Discover The Newt in Somerset: A Luxury Hotel in the English Countryside

いま富裕層が選ぶラグジュアリーホテル:英国サマセットの「ザ・ニュート」

January 2025

ここ数年富裕層の消費動向を語るキーワードに “モノからコトへ”という言葉は多く聞かれるようになった。きらびやかな物を所有するよりも、どこにもない体験をすることに重きがおかれるようになったのはコロナ禍を経てから顕著だろう。そんな時代の流れの中、今、世界の富裕層たちが注目しているホテルがある。英国、サマセットの郊外にある「ザ・ニュート イン サマセット(The Newt in Somerset)」だ。そこで体験しためくるめく2泊3日の滞在を紹介しよう。

 

 

text misa yamaji

photography  THE NEWT & misa yamaji 

 

 

 

 

 初冬のある朝、ロンドン・パディントン駅から列車でサマセット地方へ向かった。

 

 目的は、「ザ・ニュート イン サマセット」での滞在だ。17世紀に建てられた瀟洒な邸宅を含む広大な敷地を、南アフリカにホテル&ワイナリーを所有するカレン・ルース氏が購入し、2019年に開業した「ザ・ニュート」。翌年には『Condé Nast Traveler』のHOT LISTに選出。さらに開業4年の2023年には「世界のベストホテル50」にランクインし、瞬く間に旅慣れた世界の富裕層たちの間で話題になったホテルなのだ。

 

 友人のライターたちも、こぞって“いやすごかった”とそのホテルでの滞在を口にする。百聞は一見にしかずということで、ロンドン出張にくっつけて訪れてみることにしたのだ。

 

 

 

 

 ロンドンのパディントン駅から電車で2時間半ほどゆられ到着するキャッスルキャリー駅が最寄り駅。そこからタクシーで約20分。

 

 途中、はちみつ色の砂岩でできた古い家がポツリポツリと立つ小さな村を抜けると目的のホテルに到着した。ホテルといっても大きな建物はなく、今見てきた伝統的な家を彷彿とさせる砂岩でできた建物をはじめ、周囲の自然に馴染むような一軒家風の建物がいくつか点在している。大きな窓が切られている建物がレセプションのようだ。

 

「ようこそ」と迎えてくれたスタッフに促され、レストランの脇にある小さなレセプションでチェックイン。ここには従来の“昭和の時代”の豪華ホテルのような大袈裟なレセプションスペースはない。というのも広大な敷地に対して部屋の数40室と多くないのでチェックアウト、チェックインに行列、なんてことは皆無。もしも多少混雑したとしても、少し離れたところに秘密の隠れ家のようなラウンジやプールなど様々な素敵な建物が点在していて、臨機応変にそうした場所でスタッフが対応してくれる。

 

 どの場所も、洗練された家具やアートが配され、そこにいるだけで“丁寧にもてなされている”気がするのは、すみずみまで行き渡るホテルの美意識の高さによるものだろう。

 

 

「ザ・ニュート」の庭園や農地の部分を空撮。敷地全体はここには収まりきらない。

 

 

 

「ザ・ニュート」は、17世紀に建てられた「ハドスペン・ハウス」という建物を中心に構成されている。その広さなんと約400ヘクタール。東京ドーム87個分に相当、と言うが、もはやどのくらい広いのかは想像を絶する。その中には、昔からある英国の歴史が辿れるイングリッシュガーデンに、3000本に及ぶりんごの果樹園。400種類近く育てている野菜畑、羊や牛、鹿がのんびりと過ごすファーム、パン屋にアイスクリーム屋、シードル工場に博物館、古代ローマの歴史的遺構などが点在しているのだ。

 

 こう書くと、雑多なアミューズメントパークのようなものを想像するかもしれないが全く違う。というのもここにある庭園や果樹園、農園はすべてが“本物”なのだ。例えて言うなら、広いエリアのひとつの”村“がすっぽりひとつのホテルとして存在しているとでも言おうか。

 

