From Kentaro Matsuo

THE RAKE JAPAN 編集長、松尾健太郎が取材した、ベスト・ドレッサーたちの肖像。”お洒落な男”とは何か、を追求しています!

ミラノからやってきた、世界一の服を作る日本人
船橋幸彦さん

Saturday, April 25th, 2020

船橋幸彦さん

サルトリア イプシロン 代表 

text kentaro matsuo  photography tatsuya ozawa

サルトリア イプシロンの船橋幸彦さんのご登場です。私が船橋さんに初めてお会いしたのは、もう25年も前のことでした。当時はクラシコ・イタリアが大ブームで、“本場ミラノからやってきた、世界一の服を作る日本人”といった惹句で、鳴り物入りのご来日だったのを覚えています。

 その時に何をお話したのかは、すっかり忘れてしまいましたが、とても情熱的な方だったのは覚えていました。今回久しぶりにお会いし、変わらないパッションを感じました。

「私が開発した“バランス理論”は、日本、アメリカ、韓国で特許を取っています。これは人それぞれ違う体型の寸法をとらえ、洋服の前後左右のバランスをとって、まるで“やじろべえ”のように仕立てることで、ストレスのない服を作る技術です。世界でも、ウチでしかできないテクニックなのです。ちょっと、この服を持ってみて下さい」

 そういって手渡されたジャケットは、驚くほど軽い。芯地も肩パッドも入っておらず、一枚の布のようにフニャフニャです。ところがコレに袖を通すと、驚くほどキチンとしたシルエットになるのです。

「これがバランス理論の仕立てです。実は私の肩の高さは、左右で2センチも違うのですが、そこをうまく調節し、均等に見えるように作ってあります。また布自体の重さで生地に張りがでるので、パッドを入れなくても、ちゃんとした形になるのです」

 これは、ちょっとしたマジックを見せられているようでした。“着るとちゃんとするアンコン服”は何度も見ましたが、ここまで差があるものは初めてです。さすが、特許が取れるだけのことはあります。それにしても、ひとつのテーラーが、その技術において特許を取得しているというのは珍しい。

「特許事務所の人は、服に関しては素人だったので、理解してもらうのに苦労しました。私自身も経験ではわかっていたものの、“なぜ、そうなるのか?”がうまく言葉で説明できなかったのです」

 何度もやっているうちに、説明も上手になり、今では文化服装学院で、後進にバランス理論を教えるまでになりました。

 お召しになっているジャケットも、もちろんバランス理論に基づいて、自ら仕立てたもの。

「これは、ローマの泥棒市で見つけた、1960年代のチェルッティの生地で仕立てたものです。なんだか生地の感じが、アルマーニっぽいと思いませんか? 実は当時、チェルッティのテキスタイル・デザインはアルマーニが担当していたのです。そこでアルマーニ本人に、『これはお前が作ったものではないか?』と生地を同封して手紙を出したことがあります。返事は来ませんでしたけれど(笑)」

 

 シャツとタイは、サルトリア イプシロンのオリジナル。タイには、50オンスというヘビーなシルク地が使われています。

 

 パンツも、もちろん自ら手がけたもの。

「シルエットには、クラシックとモダンの2種類があるのですが、年をとったら、少しずつモダン=ちょっと細めを穿いたほうがいいと思います。そして本日のコーディネイトのように、ジャケットがクラシックな生地だったら、パンツは今風の素材にしたほうがいい。両方ともクラシックにしてしまうと、地味すぎてしまう。モダンとクラシックを並べると、お洒落に見えるのです」

 

 メガネは、泰八郎謹製。

時計は、意外なことにアップルウォッチ。

「いろいろな機能がついていて便利ですよ。電話も受けられるし、iphoneを呼び出す機能もある。イタリアに住んでいた頃は、グランドセイコーをよくしていましたね。海外では“メイド・イン・ジャパン”を身に着けたかった」

 実は、船橋さんが“ハイテク通”なことは、後々の取材で明らかになります。

 

 シューズは、ロンドンのジョージ クレバリーでオーダーしたもの。その他に、ベルルッティでもよくオーダーをされるとか・・

ご出身は長崎県。生家はテーラーを営まれていました。

「メンズもレディスもやっていて、職人も10人は雇っていました。小さい頃は、工房が遊び場で、よく糸車を削って、戦車を作って遊んでいました」

 テーラーを志すのは、自然なことだったようです。しかし、海外に修業に出かけ、現地で店まで開いてしまうのは、当時としては実に珍しい。

 

