僕の想像の遙か上をいく服を仕立てた サルトリア コルコスの宮平康太郎②
Monday, January 20th, 2020
サンタ トリニータ橋からヴェッキオ橋(ポンテ ヴェッキオ)を背景に撮った、宮平康太郎氏。この日のスタイルに限らず、彼の装いはいつもフィレンツェの街に溶け込んでいる。
年に3~4度訪ねるフィレンツェでは、宮平康太郎氏との毎度の食事は僕の愉しみのひとつだ。彼が好むのは、質実剛健なひと皿には自信ありの、クラシックなトラットリア。
ココレッツォーネのビステッカ アッラ フィオレンティーナ、ダ ルッジェーロのカッレッティエラ、ローストビーフそしてアリスタ、ソスタンツァのトルティーノ ディ カルチョーフィ(アーティチョークのオムレツ)、パスタ アル ブッロ(バターのパスタ)、ペッティ ディ ポッロ アル ブッロ(鶏胸肉のバターソテー)、そして締めのドルチェ コン フラゴリーネ(野イチゴがたっぷり乗ったメレンゲ)。それに夜は金曜だけ開いているダ ブルデのペポーゾやボッリート ミストといった具合に、彼とは店の好みだけにとどまらず、その店におけるお気に入りの料理までもがまんま一緒である。ゴッツィとペルセウスとフラテッリ ブリガンティでも一緒に食事をしたけれど、いずれの店もガツーンと脳天直撃パワフル系で僕好み。好みの皿もやっぱり一緒だ。
日本でいうと、新橋のビーフン東でバーツァン(中華ちまき)と五目ビーフン、早稲田のメルシーでラーメンとポークライス、東中野の十番で餃子とタンメン、浅草橋の水新菜館であんかけ焼きそば、錦糸町の菜苑で純レバ丼、西荻窪の博華で餃子と砂肝の唐揚げ、横浜は山手の奇珍楼で焼売と五目焼きそばとチャーハンを食す、みたいな感じかな(う~ん、だいぶ的外れな喩えだ。って全部中華じゃないか!)。
にんにくと唐辛子をたっぷりきかせたトマトソースは絶品! このボリュームで9ユーロ。
いずれにしても、何十年も変わらないレシピで作られ続けている飾らないシンプルなひと皿に僕たちは最大の敬意を払い、毎度それを口に運ぶたび、無上の喜びで満たされるのだ。ココレッツォーネのファルファッレ コン ピゼッリ(グリーンピース和え蝶の形をしたパスタ)なんかもそうだけど、ササッと作ったシンプルなひと皿であってもその店でしか食べられない味になっていて、感動もんのおいしさなのである。
メニューにはオンリストされているけれど、新鮮なグリーンピースが入らないと作られないので、ありつけないことも多々。
宮平氏とのフィレンツェでの食事において、彼は一度たりともぶれた店選びをしたことはない。それともうひとつ、彼をよく知っている人はご存じだろうけど、彼の装いは街を歩くときもトラットリアで食事するときも常に必ずエレガントだ。週末にはポロシャツくらいは着るけれど、必ずジャケットを羽織っているし、ウィークデイはタイドアップして、服はいつもきれいにプレスされている。装いは四季を感じさせ、フィレンツェの街の雰囲気に溶け込んでいて、街行く人の中でも彼のエレガンスは際立っている。おまけに所作はまんまイタリア人(笑)。
最後のひとつは置いといて(笑)、それらすべてがとても素敵らしいことなんだけれど、特にここで触れたいのは、「季節を感じ、街に溶け込む」の部分だ。春夏には若草色やベージュ、明るいブラウンや明るいブルー(日本でいう明るめのネイビー)あたりを好み、秋冬になればそれこそトスカーナの丘陵地帯に広がる枯れ葉や紅葉、土の色、すなわちブラウンや赤やボルドーなど複雑な色で構成されるツイード生地などを好む。僕らが秋の味覚でオーヴォリやポルチーニやトリュフを好むのとまるで同じ感覚で、彼は自身の装いに五感で感じた季節の色を取り入れていて、僕はそこに彼のエレガンスを感じるのだ。