 “ラグジュアリーホテル”というとどうしてもその建物に付随する豪華さに目を向けがちだが、ここではホテルという概念そのものが違う。建物以外に、広い敷地内のすべての自然、人、動物、その土地の恵み、文化、さらには土地の背景の物語までもを含めたもっと広くて深いものを内包する桃源郷が「ザ・ニュート」というホテルなのだ。

 

「ザ・ニュート」は「ハドスペン・ハウス」、「ステーブル・ヤード」、「ファーム・ヤード」と、キッチンが付いた一軒家の「ゲート・ロッジ」の四箇所に宿泊棟が分かれている。

 

 私が滞在したのは、酪農場や馬小屋だった建物を改装した「ファームヤード」の部屋。ラスティックな雰囲気を生かしつつ、洗練されたモダンなデザインが施された空間は、心地がいい。剥き出しの砂岩の壁や木の梁が過去の名残を感じさせる一方で、快適さを損なわない最新の設備が整っている。

 

 

「ファーム・ヤード」のレセプション棟。

 

 

この日宿泊した部屋。英国カントリーサイドを楽しむにはぴったりの雰囲気。

 

 

 

 部屋の中心には暖炉。ゆらめく火を眺めながら静かな時間を過ごすひとときは心からリラックスできる。過去と現在が交差するようなこの空間は、不思議と懐かしく、新鮮だ。

 

 横に長い部屋には仕切りや扉が一切ないのもユニーク。部屋のスペースをエリアごとに分け、シームレスに空間を移動しリラックスするという作りになっている。プライバシーが必要なトイレは一番奥。お風呂はその隣、といった具合で、お風呂スペースの石造りの床には床暖房が設置されていると細かな心遣いが憎い。

 

 こうしたデザインは、オーナーのカレンさんによるものだという。彼女は実業家であるが、かつて『ELLE Decoration South Africa』の編集長を務めた人物と聞いて、大胆でかつ機能的、そして美しく心地の良い部屋に納得がいった。

 

 

左:カートのキーと、カートの仕様書が渡される。右:カートポート。

 

 

 

 そして、このリゾート滞在でユニークなのが、カートでの移動だろう。

 

 カートでの移動はラグジュアリーリゾートであれば特に目新しいこともない。しかし、ここではホテルスタッフではなく、自分で運転する、というのがポイント。運転免許さえあればカートの鍵をルームキーと一緒に貸し出してくれ、ゲストが好きなときに好きなタイミングで、カートポートでカートをピックアップし、それに乗って敷地内を移動できるのだ。

 

 このカートが必要な理由は、先にも書いたが、あまりにも広い敷地内の移動に必要不可欠だから。なにせ私が宿泊していた「ファームヤードエリア」から、ダイニングやスパなども集まっている「ハドスペンハウス」エリアまではカートを走らせても10分弱かかる。

 

 それであれば、「ハドスペンハウス」に宿泊したほうがよいのでは?と思う方もいるだろう。もちろん、移動などせずにゆっくりホテルで滞在したいならばそちらをおすすめする。しかし、私はこのカートでの小さなドライブは「ザ・ニュート」での滞在の大きな魅力のひとつだと断言する。

 

 

敷地内のリンゴの木の下には、飼育されている羊が思い思いに草を食む。

 

 

 

 なぜなら、リンゴ林の中を通り抜け、羊たちが思い思いに草を食みながらくつろぐ姿や、池のそばで昼寝をしているアヒル、木の下で気持ち良さそうに寝ている牛たちの姿を眺めながら、気持ちのいい風を受けて走るのは最高だ。しかも、こうした“サファリパークさながらの景色”ではあるが、ここにいる動物たちは“観賞用”でもありながら“食用”(アヒルは違う)でもあることが他のリゾートとは決定的に違う。「ザ・ニュート」ではできる限り食材は”自給自足“がポリシーだ。敷地内の畑や果樹園で栽培されている農作物、そして家畜たちはホテルのゲストのために農夫たちが日々育てている。

 

 そんな美しい景色となっている“農の現場”がホテルゲストを楽しませている。その中をカートで通り抜けるなんてことは、ここでしか体験できない。

 

 しかし、移動は苦手、ホテルの見どころなどを効率的に回りたい、という人は「ハドスペン・ハウス」に宿泊するのがいいだろう。

 

