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フィフティ ファゾムス 70周年を寿ぐ3つの物語

April 2024

ダイバーズウォッチの始祖である「フィフティ ファゾムス」の、誕生70周年となった2023年。その偉大な歴史とともに、3つの記念モデルを振り返りたい。

 

 

text justin hast

 

 

フィフティ ファゾムス 70周年記念 Act 3

米国海軍が実際に使用したオリジナルの「フィフティ ファゾムス MILSPEC」のデザインコードを忠実に再現しつつ、現代技術により新開発された9Kブロンズゴールドをケース素材として採用。美しい色合いは経年変化が少なく、長く楽しむことができる。ストラップ素材は、海洋保全活動に長らく取り組んできた同社らしく、海洋プラスチック由来となっている。世界限定555本。自動巻き、9Kブロンズゴールドケース、41.3mm。

 

 

 

 あの日のことは、鮮明に覚えている。私はウェールズのサーフ・スノードニア・センターの更衣室で、緊張しながらセッションの準備をしていた。ウェットスーツと腕時計しか身に着けていなかったが、その時計はブランパンの「フィフティ ファゾムス」で、あまりにも美しかった。

 

 フィフティ ファゾムスはオーバーサイズのベゼルとエレガントなタイポグラフィが特徴的で、私にとって1950年代に登場したダイバーズウォッチの中でも特に目を惹く存在だった。その日のサーフィンは散々なものだったが、この時計が私に与えてくれた喜びはずっと心に残っている。だからこそ、その歴史と70周年モデルを紹介できることが嬉しい。

 

 フィフティ ファゾムスは、現代のダイバーズウォッチの基準を確立したとされている。1950年にブランパンのCEOに就任したジャン=ジャック・フィスター氏は、アマチュアダイバーでもあった。彼は自身のダイビング体験を通じ、新しい時計に防水性、堅牢な二重密閉構造のリュウズ、自動巻きムーブメント、ダークカラーの文字盤に映える蛍光塗料を施したインデックス、逆回転防止ベゼル、耐磁性などを求めてそれらに取り組んだ。こうして1953年、フィフティ ファゾムスは誕生する。誤作動防止のロック機能付き回転ベゼルや二重密閉構造のリュウズシステム、ケースバックにある密閉システムなどについての特許を取得している。

 

 水深100mまで潜水可能なフィフティファゾムス(「ファゾム」とは水深の単位で、50ファゾムスは約91m)は、ロベール・“ボブ”・マルビエ大尉とクロード・リフォ中尉が率いるフランス海軍特殊潜水部隊の目に留まった。ブランパンがこの部隊に時計を提供するようになると、すぐに彼らの装備に欠かせないものとなった。やがてアメリカ海軍特殊部隊ネイビーシールズ(MIL-SPEC 1)やその他のエリート潜水部隊にも採用されたほか、海洋学者のジャック=イヴ・クストー氏にも着用され、その実力が証明された。

 

 1980年代になると、フィフティ ファゾムスは主力モデルから外されてしまったが、やはりダイビングを趣味とするマーク・A・ハイエック氏がブランパンの指揮を執るようになり復活。2003年に誕生50周年を記念し再スタートを切った。それから20年、フィフティ ファゾムスは控えめながらもダイバーたちから絶大な支持を得る存在となっている。

 

初代フィフティ ファゾムスが実際に使用される様子。

 

 

 

Act 1

 2023年、フィフティ ファゾムスは誕生70周年を迎えた。「Act 1」は、その名が示すように、70周年を記念して発表された第1弾だ。アメリカ大陸、EMEA(ヨーロッパ、中東、アフリカ)、アジア太平洋の3つの市場で、それぞれ70本ずつ発売された。各シリーズの名称は、文字盤の6時位置に記載されている。ケース径は42.3mm。現行の通常モデルは45mm、限定モデルは40mmなのだが、コレクターの間でこのサイズが求められていたのは間違いない。1950年代初期のモデルにオマージュを捧げ、42mmを採用したことが素晴らしい。

 

 ムーブメントには、4Hzの振動数で極めて高い堅牢性で知られる自社製キャリバー 1315 が搭載されている。5日間ものパワーリザーブと優れた耐磁性は、ダイバーズウォッチにとって重要なポイントだ。アニバーサリーモデルであることを示すように、プラチナ製ローターには「Fifty Fathoms 70th」と刻印されている。

 

 新しいケースはポリッシュ仕上げで、左側面にはブランパンのロゴが彫られている。ステンレススティール製の逆回転防止ベゼルにはドーム型サファイアインレイを備え、サンバースト仕上げが施されたブラックのダイヤルには、夜光塗料が塗布されたヴィンテージ感のある針とブロック形のアワーマーカーが配されている。さらに矢印形の先端が目印のスモールセコンド針には、蛍光塗料と赤いポイントが施されている。クリーンでシンプルなこの限定モデルは、すぐに完売となった。

