THE ART OF CREATING DESIRE

メルセデスが考える、未来のラグジュアリー

November 2022

流行や時流に影響を受けるデザインとの関わり方は、歴史と伝統のあるブランドにとってさまざまだ。メルセデス・ベンツはユニークなアプローチを試みる。

 

 

 

text shintaro watanabe

 

 

 

ファッション界とのコラボレーションを積極的に行うメルセデス。“オート・ヴォワチュール”はブークレーやフェイクファーなどをインテリアにあしらったマイバッハの限定特別仕様車。

 

 

 

 

 本誌の読者であれば、ルイ・ヴィトン/ディオール/ブルガリ/ティファニー/モエ・エ・シャンドン/ヘネシーと聞けばLVMH、ボーム&メルシエ/カルティエ/IWC/ヴァンクリーフ&アーペルと聞けばリシュモン、ディーゼル/メソン・マルジェラ/マルニ/ジル・サンダーと聞けばOTBグループとすぐに思い付くだろう。では、LVMH、リシュモン、OTBグループ、そしてプラダが参画している“オーラ・ブロックチェーン・コンソーシアム”はご存じだろうか。これは、マイクロソフトやコンセンシスの協力で開発されたトレーサビリティのプラットフォームにより、高級ブランドの商品の履歴や証明のチェックを消費者が行えるシステムを共有する団体。ここに、5番目の創設メンバーとしてメルセデス・ベンツが名を連ねることになった。

 

 ファッション業界の三大コングロマリットなどと自動車メーカーの共演はちょっとしたニュースとなった。気の早い人は「ヴィトンとメルセデスのコラボモデルが誕生するのか?」などと妄想を膨らませたそうだが、今回の発表はそういう主旨のものではなく、あくまでもブロックチェーンの共有が目的である。しかし興味深いのは、メルセデスはこのブロックチェーンを本業である自動車では使用せず、自ら“デジタル・ラグジュアリー”と呼ぶデジタルアート作品での使用を目論んでいる点にある。

 

 メルセデスは電気自動車のSクラスであるEQSを昨年発表した。EQSには“MBUXハイパースクリーン”と呼ばれる全長140cmにも及ぶ全面ガラス張りのダッシュボードが採用されている。中には3つの液晶モニターが組み込まれており、現状ではメーターやナビゲーション、エンターテインメント・システムの視聴に使われている。今後、自動車の車内からは従来の機械式スイッチがどんどん姿を消し、代わりにタッチ式の液晶モニターがメインとなる風景に様変わりすることが予想される。モニターの数が増えたりサイズが大きくなったとき、そこに映し出されるのは機能に紐付いたグラフィックでなくてはならない、なんて決まりはない。例えば運転席以外のモニターには、まるで自宅に絵画を飾るように、お気に入りのデジタルアートを映し出してもいいわけだ。そのデジタルアートの制作に、メルセデスは本格的に乗り出すという。

 

 

 

 

 

 

 メルセデスが定期的に開催している今年の“デザイン・エッセンシャルズ”というデザインのワークショップは、そんな革新的な発表からスタートした。続いてお披露目されたのは2台のマイバッハと1台のコンセプトモデルだった。

 

 “メルセデス・マイバッハ・オート・ヴォワチュール”はハイファッションのオートクチュールからインスパイアを得たという限定生産モデル。色使いやトリムの素材に、通常ではクルマに使用しない、ファッションで主に使用されるものを採用している。車内外に映えるローズゴールドの色彩、ブーケやブークレーの生地とクリスタルホワイトの本革を組み合わせたインテリアトリム、そして極めつきはドアポケットやフロアマットに敷かれたフェイクファーなど、これまでの自動車内装の常識を覆すしつらえの数々がちりばめられている。

 

 “プロジェクト・マイバッハ”と“マイバッハ・バイ・ヴァージル・アブロー”は、ストリートファッションのハイブランド“オフホワイト”のデザイナー、ヴァージル・アブローとメルセデスのコラボレーションモデル。プロジェクト・マイバッハはGクラスの可能性を探るデザインコンセプトで、全長6mのサイズでふたり乗りの2ドアクーペ、その上電気自動車というオフローダーである。プロジェクト・マイバッハと同じサンドベージュとブラックの2トーンのボディカラーをまとったマイバッハ・バイ・ヴァージル・アブローは限定特別仕様車。2トーンの色調は室内にも生かされていて、MBUXのインターフェイスはこのクルマ専用のグラフィックとなっている。

 

 

 

ストリートファッションのハイブランド“オフホワイト”のデザイナー、故ヴァージル・アブローとの共作。全長6mを超える2ドアのオフロードSUVのコンセプトモデルである。

 

 

 

 そして最後にアンベールされたのが、“Vision AMG”だった。メルセデスAMGは近い将来、EAプラットフォームと呼ばれる電気自動車専用のシャシーを発表するといわれており、それに被されるボディのデザインコンセプトである。4ドアクーペの形状をベースに、リヤには過日無充電1000km走破を達成した研究開発プロトモデルのEQXXのダックテールを模した空力重視のデザインを採用。ヘッドライトはついにこれまでのいわゆるヘッドライトの形状ではなく、LEDを使ったメルセデスのスリー・ポインテッド・スター風の装いとなった。

 

 今回の出し物だけを見ていると、メルセデスが急速にファッション業界に寄って行っているようにも見受けられるし、今後のメルセデスデザインはいったいどうなってしまうのだろうと疑心暗鬼に似た気持ちになるが、チーフエンジニアのゴードン・ワグナーは次のように述べて締めくくった。

 

「普遍的な美を追求する我々の姿勢には何ら変わりありません。普遍を追求するには普遍だけを見ていてはだめで、対極にあるものにも積極的に触れ、あらためて普遍とは何かを自問自答することが重要なのです。今回紹介したプロジェクトは回り道や寄り道に見えるかもしれませんが、メルセデスのデザインがみなさんの期待を裏切ることは今後もありません」

 

 

 

メルセデスAMGの“Vision AMG”。大排気量と大パワーのエンジンが持ち味のAMGにも電動化の波は押し寄せており、これは将来的に登場するであろう電気自動車(BEV)のデザインコンセプト。LEDのヘッドライトはメルセデスのブランドロゴをモチーフにしている。4ドアクーペという想定だ。