラペルやゴージの顔つきも、美しい肩にも美意識が詰まっていて、個人的には非常に好きな顔つきだ。これだけの服を仕立てられるのだから、“Dubbi non ho(間違いない!)”。期待しかない。羽ばたけ、27歳!

師匠はナポリの
アントニオ・パスカリエッロ
10歳でサルトの道に入った、たたき上げ世代。美しい縫製、柄合わせにも徹底してこだわる、ナポリ人らしからぬ一面をもつ。サルトリア チッチオの上木規至氏、サルトリア シルヴァーノの菅沼知央氏らを生活から面倒を見て育て上げた。ポジリポの丘のマンゾーニ通りにある工房を出ると、眼下に美しいナポリ湾を見渡せる。小ネタとして、テノールの美声の持ち主でもある。

師匠直伝の
チェントロ・マニカの
コートも得意とする
アントニオ・パスカリエッロ氏の得意技といえば、ラグランスリーブの「マニカ・フォルケッタ」だが、もうひとつ秘伝のコートがある。肩線から袖口までそのまま一本の線で割られている、すなわち袖の中央を縫った「チェントロ・マニカ」のセットインスリーブコートだ。ナポリでもほとんど知られていないクラシックなコートだが、佐々木氏の修業中にいちどだけ注文が入り、師匠の技を伝授されたのだ。それにしても、独特の味わい深さがある。

Nario Sasaki / 佐々木 聖男1994年、神奈川県生まれ。『THE RAKE』日本版創刊号のナポリ特集を見てナポリのサルトに憧れを抱くようになり、2016年からナポリのアントニオ・パスカリエッロ氏のもとで住み込み修業。昨年帰国し、サルトリア トラモントを横浜の馬車道にオープン。

SARTORIA TRAMONTO横浜市中区相生町4丁目 ラタンビル7F
sartoria.tramonto@gmail.com(予約制)
スーツ¥385,000~、ジャケット¥330,000~、コート¥470,000~。納期は約6カ月~。

本記事は2022年1月25日発売号にて掲載されたものです。
価格等が変更になっている場合がございます。あらかじめご了承ください。

THE RAKE JAPAN EDITION issue 44

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