「ハドスペン・ハウス」とは、建物が建てられた17世紀当時の地名だ。往時を偲ばせる建物のインテリアはジョージアン王朝時代の歴史の雰囲気を感じさせるインテリアに統一されている。家具もパトリシア・ウルキオラやシャルロット・ペリアンなど新旧がほどよくミックス。クラシカルなイメージがありながら、決して古臭くはない、絶妙なテイストでまとめられているのはさすがだ。

 

 

17世紀に建てられたホテルのシンボル的な建物「ハドスペン・ハウス」。

 

 

 

 こちらの棟に宿泊し、チェックインした後は、ラウンジでクリームティーが振る舞われる。

 

 本場クロテッドクリームをたっぷりつけてスコーンをほおばる。ここの家主だったハドスペン一家の肖像画に囲まれながらのティータイムは、王道の英国の昼下がりを感じるのにぴったりだ。

 

 

「ハドスペン・ハウス」のラウンジとなっているドローイングルーム。

 

 

15時以降にコンプリメント(無料サービス)としてふるまわれるクリームティー。

 

 

 

 さて、滞在時にぜひ訪れてほしいところが敷地内にはいくつもある。見どころなどは無料のホテルアクティビティとなっているものが多いので、それに参加するのも面白い。おすすめのひとつは、イングリッシュガーデンの歴史を感じることができるガーデンツアーだ。

 

 

敷地内にはさまざま表情を見せる庭園が点在。

 

 

 

 ガイドはホテル開業時からガーデナーとして働く日本人の石田麻衣子さんが担当。こちらの庭園、1980年代半ばに有名な庭園デザイナーのノリ&サンドラ・ポープによって初めて一般公開され、その後さまざまなガーデナーたちが守り続けてきた。

 

 そうした長い歴史を持つ庭園だからこそ、中世から現代まで、エリアごとにその歴史がわかるようになっており、そのときのトレンドがよくわかる。実際に歩きながら説明を聞くと、普通に散歩するよりも数十倍面白い。

 

 もうひとつのおすすめはシードル工場の見学。

 

 サマセットは、リンゴの名産地。シードルはこのあたりの昔からの産業でもある。その文化をゲストに知ってもらいたいと作った工場では、さまざまな種類のシードルが作られている。今は外から買ってきたリンゴで作っているが、ゆくゆくは敷地内のりんごの木から収穫したリンゴでシードルを作る計画もあり、現在敷地内には70種、3000本のリンゴの木を植えているという。

 

 見学には試飲も組み込まれている。ここでシードルの歴史や製造工程などを知ってお気に入りのシードルを見つけたら、ダイニングや部屋でシードルをゆっくり楽しむのも一興だ。

 

 

シードル工場では試飲が可能。

 

 

 

 いくつかアクティビティに参加すると、ちょうど夕飯時になるはずだ。ディナーは「ハドスペン・ハウス」にあるメインダイニング「ザ・ボタニカル・ルーム」、または、「ファームヤード」にあるに薪火料理の「ファームヤード・キッチン」の2択。

 

 2泊するなら、場所を変えてディナーを楽しむのがおすすめ。全く違う雰囲気で食事が楽しめる。

 

「ハドスペン・ハウス」はドレスアップして食事を楽しみたくなる雰囲気。昔ながらの邸宅の雰囲気にモダンなトム・ディクソンの照明が不思議としっくり馴染んでいる。おすすめは、ファームでのびのびとそだったブリティッシュ・ホワイト種の牛か、ドーセット・ダウン種というラム。いずれも在来種でなかなか他ではお目にかかれない希少な肉だ。

 

 ここでいただいたラムは、柔らかく香りがよく、軽やかなソースとよく合った。また近隣の牧場から届くというバターがもう止まらないおいしさ。自家製のパンとともに、気がついたら相当な塊をペロリと食べていた。

 

 

メインダイニングの「ザ・ボタニカル・ルーム」。

 

 

 

 ぐっすり眠った翌朝は、それぞれの宿泊棟そばのレストランで。私は「ファームヤード」のレストランで朝食をいただいた。

 

