Longine Chief Executive MATTHIAS BRESCHAN —Interview—
TIME'S ARROW
ロンジンが考える“真のエレガンス”
July 2021
創立189年のロンジンが、ウォッチメイキング界のパイオニアとしてトップクラスであり続けている秘訣は何だろうか。
text nick scott
Matthias Breschan/マティアス・ブレシャン
オーストリア生まれ。1996年、スウォッチ グループに入社。スウォッチ テレコムでエリアセールスマネージャーなどを務めた後、ハミルトンに移籍。CEOとして7年間牽引する。2011年にはラドーCEOに就任。ブランドを刷新し、大きく飛躍させた。2020年7月、ロンジンのCEOに就任した。
ロンジンのロゴ(=翼のついた砂時計)は、単に飛行物を飾りつけたわけではない。アメリカ陸軍航空隊や国際航空連盟、そしてフランス海軍も、1832年にオーギュスト・アガシが創立したこのメーカーの精密機器の恩恵に与っているのだ。
正確な時間の計測を求められるようなこれらの組織がロンジンを選択肢に入れていることは、何も驚きではない。ロンジンは、手巻き式懐中時計やフライバック機能を発明するなど、卓越したイノベーションでその名を知られているからだ。
CEOのマティアス・ブレシャン氏にとって、できると思われることを先へ進めるのはすごいことでも何でもなく、生き抜くための前提条件にすぎない。「イノベーションを止める日、それはブランドを死に向かわせる最初の日」と彼は語る。
クリエイティブな夢想家であることは本来、いい意味で破壊的な取り組みであると彼は確信している。彼とクリエイティブチームは、2020年の大半をブランドの膨大なアーカイブを掘り返すことに費やした。そして今年は、長いブランドの歴史の中でも、壮大な構想が大きく厚みを増す年になるだろう。彼へのインタビューは、終始なごやかな雰囲気で進行した―。
ジュラ山脈の麓の小さな村、サンティミエにあるロンジンの工房。周囲には大自然が広がる。
常にルーツを頭に置いておくことが大切であると考えています。現在も当社が拠点とするサンティミエの工房では、刺激的なイノベーションがたくさん起こっています。それらは間違いなく、当社にしかできない歩みを今後も進めるための原動力となるでしょう。
工房のオフィスを出て左を見ると、牛たちが目に入ります。右には山々が望めます。正面には別の建物で時計を作る人々が目に入ります。私はこれこそが完璧な組み合わせであると思います。
時計は芸術作品だと考えます。我々はファッションによって自分を表現することができます。時計はそのためのアクセサリーとして完璧です。パイロットウォッチだからといって飛行機を操縦するわけでも、ダイバーズウォッチだからといってダイビングに行くわけでもなく、時計で表現できる感情や親和性、情熱に夢中になっているのです。
ロンジン アヴィゲーション タイプA-7 1935
1935年に米空軍から発注を受けて生産したモデルにインスピレーションを得て、アラビア数字のインデックスやレイルウェイのミニッツスケール、玉ねぎ型の大型リュウズといった意匠を継承。操縦桿から手を放すことなく時間を読めるよう、ダイヤルが40度傾いている。自動巻き、SSケース、41mm。¥453,200 Longines(ロンジン/スウォッチ グループ ジャパン Tel.03-6254-7351)
私は多くのことを学んでいます。20年以上も時計業界におり、CEOとして就任前からロンジンをよく知っていました。業界におけるいくつかの象徴的なイノベーション―初のフライバック機能、初のGMT、初のクオーツ式腕時計―はロンジンが成し遂げたもの。私はこれらに大変感銘を受けました。我々は今でもアーカイブから新たな発見をしています。
ロンジンのアーカイブについて知る人はあまりいません。しかし私たちは、50年前、100年前、150年前の時計であってもアーカイブから調査し、シリアルナンバーによって製造年月日や販売先を証明することができます。時計を当社に送ってもらったら、分解して内部の部品がオリジナルかどうか確認しています。動かなくなっていたら、修理することも可能です。150年前の時計がオリジナルのスペア部品で修理できるとわかったら、心揺さぶられるでしょう。当社ならではの、実に驚くべき仕事といえます。
今では、当社が作った時計すべてをデジタルツールで識別することができます。デジタルツールはコレクターやメディアとつながるための強力なプラットフォーム。祖父母の代から時計を受け継いだ人がいた場合、それが何月何日に製造されたもので、どこの得意先に卸したということを当社から伝えることができたら、大いに感動していただけるでしょう。
ひと月ほど前、当社のヘリテージコレクションの修理サービスに、ある時計が届きました。ダブルプッシュボタンを搭載したクロノグラフでした。当社以外にもう1社、ダブルプッシュボタンのクロノグラフを発明したと主張するブランドがありますが、この時計が作られたのはそのブランド創立の10年前だったのです。