 

 

フィフティ ファゾムス 70周年記念 Act 1
2003年、マーク・A・ハイエック氏のもと復活したフィフティ ファゾムス。その「ルネッサンス」を彷彿とさせる限定モデル「Act 1」は、ヨーロッパ・中東・アフリカ、アジア太平洋、北米・中南米の3シリーズを展開。ダイヤルにⅠからⅢまでのいずれかの数字を刻印。各70本限定。自動巻き、SSケース、42.3mm。参考商品(完売)

 

 

 

Act 2

 70周年記念の第2弾「フィフティ ファゾムス テック ゴンベッサ」が発表されると、私はすぐに虜になった。ワイルドなルックスとオレンジ色に弱いのだ。このモデルは、ハイエック氏と海洋生物学者のローラン・バレスタ氏によって共同開発された。グレード23チタンを採用し、径47mm、厚さ14.81mmという堂々たるケース、そしてヘリウムエスケープバルブ、珍しいセンターラグデザインと一体型ストラップを備え、トリプルバレルで5日間のパワーリザーブを誇る新キャリバーを搭載している。3時間で1周する特別な針を備えており、3時間までの潜水時間を測定できるのだ。

 

 テック ゴンベッサは、5年間にわたる集中的なテストを受けた。バレスタ氏をはじめとする潜水技術者らは、ブランパンがサポートする「ゴンベッサV」および「ゴンベッサVI」ミッションの一環として、4本のプロトタイプを水深120メートルで約50日間試着した。これらのすべてのテストにより、センターラグシステムを備えた一体型ラバーストラップや、光の97%を吸収するブラックダイヤルの中で際立つブロック状の夜光オレンジインデックスなど、あらゆる点において改良が加えられた。夜光数字を備えたベークライト風ベゼルには、フィフティファゾムスのオリジナルデザインのテイストが盛り込まれている。

 

 

フィフティ ファゾムス 70周年記念Act 2 – テック ゴンベッサ
30気圧防水のケースはグレード23チタンで軽量。10時位置にはヘリウムガスのエスケープバルブを備え、ダイビングスーツの上から着用するためのエクステンションが付属。現代のダイバーの要求を満たす完璧なプロフェッショナルツールだ。年間生産本数は限られるが、レギュラー生産。自動巻き、Tiケース、47mm。

 

 

リュウズやケースバックに特許を取得した構造。

 

 

 

Act 3

 アニバーサリーイヤーの最後を飾る第3弾は、1957年にアメリカ海軍向けに製造された「フィフティ ファゾムスMILSPEC」にインスパイアされた、世界で555本の限定モデルだ。オリジナルに忠実な41.3mmのケースサイズとなっている。魅力的なマットブラックダイヤルの6時位置には、オリジナルと同様、水が浸入すると色が変わる2トーンの防水性表示ディスクを配している。逆回転防止ベゼルは、ヴィンテージのダイビングスケールをあしらったブラックのセラミック製。やはりオリジナルと同様のバイカラーのNATOストラップは、海から回収された漁網から作られている。

 

 ケースは、オリジナルはニッケルシルバー製だったが、「Act 3」では9Kブロンズゴールドを採用した。9Kブロンズゴールドは特許取得済みの合金で、37.5%のゴールド(ホールマークは9K)、50%のブロンズ、シルバー、パラジウム、ガリウムが含まれている。ピンクを帯びた美しい色合いが出るよう設計されており、従来のブロンズとは異なり、肌に直接着けることができる。また、ゴールドを加えることにより酸化による緑青発生を防ぎ、美しい色合いを長く楽しむことができる。30気圧防水のケース内部には、ムーブメント1154.P2が収められる。

 

 ダイバーズウォッチは古くなるほど使い勝手が悪くなる。しかし、ミリタリーウォッチの伝統的なデザインを継承しつつ、現代の技術でアップグレードし、ケース素材にひねりを加えたこのモデルは、現代人が求めるデイリーな使用にも対応する。きっと長く愛用できるに違いない。

 

 フィフティ ファゾムスの長年のファンである私は、この記事を書いている今も、テック ゴンベッサを購入するための資金を集める方法を考えている。皮肉なことに、購入できたとしてもダイビングに使うお金が残らないかもしれない。でも、大丈夫だ。フィフティ ファゾムスは、朝に装着するだけでその日一日、夢を見させてくれる時計なのだから。

 

 

フィフティ ファゾムスを着用したアメリカ海軍のダイバーとケネディ大統領(左)。