THE TUDOR OYSTER STORY
心を奪う、チューダー オイスター
December 2021
ヴィンテージウォッチ市場での評価が極めて高いチューダー。
中でも「オイスター」の人気は絶大だ。その歴史と魅力を紐解いていこう。
text ross povey
このRef.7919は、さまざまな理由で特別だ。ブラックのワッフル文字盤に、ゴールドのインデックス、そして偶数は赤、奇数は黒で表示される日付窓の周りもゴールド。さらにラグ幅20mmのオーバーサイズは珍しい。このような文字盤のロレックスの「デイトジャスト」に高値がついていることを考えると、この時計も今後値上がりすることは間違いない。
この男がいなければ、時計製造の世界ははるかに面白みのないものになっていただろう。その名はハンス・ウイルスドルフ。業界でも最重要かつ長い歴史を誇るふたつのブランド、ロレックスとチューダーの創業者である。ロレックスはハイエンドの高級時計ブランドとして誕生し、チューダーはロレックスの技術力を世に広く知らしめるために創設された。
ところが近年、盾(ときには薔薇)をロゴとしてあしらったチューダーが、特にヴィンテージウォッチ市場において大人気となっている。チューダーは豊かで素晴らしい歴史を誇るにふさわしいブランドだが、その歴史が称えられるようになった背景にはヘリテージシリーズの大成功がある。2010年の「ヘリテージ クロノ」(1971年の“ホームプレート”クロノグラフの復刻モデル)の発売以来、ヘリテージシリーズの発表は、毎年のチューダーのハイライトとなった。その歴史はそもそもどこから始まったのだろう。
初期のチューダーの「オイスター」。オイスターケースはアイコニックで、20世紀で最も美しく、美的感覚に優れたデザインのひとつといえる。
チューダーの誕生
ウイルスドルフのチームが最初にチューダーという名を商標登録したのは、1926年のこと。そして1932年には、このブランド名をつけた長方形のクッションケースの腕時計が初めて登場した。初期の製品はアール・デコのスタイルをとっており、“ロングT(Tの文字の右端が長く伸びている)”と呼ばれる、特徴的なロゴがあしらわれていた。製品にはすべてチューダーのムーブメントと文字盤が使われていたが、収めるケースはロレックス・ウォッチ・カンパニー(RWC)やハドリーといったメーカーによるものだった。これらの時計はオーストラリアで大人気となり、そのほとんどがオーストラリア最古の家族経営の宝飾店「Catanach’s」で販売された。実際、当時オーストラリアで販売された時計の多くの文字盤には、チューダーのブランド名と販売店名の両方が刻まれており、ダブルネーム仕様となっている。
このような試みを経て、1946年に「モントル チューダー SA」が正式に設立された。以降、チューダーを最も世に知らしめたのは、ふたつの主軸、サブマリーナーとクロノグラフといっていいだろう。サブマリーナーはプロダイバー用、クロノグラフはモータースポーツのタイム計測用に作られたモデルで、どちらもツールウォッチだ。しかし、これらの主要なラインナップを発表する前にチューダーが作っていたのは、純粋に時刻を示す、シンプルでエレガントな3針時計だったのだ。そこから、最高傑作「オイスター」の伝統が生まれたのである。
イタリアのコレクターたちが“モノブロッコ”と呼んでいる二重密閉構造のRef.7809。
頭文字「T」の右端がロゴの他の文字の端まで伸びた“ロングT”。アール・デコのスタイルの優美な雰囲気が印象的だ。
防水性を極めたケース
チューダーの「オイスター」は、1946年に手巻き式で登場した。ほとんどは34mmのスチール製の“オイスターケース”に収められており、文字盤のバリエーションは莫大な数に上った。1952年には「オイスター プリンス」が発表された。このモデルはロレックスの「パーペチュアル」のチューダー版といえる存在であり、つまり自動巻きムーブメントを最大の特徴としていた。フルリエのキャリバー39をベースとして、チューダーが改造したこのムーブメントは、今も昔も、考えうる限り最高に頑強で、ほぼ無敵のムーブメントである。
私はこれまで幾度となくこの時計を目にしているが、そのうちの何本かは一度も修理されたことがないにもかかわらず完璧に動作し、正確に時を刻んでいた。ウイルスドルフには、この時計にロレックスと同じ完全無欠の品質と信頼性を持たせようという明確な意思があった。彼がロレックスで開拓した要素は、主にふたつある。オイスターケースとパーペチュアルムーブメントだ。このふたつの独自要素をチューダーにも授けようという彼の決断により、「オイスター プリンス」は誕生したのである。ロレックスと同等の性能が付与されるというメリットは、今日においても有効だ。
チューダー「オイスター プリンス」の広告キャンペーン。建築作業員による衝撃テストを通じて、厳しい環境下にも耐えうる堅牢性をアピールしているのがわかる。左上にはハンス・ウイルスドルフの肖像が載っている。ちなみに、ブランドを象徴する薔薇のロゴはイギリスの名家チューダー家に由来。
