—Interview— Veuve Clicquot CEO, JEAN-MARC GALLOT

250年間、シャンパーニュ界をリードしてきた

November 2022

“ラグジュアリーな時間”に彩りを添えるのがシャンパーニュ。

「ヴーヴ・クリコ」CEOにその深い魅力とメゾンの矜持を聞いた。

 

 

text kimiko anzai 

photography minako wakamatsu

 

 

 


Jean-Marc Gallot
ジャン=マルク・ギャロ
「ヴーヴ・クリコ」プレジデント&CEO。ルーアンビジネススクールを卒業後、「カルティエ」、「クリストフル」、「フェラガモ」などで上級管理職を歴任。2003年、「ルイ・ヴィトン ノース・アメリカ」の最高経営責任者としてLVMHに入社、2006年には「ルイ・ヴィトン ヨーロッパ」の代表取締役社長に就任。2014年より現職。
 

 

 

 

 華やかで品格ある味わいで、1772年の創業以来、世界中のワイン愛好家に愛され続けてきたシャンパーニュが「ヴーヴ・クリコ」だ。創設から250年の節目を迎え、これを記念したイベント「Veuve Clicquot Solaire Culture(ヴーヴ・クリコ ソレール カルチャー) ~太陽のように輝く250年の軌跡~」が、6月16日から7月10日まで明治神宮前の「jing(ジング)」で開催された。メゾンの歴史的アーカイブやブランドのアイコニックなオブジェの数々が展示され、多くの来場者を迎えた。日本を皮切りとして、今後はアメリカ、オーストラリア、南アフリカ共和国、イギリスを巡回、メゾンの文化的軌跡を伝えていくという。

 

 この記念すべきイベントを統括・指揮したのがCEOのジャン=マルク・ギャロ氏だ。2014年の就任以来、“シャンパーニュの最高峰”と称される「ヴーヴ・クリコ」のブランドイメージを守り、メゾンを牽引してきた。今回のイベントについて、ギャロ氏はこう話す。

 

「メゾンの歴史を伝える世界巡回企画展を開催することができ、とても誇りに思っています。『ヴーヴ・クリコ』はシャンパーニュの世界において、極めてユニークな存在です。マダム・クリコというひとりの未亡人によって、メゾンは大きな発展を遂げました。それだけでなく、ボトルの中の澱を集める“ルミュアージュ”という作業のための動瓶台を発案したり、赤ワインをブレンドして造るロゼを開発したり、単一年のブドウのみで造る“ヴィンテージ”の概念に気づいたりと、当時としては革新的なアイディアを次々と生み出し、シャンパーニュの世界を牽引してきたのです。そのマダム・クリコの功績も、この企画展でお伝えできたらと考えました」

 

 マダム・クリコは、メゾンの2代目当主フランソワ・クリコの妻で、夫亡き後、残された幼い娘とスタッフを守るためにメゾンを継承した人物。社名の「ヴーヴ(未亡人)・クリコ」は彼女に由来する。ナポレオンの大陸封鎖令の下、腹心の部下とともにロシア宮廷に自社のシャンパーニュを売り込み、メゾンを大きく発展させた。桂冠詩人のプーシキンは「宮廷では、誰もがヴーヴ・クリコしか飲まない」と書いている。時は19世紀初頭。女性がビジネスに参画することなど、考えられない時代のことだった。

 

「マダム・クリコには、先を見通す力とともに、大胆な決断力と行動力がありました。今何をすべきか、どうすればうまくいくのか、彼女にはすべて見えていた。ビジネスマンとしての立場で見ると、これは驚嘆すべきことです。現在、私たちが座右の銘としているのは『品質はただひとつ、最高級だけ』という言葉ですが、これは、マダム・クリコが常々部下に語っていたもの。私たちはこの教えを守りつつ、日々、丁寧にシャンパーニュ造りを行ってきました」と、ギャロ氏は語る。

 

 彼自身、「カルティエ」などのラグジュアリーブランドで長年活躍、「ルイ・ヴィトン ヨーロッパ」の社長を務めるなど、ビジネスを知り尽くした人物だけに、マダム・クリコという女性には「ただただ、驚嘆と尊敬の念を覚える」という。

 

「日々仕事をしていると、決断しなくてはいけない局面がいくつもあります。そんなとき、私は『マダム・クリコだったらどうするだろう』と考えるのです。メゾンの歴史を守りつつ、新しいことに挑戦するにはどうすればよいか、私たちは何者で、どこから来て、どんな未来へいくのか。基本に立ち返って深く考えると、おのずと自身がすべきことが見えてきます」

 

 また、ギャロ氏が常々心に留め置いているのは、「『ヴーヴ・クリコ』を飲む人が、いつも幸せを感じられるようにするにはどうすればよいのか」ということだという。シャンパーニュ造りはワインビジネスでもあるが、同時に人を幸せにするラグジュアリービジネスでもあると、ギャロ氏は考えている。シャンパーニュは、厳しい製造条件のもと、手間と時間をかけて造られることから“ワインの貴婦人”と称されるが、その特別感のあるシャンパーニュを手にすることで、豊かな時間を過ごしてほしいと願っている。

 

「“ラグジュアリー”には二面性があると思います。有名ブランドの洋服や靴、ゴージャスな旅など、ラグジュアリーと評されるものは、“高価な贅沢”と捉えられがちですが、仕立てのよい服なら着心地のよさ、美しい景色なら感動を与えてくれます。それは一方では、かけがえのない経験となって、心の中に豊かな気持ちを残してくれるのです。シャンパーニュも同じで、ともにグラスを交わせば幸福な気持ちになる。『ヴーヴ・クリコ』を飲むことをひとつのラグジュアリーな経験として捉えていただけたら、私たちもとても嬉しく思います」と笑顔を見せる。

 

 最後に、ギャロ氏は日本料理とのマリアージュについても語ってくれた。「素材本来の味が生きた日本料理は、シャンパーニュとよく合います。私も、日本で素晴らしいマリアージュを楽しみました。日本料理は見た目も美しく、繊細で、多くの驚きに満ちています。それは、『ヴーヴ・クリコ』のシャンパーニュも同様で、両者が合わないことなどありません(笑)。この楽しさを、多くの方々に知っていただけたら嬉しいですね」

 

 250年の長きにわたり愛され続ける理由は、「飲んで幸福な気分になるから」というひと言に尽きるのだろう。だが、そのボトルの奥には、マダム・クリコの哲学とそれを守り抜くメゾンの人々の思いが隠されているのだ。

 

 

 

太陽の色を表すイエローの“クリコカラー”に彩られた企画展の一室。草間彌生など、世界で活躍する10名の女性アーティストによるアートピースも話題を呼んだ。