HITCHED ’N STITCHED

ダンヒルで“勝負タキシード”を誂える

March 2025

ダンヒルのビスポーク・テーラリング・ディレクターであるウィル・アダムスが、『THE RAKE』インターナショナル版編集長トム・チェンバレンのために特別なスーツを仕立てた。それは、ダブルブレステッド、スリーピースのタキシードだ。
text tom chamberlin
photography kim lang

ダンヒルにてビスポークしたイヴニングスーツを着る『THE RAKE』インターナショナル版編集長、トム・チェンバレン。ダブルのジャケットに、ダブルのウエストコート付きという珍しいスリーピースとなっている。

 オーダーメイドのないダンヒルは、ミント、イチゴ、キュウリのないピムス(リキュール)のようなものだ。理論上では冷たく爽やかな一杯を楽しめるが、肝心な要素が欠けている。ビスポークこそが、ダンヒルを英国のアイコンたらしめている。

 サイモン・ホロウェイがパーディから姉妹ブランドであるダンヒルに移り、クリエイティブ・ディレクターに就任したとき、彼への期待は大きかった。彼がナショナル・ポートレイト・ギャラリーで披露した最初のコレクションは喝采を浴びた。英国の文化的資産を引き出し、それをエキサイティングで洗練された服へと昇華させたことが評価されたのだ。

 そして今、ウィル・アダムスの加入によって、ダンヒルの成功はますます確かなものとなった。ウィルはかつてキルガーのヘッドカッターを務めた人物で、テーラリングの最前線でキャリアを築いてきた。その彼がダンヒルに移籍することは、ウィル自身にとっても、ブランドにとっても理想的な選択だった。

 新しいテーラーに服を仕立ててもらう際に最も難しいのは、どんな関係を築き、何を生み出すべきかを見極めることだ。これまで私は、顧客の要望に興味を示さず、自分の考えを押し付けてくるテーラーに出会ったことがある。それが間違いではないにしても、苛立ちを覚えるのは確かだ。一方で、私の魅力を見いだし、それを引き立てる提案をしてくれるテーラーもいる。そんな職人は、その技術で着る人の体形を美しく見せてくれる。

 ただし、こうした極端な例は稀であり、多くのテーラーがその中間の「グレーゾーン」に位置している。では、ウィルとの場合はどうだろう? 私たちの間で意見が食い違うとすれば、生地、カット、デザインの細部、あるいはフィット感だろうか?

最初のコンサルテーションの様子。パターンを引く前に、採寸と生地選びが行われる。ダンヒルのビスポーク部門責任者、ウィル・アダムスがダンヒルのイヴニングウェアについてのこだわりを語った。THERAKEインターナショナル版編集長トム・チェンバレンは、背が高すぎ、姿勢が悪いことがコンプレックスだという。

 ウィルと私は以前に顔を合わせたことがあったが、ビスポークの旅をともに始めるとなると、その関係性には大きな変化が生まれる。信頼関係を早急に築くことが重要だ。なぜなら、テーラーはこれから、医者や配偶者と同じくらいあなたを深く知る存在になるからだ。

 そして、避けられないもうひとつの話題が、お金だ。ビスポークは高価である(とはいえ、一部の既製服ブランドがメイフェアのテーラーによるビスポーク以上の価格を堂々と設定していることには驚かされるが……)。

 今回仕立てたスーツは、『THE RAKE』の創設者ウェイ・コーの結婚式のためのものだ。式は2024年12月、ロサンゼルスで開催される。ドレスコードはブラックタイで、私の定番であるバーガンディのヴェルヴェット製スモーキングジャケット(30歳の誕生日にテリー・ヘイストが仕立てた逸品)は考慮から外した。12月とはいえ、ロサンゼルスでは気候的に合わないからだ。

 さらに、私は何かの手違いでアッシャー(新郎付添人)を務めることになり、それに伴い、装いの要件を満たす必要があった(新郎と類似の衣装)。ブラックのダブルブレステッドのウエストコート(ミッドナイトブルーはNG)と、それに合わせるピンクのシャツが求められた。

 最終的に選んだジャケットは6×1のダブルブレステッドスタイルだ。これはウエストコートを少し見せるデザインで、選んだ生地はスミス・ウールンズ製の軽量10ozブラック。71%メリノウールと29%キッドモヘアの混紡だ。

 初回のフィッティングでウィルのカットのバランスに感銘を受けた。シャープなラインにたっぷりとしたプリーツ、高い位置のウエストバンド。これらの要素が私の体形をうまく補っていた。

 特にウエストコートの位置を少し上げる調整を行ったことで、シルエットに大きな効果があった。これにより、脚が長く見え、全体のバランスがよくなった。視覚的な錯覚を利用したこの手法は、ウィルの熟練した技術の一端を示している。

 2回目のフィッティングのため、ダンヒルの本社であるロンドンのボードン・ハウスを再び訪れた。この歴史的建物は1725年に建てられたもので、エリアの象徴としてそびえ立っている。今回は「フォワード・フィッティング」の段階で、初回の仮縫いで施されたしつけ糸はほとんど取り除かれていた。トラウザーズはほぼ完成しており、ウエストコートも9割方仕上がっていたが、ボタンの位置を半インチ広げる必要があった。

「フォワード・フィッティング」と呼ばれる、2回目の仮縫いの様子。生地と裏地を仮留めしているしつけ糸はまだ残っているが、仕上がり一歩手前まで完成している。腹まわりはやや調整が必要だったが、肩と背中は完璧ともいえるフィット感だ。

 ジャケットにはまだ仮縫いのステッチが少し残っていたが、調整が必要だったのは袖丈のみだった。ウィルは私に左右の袖丈をわずかに変えた状態で試着させ、好みの長さを選べるようにしてくれた。

 完成品は完璧な仕上がりだった。ウィルの才能と経験を疑う余地は最初からなかったが、今回のタキシードはそれをさらに証明する結果となった。このスーツは私が『デイリー・テレグラフ』紙で提言した内容を強く裏付けるものだ。

 すなわち、「次回のジェームズ・ボンド映画では、新たなテーラーを採用し、そのテーラーはダンヒルであるべきだ。そしてボンドのタキシードは、ダブルブレステッドのスリーピースで、なおかつゴージャスなものであるべきだ」というものである。

出来上がったタキシードを着てご満悦のトム・チェンバレンと見事難題に応えたウィル・アダムス。世にも珍しいダブルブレステッドのジャケットとウエストコートを持つスリーピースが完成した。英国の王道を行くダンヒルならではの堂々とした仕立て上がりとなった。

THE RAKE JAPAN EDITION issue 62

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