THE LOGORITHM OF LUXURY

ルイ・ヴィトンの永遠なる流儀

February 2021

マルチリンガルで幅広い才能に恵まれたマイケル・バーク氏。世界中で認知されるラグジュアリー・ブランド、ルイ・ヴィトンを率いる彼が考える、ブランドの急成長を決定づけた要因とは?

 

 

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Michael Burke/マイケル・バーク

LVMHグループの設立以前に、ベルナール・アルノー氏とともに働き始め、2003年にフェンディのCEO、2012年にはブルガリのCEOに就任。さらに同年より、ルイ・ヴィトンの代表取締役会長兼CEO。

 

 

異文化をミックスさせるという挑戦

 

 魅力的な街というものは、昔から、異なる文化、宗教、文明が交わる場所に存在してきました。街がたったひとつの文化、宗教、文明に支配された状態になると、その街は特別な輝きを失ってしまいます。例えば、かつてモントリオールはふたつの文化をうまく調和させていましたが、純粋なフランス文化を求めた結果、魅力を失ってしまった。一方、イスタンブールは魅力に溢れています。マイアミやシンガポールも、人々を惹きつけてやまない。こうした街は、海に面しているため、必然的に貿易を重んじることになります。その結果、東西南北の要素が混じり合うのです。

 

 私がフランスを代表するブランドの舵取り役として、その価値観を世界中に発信することができるのも、フランスと米国の両方で長い時間を過ごしたおかげ。ひとつの文化にただ順応するのではなく、さまざまな感性を組み合わせることによって、新しい調和を生むのです。物事の広がりは、異質な要素の共存だけでなく、それらの融合も引き起こします。その結果、オリジナルとは違うものが誕生します。

 

 ルイ・ヴィトンがもっとも大切にしているもののひとつが、外の世界に目を向ける姿勢です。それは旅に対する憧れと、新しい文化を受け入れる心を指しています。そして、実験的であること、進取の精神を持つこと、先駆けとなることを意味します。ルイ・ヴィトンは、業界に進むべき方向を示し、モダン・ラグジュアリーの歴史に重要な1章を加えたのです。中でも特筆すべきは、事業を拡大するにあたり、一定のクオリティを保つ方法を示したことでした。

 

 

 

顧客との直接的な接点を重視

 

 19世紀のラグジュアリービジネスは、ヨーロッパを中心地とし、こうした都市に世界中から人々がやってきました。上質な製品を求めて、皆が出向いたわけです。その中でルイ・ヴィトンは、このラグジュアリーを届けるべく、70もの国々に進出しながらも、それまでに培ったものを完璧に維持することで、新たな時代を切り開いてきました。つまり、品質、サービス、お客様の体験をしっかりと再現したのです。たとえ中国の四川でも、パリと同じ体験を可能にせねばなりません。当時、これは不可能とされていました。ロンドンやパリでの体験を輸出することなど無理だ、と考えられていた。しかし、そんな中でもリーダーシップを発揮し、先陣を切ることがルイ・ヴィトンの信条なのです。

 

 なぜ自らの魂を失うことなく事業を拡大できたのか。それは、小売りに対する管理を徹底したからです。私たちは他社と比べて多くの直営店を有しています。自社ブランドを他者に委ねることなく、自分たちで管理しているのです。

 

 また近年は、ハイジュエリー分野で画期的な製品を生み続けています。これは、お客様が信頼をお寄せくださっていることと、私たちがお客様と直接的な関係を築いていることが理由です。ハイジュエリー事業では、コスト面でのリスクを伴うので、信頼が必要不可欠なのです。信頼というのは、何世代もかけて構築するもの。しかしルイ・ヴィトンはこれを7年で築きました。それは、製造するすべての製品をそばで見守ってきたから。自分たちが作ったものを、自分たちの手で販売しているからなのです。

 