私が思うに、チューダーとロレックスの時計の魅力のひとつは、このオイスターケースである。20世紀を代表する、最も美しいデザインのひとつといえる。デザイン性と機能性を兼ね備えた、バランスの取れたケース設計は、初期の時計から1970年代と1980年代のサブマリーナーやクロノグラフ、近年のヘリテージ ブラックベイにまで、さまざまに解釈され用いられている。しかしオイスターケースの真髄は、1950年代のブランドの黎明期に遡る。実のところ、当時のチューダーの時計は決して豪華なものではなかった。広告には建築作業員が着用している様子が描かれており、実用的な機能を備えた時計として、あらゆる人々に向けて販売されていたのである。
では、「オイスター」とは何なのか。この名前は、海面下で一生を過ごす“貝”にちなんだものである。二枚貝のように、ケースの中にムーブメントを密封する機構としたのだ。これはねじ込み方式とパッキンというふたつの原理の賜物だった。ウイルスドルフは、ケースの側面にねじ込む方式のリュウズを開発し、それまで壊れやすかった軸穴に水分が浸透しないようにした。ケースバックにも同じ原理を採用し、裏蓋をミドルケースにねじ込んで、さらにゴム製のガスケットで密閉。風防は、初期は圧入方式だったが、その後はクリスタルワッシャー(ガラスパッキン)で密閉している。この高い防水性能は、現在のロレックスとチューダーにおいても受け継がれている。
Ref.7909。この「オイスター」には、信じられないほど美しい文字盤が付いている。これはコレクターがいうところの“トロピカル”文字盤で、元々はブラックだったものが経年によってブラウンに褪色した文字盤のことを指す。この写真の時計の文字盤では、キャラメル色に近い色となっており、ここまでの色合いのものは珍しい。リベット構造のオイスターブレスレットともとてもよく合っている。
二重密閉構造から三重密閉構造へ
初期の「オイスター」のケースは、ひとつのスチール塊から削り出したミドルケースとベゼルの付いたケースを用いて、二重密閉構造としていた。ケースの裏蓋をミドルケースにねじ込んで密閉し、風防をケースの内側から圧入方式で密着させており、イタリアのコレクターたちはこれを“モノブロッコ”と呼んでいる。しかし、この方法だと風防を交換する際に時計全体を分解して新しいガラスを合わせなくてはならないため、交換に時間がかかっていた。リファレンスナンバーでいうと7809などのモデルがモノブロッコ構造で、1952~54年のグリーンランド探検に実際に使用されたとみられる。
やがて三重密閉構造のケースが導入されたことで、傷やひびの入った風防が交換しやすくなり、現在でもこの方式が使われている。ここでもねじ込み式のリュウズとケース裏蓋が主な特徴だが、風防の上からケースを密閉するベゼルが三つ目の要素となっている。ミドルケースには小さな出っ張りがあり、そこにドーム型風防(日付表示なし)やサイクロップレンズのある風防(日付表示あり)をはめ込む。そして、風防の周囲にベゼルリングを取り付けて時計を密閉するのである。この方式だと、ムーブメントとケース裏蓋の位置が変わらないため、風防のみの交換がはるかに簡単かつ短時間で行えるようになったのだ。この改良はリファレンスナンバーでいう79xxのモデル、例えば手巻き式の7904や、自動巻き式の7909に反映されている。
コレクターにとって、オールドチューダーを収集する醍醐味のひとつは文字盤である。リファレンスナンバーもさまざまだが、それに加えて文字盤のバリエーションがあまた存在するのだ。これまで見たことのないバージョンに出合うことは今でも日常茶飯事で、70年近くも前に作られたディテールとクオリティに興味をそそられる。特に注目すべきは、コレクターの間で“ワッフル”の異名で知られるテクスチャが施された文字盤である。ブラックのものであれ、古びたやさしい味わいのアイボリーのものであれ、このワッフルダイヤルがチューダー人気を新たな高みへと押し上げている。あるいは美しい漆黒にレリーフ加工が施されたミラーダイヤルはどうだろう。どんな人にも、その人好みのヴィンテージのチューダー オイスターがある。
手巻き式の「オイスター」の利点は、スリムな薄型ケースであることだ。ムーブメントにローターがないため、薄型を可能にしている。シャツの袖口にも干渉しにくく、ドレスウォッチとして最適である。このRef.7904はワッフル文字盤で、よく見るとテクスチャが施されている。作られた時代を考えると、これだけ複雑な構造の表面に精緻な加工を施しているのは驚異的だ。まんべんなく褪色した文字盤は、パンナコッタのような味わい深い色合いになっている。
FEF390ムーブメントを搭載した自動巻きの「オイスター」、Ref.7809。チューダーが支援した1952~54年のグリーンランド遠征探検で使用されたモデルに非常に似ている。文字盤は、長い年月を重ねたとても魅力的なアイボリーカラーで、さらに深く沈んだ色となった12、3、6、9の数字と相まってヴィンテージルックを高めている。