A ROMANTIC TRUNK EXPLORATION: LOUIS VUITTON

ロマンティック・トランク探訪記:ルイ・ヴィトン

September 2022

長い逃避行のお供として、ルイ・ヴィトンのトランクほど魅力的なものはない。

 

 

by FREDDIE ANDERSON

 

 

 

パリからロンドン空港に到着したデビッド・ベイリーとカトリーヌ・ドヌーヴ(1966年)。

 

 

 

 「私の場合、旅はどこかに行くためのものではなく、旅そのものが目的になっている。旅のために旅をするのだ。動いていることが大事なのだ」

 

 スコットランドの小説家、ロバート・ルイス・スティーブンソンはそういった。この言葉は、多くの人が共感するものではない。旅には普通、何らかの目的がある。女流作家・考古学者のガートルード・ベルは、かつてはメソポタミアとして栄え、現在はイラクとして知られる国を探求したが、その目的は近代国家を成立させることだった。

 

 一方、ヨーロッパの貴族たちは、オリエント急行で昔ながらの旅を楽しんでいた。グランドツアーに参加した貴族たちは、豪華な旅そのものを楽しむという点で、旅に対してスティーブンソンのようなロマンチックな思いを抱いていた。

 

 1821年、フランス東部の山村アンシェに生まれたルイ・ヴィトンにとって、最初の旅は仕事を求めてのものだった。リヨンやジュネーブの方が近かったが、彼はパリを目指した。サントノーレ通りの近くに居を構えたヴィトンは、荷造り用木箱製造兼荷造り職人として名高いロマン・マレシャルに弟子入りすることになった。

 

 当時の主な交通手段は馬車、船、列車だった。しかし荷物の扱いはひどく雑だった。旅人たちはマレシャルのような職人にオーダーしたトランクやケースに荷物を入れて保護していた。これらのトランクは、痛みやすいところをステッチで補強し、高価で丈夫な素材を使ってダメージを和らげるよう工夫されていた。

 

 1854年、ルイ・ヴィトンはマレシャルの工房を離れ、ヌーヴ・デ・カプシーヌ通りに自身のメゾンを開いた。マレシャルのもとで働いていたこともあって、彼はすでに素晴らしい顧客を抱えていた。ナポレオン3世の妻、ウジェニー・ド・モンティジョ皇后もそのひとりだ。

 

 キャンバス地の軽量な長方形のトランクを発表すると、重くて丸いトップの革製トランクに代わって人気を得、さらに多くの上流顧客がルイ・ヴィトンを訪れるようになった。

 

 


1927年頃の飛行機の旅。© ARCHIVES LOUIS VUITTON

 

 

 

 ルイ・ヴィトンは、オートクチュールの世界を熟知していた。また旅というものが人気になり、旅行用トランクが必要とされることを見抜いていた。彼はそんな旅行革命の波に乗り名声を得たのだ。

 

 1859年、工房はパリの北西に位置するアニエール村に移転した。そこは現在でもブランドの中心地となっている。アニエールは、亜鉛、銅、真鍮で作られたトランクのシリーズが作られた場所でもある。それらは1890年代に、アジアやアフリカなどのエキゾチックな土地への旅を目的として作られていた。

 

 ルイ・ヴィトンを最も愛した顧客のひとりが探検家のピエール・サヴォルニャン・ド・ブラザだ。彼の使命は、アフリカのさまざまな文明とフランス国家との関係を維持することだった。彼は毎回渡航前にルイ・ヴィトンに立ち寄り、修復や追加注文をしていた。

 

 それらの多くは、現在ではルイ・ヴィトンの伝説的な作品となっている。例えば、1889年に依頼されたモノグラム・キャンバスのベッド・トランクは、テケ王国(植民地時代以前の西中央アフリカに存在した王国)のマココ王に自国の領土をフランスの保護下に置くよう説得する際に使われたものだという。


探検家のピエール・サヴォルニャン・ド・ブラザが愛したベッド・トランク。© ARCHIVES LOUIS VUITTON

 

 

 1900年代初頭、豪華客船が上流社会の人々を船上に迎え入れるようになった。乗客はシャンパン・バーやボールルームを備えた船上で贅沢を満喫するため、寄港地に立ち寄らずに往復する「ノーホエア・ボヤージュ」に乗り出すようになった。

 

 王族や政治家、ハリウッドの有名人たちは、特注の大きなトランクをたくさん注文した。アメリカ有数の名家、ヴァンダービルト家のグロリアと叔母のガートルードが、豪華なクルーズから戻った後、ルイ・ヴィトンのトランクの上に座っている有名な写真が残っている。当時はトランクに合わせて、帽子入れや化粧ポーチ、ガーメントバッグなども作られ、その多くに名入れがされていた。

 

 しかし、1950年代後半に民間航空機が普及してくると、華やかな鉄道や船の旅から移動手段が変わり小型のトランクは依然として人気があり、パリからロンドン空港に到着したカトリーヌ・ドヌーヴとデヴィッド・ベイリーなどが愛用していた。

 

 旅のロマンスと魅力を象徴するビスポーク・トランクは、映画の中で生き続けている。例えば、ウェス・アンダーソン監督の映画『ダージリン急行』(2007年)だ。インドの豪華列車を舞台としたこの作品には、動物や木々が描かれたルイ・ヴィトンのトランクが登場する。

 

 伝説的なコメディ映画『星の王子ニューヨークへ行く』(1988年)では、さまざまなサイズのルイ・ヴィトンのトランクを見ることができる。いつの時代も、ルイ・ヴィトンのトランクほどアイコニックなアイテムはないのだ。