 また、ハイジュエリー製作に熟練することも重要でした。そのためには、自社のアトリエ、つまり工房を持たねばなりません。ここでも「まずは製品の製作技術を極める」というルイ・ヴィトンのビジネスモデルが役立ちました。当社は誰よりもまず、職人たちが主役の企業です。靴分野に参入したときも、まず靴作りに取り組みました。ビジネスに着手するのは技術を確立してから、というわけです。ハイジュエリー分野では、当社はフランス企業ですから、ヴァンドーム広場に出店し、店舗の上にスタジオ、その上に工房を構えることになりました。スタジオからもたらされるクリエイティブなアイデアと、工房の持つ手細工の技は、どちらも欠かせないもの。当社のハイジュエリーは、すべてヴァンドーム広場で作られています。こうした信念は、お客様が意識されるものではないかもしれませんが、感覚として伝わるでしょう。私たちは、ずっと受け継いでいくつもりです。

 

初代の「エスカルワールドタイム」。世界24都市の時刻を表示することができる。文字盤は、30を超える色を使って丹念にハンドペイントされている。

 

 

 

 

大切にしてきた「デザイン」

 

 ところで、アントワン・アルノー氏が貴誌において、「ロゴ中心のラグジュアリーが過去のものになりつつあるように感じる」と述べられましたね。失礼ながら、私はそれには同意しかねるのです。ルイ・ヴィトンは常に、デザインに重きを置いてきたからです。お客様が求めているのは、品質やサービスももちろんですが、第一にデザインです。1854年以来、ルイ・ヴィトンは卓越したデザインを持ち味としてきました。アイテムや時代によって、イニシャルやロゴは、デザインの主役にも脇役にもなります。しかしルイ・ヴィトンにとって大切なのは、ロゴの有無ではありません。

 

 いつの時代も、お客様には製品の起源を知りたいという欲求があります。“LV”は起源を表すもの。そして永遠を求めるならば、起源は極めて重要です。自らの起源を明確にしなければ、当社のように永遠の一部になることはできません。まずは自分が何者であるかを表明する必要があるのです。

 

 当社のハイジュエリー・ネックレスをいくつかご覧ください。“V”のデザインが組み込まれていますね。“V”が何なのかは明白ですが、まず、そのデザインが美しい。1896年に登場した、当社の象徴であるモノグラムに描かれたフラワーモチーフは、ジャポニスムに由来しているという説もあります。また、おなじみの四つ葉のような花のモチーフは、オリエンタル調のデザインを用いる、ヴィクトリア女王時代後期の流行から生まれたという説があります。このデザインは、偽造防止のために特許を取得したほどです。こうしてデザインされたからこそ、モノグラムは永遠になったのです。私はモノグラムの100周年の時にルイ・ヴィトンにいましたが、このままいけば、私の子供たちが生きている間に、当社は200周年を祝うことになるでしょう。

 

 

 

 

 

普遍のロゴで新しさをプラス

 

 私たちが今シーズン使用している“V”の要素は、3代目にあたるガストン-ルイ・ヴィトンが考案したものです。この要素は、完全にデザイン化されているのが特徴です。この“V”デザインもまた、示すものは一目瞭然なのですが、気品とデザイン性を宿している限り、受け入れられることでしょう。お客様が望まないのは、どこにでもブランドロゴを張り付けるようなやり方。そこにデザイン性はありません。

 

 キム・ジョーンズも、この“V”のモチーフを当社のプレタポルテに用いました。過去のロゴを使うという手法には、私たちが共有する記憶を呼び覚ます効果があります。これまで見たことのない新しいアイテムであっても、そのルーツは共通の記憶の中にあるのです。デザイナーたちは、その効果を利用して一歩進んだものを生み出します。過去から受け継いだロゴを生かして、皆の思い出の中にあるものとリンクさせながらも、斬新なデザインを作り出すのです。

 

 例えば、2014年に発表した「エスカルワールドタイム」という時計には、通常の時計の針の代わりに“V”を使用しました。ジュエリーでも、“V”のモチーフを目立つ部分に用いましたし、プレタポルテでも“V”がデザインテーマとなるものもありました。こうした製品は、異なるデザイナーが担当しましたが、それぞれが“V”のモチーフを活用しています。共通の記憶を生かしつつも、個人の枠を凌駕する斬新なデザインを通じて、現代的で新しい精神を引き出すことに成功しているのです。

 

 

 

 

THE RAKE JAPAN EDITION issue03