 部屋から外に出ると、散歩している鶏があいさつしてくれた。歩いて数分のレストランに入り、窓際の席に案内される。大きく切られた窓からみずみずしい緑が目に入り、気持ちがいい。

 

 朝食には、敷地内で採れた新鮮な卵を使ったオムレツや、焼きたてのサワードウブレッドに自家製バターを添えた一皿が提供された。野菜やパンは自家製。ハムやバタ−、はちみつは、近隣の農家から買っているものだというが、どれも抜群の味だった。

 

 

「ファームヤード」のレストラン、「ファームヤード・キッチン」。

 

 

朝食はシンプルだが、一つ一つの食材がとびきり美味しい。

 

 

 

 さて、二日目におすすめしたいのが、敷地内のスパだ。スパ棟には、温水プールもあるので施術前に泳ぐのもいい。ひと泳ぎして少し冷えた体にぴったりなのが、ハマムを使ったスパメニューだ。

 

 ここでピンときた人もいるかもしれない。

 

 そう、サマセットには、お風呂の語源になった世界遺産がある。いわずと知れた「バース」だ。ローマ人によって温泉が作られ、18世紀にはでイギリスの貴族や富裕層がこぞって訪れ、社交となった場所だ。

 

 そんな歴史的ルーツを持つ場所で広いハマムで心地よい蒸気に包まれながら、あかすりとマッサージを受ければ、往時にタイムスリップしたような気持ちになるだろう。

 

 タイムスリップといえば敷地内にある「ローマン・ヴィラ」もはずせない。ここはホテルの敷地内から発掘されたローマ帝国時代の邸宅を、そのままミュージアムにしている場所だ。往時の遺跡から人々の暮らしが垣間見えるのだが展示の仕方が面白い。VR機器を装着して楽しむエリアでは、自分が当時の住人になったような気持ちで楽しめる。

 

 

スパエリアのハマムスペース。

 

 

17世紀当時プールだった場所には噴水が。

 

 

敷地内を自由に歩く牛。耳だけ黒く体が白い牛は、ドーセット・ダウン種というもともとこのエリアにいた在来種。

 

 

 

 ざっと紹介してきたが、まだまだ見どころは書ききれないほどたくさんある。したがって「ザ・ニュート」での滞在は、最低でも2泊は必要だ。いや、本当なら3泊はしてほしい。

 

 私は2泊したけれど、2泊ではまったく時間が足りなかった。

 

「ザ・ニュート」の素晴らしさは、滞在するだけで古き良きサマセットのことを体感し、知り、好きになるということだ。ホテルを構成する一つ一つに、サマセットという土地の魅力を物語として紡いでいく、元編集者だったというオーナーの“編集力”がいかんなく発揮されている。その手腕は見事としか言いようがない。

 

 チェックアウトする日、へリコプターが敷地内に舞い降り、VIPゲストがチェックインしていた。ホテルスタッフに誰かと聞いても、もちろん教えてくれなかったが、ゲストにはとある国の王族ファミリーやハリウッドスターなどの顔ぶれも珍しくなく、またそうした人たちの中でも何度も訪れる人が少なくないという。

 

 このホテルに一度でも足を踏み入れた人々が、熱烈にファンになってしまうのはなぜか。それは、全てが“本物”だからだ。しかも、そこには押し付けがましさのない学びがある。

 

「ザ・ニュート」での宿泊は、ラグジュアリーという言葉を超える特別な体験だった。自然の美しさに触れ、地元の恵みを味わい、この地に息づく歴史に思いを馳せることで、心の奥底から満たされる感覚を得た。

 

「本当の豊かさ」とは何かを静かに教えてくれるこの場所を、多くの人に体験してほしいと思う。

 

 

ザ・ニュート イン サマセット

Bruton, Somerset, BA7 7NG United Kingdom

TEL.03-3403-5355(日本の連絡先:ケントスネットワーク)

宿泊料金:ハドスペン ハウス £625〜、ファームヤード £785〜(宿泊料金には1年間のガーデンメンバーシップが含まれる)

thenewtinsomerset.com

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