「1976年、長崎県の代表として、英国へ修業に行きました。ロンドンのハウ&カーティスという王室御用達テーラーに入ったのですが、思った以上に機械化されていて、『ああ、こんなものか。やはり産業革命の国だな・・』と思ったのを覚えています」

 このテーラーでは、ロイヤル・ファミリーの服を作ったこともあるそう。

「エリザベス女王から、チャールズ皇太子の弟、アンドリュー王子が16歳になったお祝いとして、ディナージャケットのオーダーを賜ったことがあります。実はそのジャケットは私が縫ったのです。出来上がったジャケットを見た女王は『なんて素敵なジャケットなの!』と喜んでくれたそうです」

 

 その後、イタリア、ローマの名門テーラー、カラチェニの門戸を叩きます。

「もう本当に驚きました。サヴィル・ロウと比べると、まるで別世界のようでした。とにかく、すべてが手作業なのです。当時、“産業革命は北イタリアのトリノで止まった”という言葉があったほどで、南イタリアでは何もかもが人手に頼っていました。それはひとえに、機械を買うより、人間の工賃のほうが安かったからです」

 しかし、船橋さんは、イタリアとイタリア人が作るハンドメイドの服に夢中になりました。そしてこの頃から、スーツのバランスについて、深く考えるようになったといいます。

「カラチェニは素晴らしかったのですが、どこか私が理想とするバランスとは違っていた。私はなんでも思い詰めるタイプなのです。道端で出会ったイタリア人のスーツのバランスが美しすぎて、なんとかその秘密を探ろうと、こっそり後をつけたこともあります(笑)」

 そこで1980年に、自らのテーラーをローマに開きます。

「まったく経験がなかったので、頭の中は真っ白でした。毎日『これから、どうしたらいいんだろう』と思っていましたね。そのうちローマの日本人駐在員の方々がオーダーしてくださるようになり、駐イタリア大使の服も作らせて頂きました。しかし、今の自分から見ると、随分ととんでもない品をお納めしていましたね・・。服が縫えるようになると、服が作れると錯覚してしまうのです。しかし“縫う”ことと“フィッティング”は違う」

 

 ちなみにこの頃、実家の命を受けて、お兄様の芳信さんが、船橋さんを連れ戻しにイタリアへやってきます。ところが・・

「兄はオペラに夢中になって、そのままイタリアへ居着いてしまったのです。まさに“ミイラ取りがミイラ”です。私は何でも思い詰めるタイプですが、兄は気ままに行動するタイプ。突然『俺も服をはじめる!』と言い出し、そのままファッション・デザイナーになってしまいました」

 芳信さんは今でもミラノ在住で、自らのブランド、スタジオ イプシロンを運営なさっています。

 

 1994年に、ご自身もミラノへ移動して、サルトリア イプシロンを開業。同時期に日本ではクラシコ・イタリアの大ブームが到来し、冒頭の出会いに繋がるわけです。

「イタリアの手縫いの服が評価され始めたのです。服飾評論家の遠山周平さんに気に入ってもらい、いろいろなところで紹介して頂きました。おかけでビジネスは右肩上がりでした」

 

 ローマで16年、ミラノで16年過ごした後、三越伊勢丹に招聘され2009年に帰国。日本橋三越の中に工房を構えます。そして2014年に現在の場所に移られました。アトリエは広々としており、時折コンサートが開かれるほど。スタンディングなら、50人以上入れるそうです。

「私は1970年代から、服飾業界の“流れ”をすべて見てきました」

 その経験は、何物にも代え難いでしょう。

 さてそんな船橋さんが、いま何を追求しているかというと、これが超ハイテクなのです。

「3Dスキャンシステムを使って寸法を瞬時に取り、PCの中に本人とまったく同じアバターを作ることが可能となりました。更にその寸法でパターンも自動で起こせます。これに私のバランス理論を組み合わせた、まったく新しいオーダーシステムを開発しているのです」

 これは昨年、東京都による経営革新計画として、正式に承認されたそうです(小池都知事の名前が入った、承認書がありました)

「将来的には、私のノウハウをAIに移植して、私がいなくても、私が死んだ後も、バランス理論を使った服が作れるようにしたいのです。世界中の人がこのシステムを使って、私の服を着てくれるようになったら、素晴らしいですね」

 という壮大な夢をお持ちです。

 

「バランスがとれていると、そこには“美”が生まれる。そして幸せの輪が広がる」

 この方は、生まれながらのイノベーターですね。

サルトリア イプシロン

東京都日本橋本町4-7-2 ニュー小林ビル3F

tel.03-6225-2257

http://www.sartoriaypsilon.com/

ショートビデオ

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