私は常にDNAをリスペクトしています。時計メーカーに入社した者が最初に必ずしなければならないことは、ブランドのDNAについて学ぶことですが、ロンジンは豊かな伝統と革新的な開発に関する数々の素晴らしい逸話を持っているので、当社に入社した社員には間違いなく嬉しいと思ってもらえるブランドです。
ロンジン スピリット
歴史に名を刻む飛行士や探検家たちに敬意を表し、彼らの“パイオニア精神”を具現化した1本。パイロットウォッチの伝統的な要素を継承しつつも、シリコン製ヒゲゼンマイを搭載したキャリバーL888.4でクロノメーター認定を受けるなど、現代的にアップデートされている。自動巻き、SSケース、40mm。¥272,800 Longines(ロンジン/スウォッチ グループ ジャパン Tel.03-6254-7351)
当社は今回のパンデミックからいくつかの教訓を学びました。そのひとつがデジタルトランスフォーメーションの加速。2020年初頭の計画よりもかなり速いペースでeコマースの展開を進めており、2021年末までには全社に拡大する予定です。パンデミックが急劇な加速要因ではありますが、目新しさを押し出し、コレクターへの発信を行う必要もあります。もちろん人々が移動できず、さまざまな制約があるため、従来とやり方は大きく違いますが、それでも当社はどうにかしていろいろなことを進めています。
2020年の1月は、ロンジンにとって記録的な売上で幕を開けました。2月は多くの国でまだ店舗が開いていたため通常通りビジネスが回っていましたが、3月から7月は実に大変な時期でした。しかしそれ以降は月を追うごとに回復し、2019年の売上を上回っています。今回の危機を非常に速いペースで克服したのです。
危機は新しいことに挑戦するエネルギーを与えてくれます。リスクを負うこと、難しい方法で問題の解決に挑むこと。それらは間違いなく、イノベーションを起こそうとする我々を勇気づけてくれるはずです。だから当社はこの期間を生かして、今後の開発計画を再検討し、行動を見直すことを確実に進めてきました。
「エレガンスは生き方にあらわれる」という当社のスローガンは、これまで以上に現実味を増しています。エレガンスというのは決してファッションに限った話ではなく、心の持ちようであり、感情であり、親和性です。ロンジンというブランドの多くのDNAについて、人々に伝えることがエレガンスなのです。
ブランドの歴史や伝統は、我々の未来を決めていく上で、さらに大きな影響を及ぼすでしょう。過去の代表的な開発が魅力的なものであり続けるためには、デザイン、テクノロジー、機能の面から現代的に再解釈することが求められます。
ロンジン レジェンドダイバー
1960年代に製作されたダイバーズウォッチを再現。ケース素材には、腐食に強い特性から古くから海での装具に使われてきたブロンズを採用している。グラデーションの美しいグリーンダイヤルとマッチして、レトロでありながらトレンドも感じられるルックスが印象的だ。自動巻き、ブロンズケース、42mm。¥389,400 Longines(ロンジン/スウォッチ グループ ジャパン Tel.03-6254-7351)
今年はウォッチメイキング界にとって過渡的な年になると予想されます。ほとんどのブランドが目新しいものを市場に投入できていませんが、当社は今年の前半にエキサイティングなモデルをいくつか発売し、9月には新たなイノベーションを発表する予定です。ブランドの過去のアイコニックな開発を思い起こさせつつ現代的な手法を用いたもので、まさに節目といえる瞬間になるでしょう。
当社がスピリットコレクションを発表した時、多くの人々が「パイロットウォッチの新たなブランドが現れた」と口にしました。しかしロンジンの歴史、ハワード・ヒューズやアメリア・イアハートといったパイオニアたちとの結びつきを見れば、最も信頼性の高いパイロットウォッチを作れるブランドはおそらく当社だといえます。ここではまだ話せませんが、強い親和性を持った新作が登場しますので、期待していてください。
コラボレーションは信頼性が命です。パイロットであれ、科学者であれ、芸術家であれ、アスリートであれ、当社がなぜその相手を選んだのかを消費者に理解してもらわなければなりません。単に有名だから、一流の企業だから、というのではなく、信頼が置けて、間違いのない組み合わせでなければなりません。
今日の私は、ロンジン スピリットを着けています。ブレスレットでなくレザーストラップモデルです。伝統と現代性をつなぐこの時計は、我々こそがパイオニアであり、だからこそ陸海空を探検するためのソリューションを求める人々がロンジンを選んできたのだと、改めて思い出させてくれます。ロンジンは現代もパイオニアであると、自負しています。
本記事は2021年5月25日発売号にて掲載されたものです。
価格等が変更になっている場合がございます。あらかじめご了承ください。
THE RAKE JAPAN EDITION issue40