THE RAKE FILM FEST: WALL STREET

富裕層はいかに装うべきか?:映画『ウォール街』

July 2022

『ウォール街』(1987年)でアラン・フラッサーが手がけたテーラリングは、世界の富裕層の着こなしを一変させた。

 

 

by christian barker

 

 


『ウォール街』(1987年)で冷酷な金融マン、ゴードン・ゲッコーを演じたマイケル・ダグラス。コントラストカラー(クレリック)・シャツにプリーツ入りのチェックのトラウザーズ、ブレイシズ、プリントタイ、シルバーのタイバーを着用。

 

 

 

 オリバー・ストーン監督の“イカロス的”な金融サスペンス『ウォール街』(1987年)では、俳優マイケル・ダグラスが強欲なインサイダー取引で財をなした男、ゴードン・ゲッコーを演じている。衣装の予算の5分の1ほど費やしたゲッコーの装いは、ハリウッドの伝説的なコスチューム・ディレクター、エレン・ミロニックが担当し、ニューヨークの巨匠、アラン・フラッサーによって製作された。

 

 フラッサーは厳密にはデザイナーではないが、服のデザインはする(事実、1985年には、権威あるコティ賞のアメリカン・ベスト・メンズウェア・デザイナー賞を受賞している)。また、彼はテーラーでもない。ニューヨークの48thストリートには、彼の名を冠したカスタムメイド・メンズウェアショップがあるにもかかわらずだ。フラッサーは紳士服の先生、ハバダッシャリーの導師、メンズウェアのスピリット・ガイドとでもいうべき存在だ。マイケル・ダグラスの代表作となった映画の装いにおいて、彼は大きな力を発揮した。

 

 フラッサーのメンズウェアのハウツー本『Dressing The Man』は、ブルース・ボイヤーの『Elegance』、ハーディ・エイミスの『ABC of Men’s Fashion』、ベルンハルト・レッツェルの『Gentleman』などと並んで、THE RAKE創刊からのネタ本となっている。フラッサーの言を借りれば、「男性的な着こなしという稀有な芸術を知らせ、教え、そして一般人に啓蒙する」ために書かれた本書を、ぜひ手に取ってほしい。カット、色、生地、フィット感、プロポーションに関するフラッサーの鋭いアドバイスを読むだけで、あなたは確実にお洒落になれるだろう。

 

 

 

 

 私たちの多くはサルトリアル・スタイルについて、勉強しなければ身につけることはできない。一方、フラッサーは生まれつきの才能を持っていたようだ。彼の父は、素晴らしい着こなしで知られた不動産会社の重役だった。フラッサーはこう語る。

 

「ダンディな人でした。成功するためには、成功したように見えなければならないと信じていた人でした」

 

 

 

 

 フラッサーは1970年代後半に自身の名を冠した会社を設立し、80年代にはピンストライプのパワースーツをヒットさせ、アメリカの政治エリートの間で人気を博した。ドナルド・トランプの盟友で政治ロビイストのロジャー・ストーンは、フラッサーを「私のサルトリアの師匠であり、”良い趣味”の完全なる裁定者」と呼んだ。フラッサーは、持ち前のセンスのよさと大胆なスタイルで、業界の大物や国際的な金融関係者を魅了した。

 

 マンハッタンに実在する”世界の支配者”たちから人気を博したことから、フラッサーは映画『ウォール街』の仕事を任されることになったのだ。

 

 フラッサーは初めてマイケル・ダグラスに会ったとき、ダグラスが個人的にカリフォルニアのドレスダウンしたスタイルを好んでいることを知った。だからゲッコーを演じるためには、服装を一新させる必要があったのだ。

 

 

 

 

 フラッサーは自分の店で3週間かけて、ダグラスに1ダースのスーツと、その倍の数のオーダーメイド・シャツを着せた。フラッサー自身も好んでいた大胆なストライプのホワイトカラー(クレリック)シャツやそれを引き立てるイタリア製のシルクタイが選ばれた。

 

 ゲッコーのスタイルの一番の特徴であるブレイシズは、実は必要に迫られてチョイスされたものだったが、その結果、当時の新進気鋭のトレーダーや企業買収の専門家たちがこぞって真似をするようになった。1988年の『ピープル』誌のインタビューで、フラッサーはこんな話をしている。

 

「ダグラスはヒップがとても小さいんだ。もし彼がサスペンダーを着けていなかったら、パンツがちゃんとした位置にならなかっただろうね」

 

 

 

 

 

 プリーツを施したトラウザーズのボリューム感とシャツの肩に仕込まれたわずかなパッドが勇ましいシルエットを作り出し、広いカフと鋭く尖った襟先がダグラスに力強いプロポーションを与えている。

 

 フラッサーはカリフォルニアの田舎男のイメージを一変させた。ダグラスはゲッコーのワードローブをたいそう気に入り、『ウォール街』の撮影が終わると、その服を梱包して自宅に送ったと言われている。

 

 映画でダグラスが身につけていた腕時計、イエローゴールドのカルティエ サントスは、2010年の続編『ウォール・ストリート』で再び登場したことから、大切に扱われていたことが窺える。ストライプ、ブレイシズ、パワーショルダー、プリーツなど、ゲッコー的なスタイルを求める男性なら、カルティエのサントスは不可欠な装備といえるだろう。