それともうひとつ。彼の装いはフィレンツェで着る服の色と東京で着る服の色とでは異なるし、それは彼がトランクショーをしているNYでもストックホルムでも香港でもまた異なる。ちなみに2015年、僕が住んでいたナポリに遊びに来てくれたときの宮平氏は、ネイビーのジャケットに黒のポロシャツ、オフ白のコットントラスザーズ、茶のスエードスリッポンという装いだった。待ち合わせのサンタルチアに奥様の明(めい)さんとともに颯爽と歩いて登場したときは「ナポリ風フィレンツェ人がやってきた!」と思ったくらい、背にヴェズヴィオ山が広がるナポリ湾にいい感じに溶け込んでいた。ちなみにその日は、ナポリの魚が水揚げされる港町ポッツォーリにある僕のいちばんのお気に入り食堂「ドン アントニオ」にて、僕の妻と4人でボトル3ユーロの地元ポッツォーリ産ファランギーナとともに至高のスパゲッティ アッレ ヴォンゴレを食したのだった。
サルトに限らず職人たちにとって、文化や伝統が宿る美味しいひと皿は、美しくエモーショナルな作品を創造するパワーの源だ。美味しい食事での日々の感動は、アートに触れるのと同じくらい、美しいものを創造する原動力になると僕は信じている(一緒によくダ ルッジェーロで食事をするSAICの村田博行氏やAKIRA TANI SHOEMAKERの谷 明氏も僕の大好きな職人さんで、ふたりの仕事は本当に美しくすばらしいが、その美を生む原動力は同店のカッレッティエラやアリスタにあると確信している)。
シーズンであっても入荷するのは稀で、なかなかありつけない。
脱線して話がなかなか進まないが、クラシックなトラットリアを愛し、その店伝統のひと皿に敬意を払い、その店の雰囲気にいつも自然に溶け込んでいる宮平氏を、僕は大変リスペクトしている。彼の中でのクラシックとは、彼の生き方そのものなのだ。豪快に飲み、よく食べ、話はいつもフランク。そんなところも僕は好きだし、どんなに飲んでも芯のブレた話が一切ないところもまたいい。すべてにおいて自分をしっかりもっているところに、僕は毎回感心させられる。
一緒に何度も食事をし、工房にも何度も寄らせてもらってさまざまな話をしていくなかで、いよいよ彼に服を本気で仕立ててもらいたいと思い始めた。それまでナポリで仕立てた服を着るのが自分の中でのルールみたいになっていたけれど、別にナポリに対してそこまで固執しているわけはない。彼が仕立てる服の、男らしくも一歩引いた感じで服の主張を表に出さない、いかにその人を自然に美しく見せるかというフィレンツェ人的フィロソフィーにも大いに共感を覚えた。
というわけで、2016年、僕は初めてのフィレンツェの服を、宮平康太郎氏にオーダーした。
ちなみに僕が通っているナポリのサルトリアでこれを上回る生地コレクションをもっているのはルビナッチとパニコくらいだ。
さて、楽しい楽しい生地選びの時間が始まった。
今はもう引退してしまった家具職人に作ってもらったという壁一面に設置された立派な生地棚には、彼が長年かけて集めてきたすばらしい生地がぎっしり積まれている。
宮平康太郎氏の服を仕立てるにあたって、ここでの生地選びは至福のひとときだ。
それと宮平氏の生地提案の仕方はすごくイタリア人的で、ここに彼の服をオーダーする醍醐味のひとつがある。
これはすごく素晴らしいことだと思ったのだけれど、書き出すと長くなりそうなので、その話についてはまた次回。
写真・文 藤田雄宏