SHAKING UP ASIA: THE NEW BAR FRONTIER

【2025年】アジアのバーシーン最前線

October 2025

香港からバンコク、シンガポール、東京、ソウル、ネパールまでアジアのバー業界は今、かつてない盛り上がりを見せている。世界各国から人々がバーを目指して旅をし、その土地でしか味わえない体験を求めているのだ。今年7月に発表された「アジアのベストバー 50」の結果とともにアジアを取り巻くバーシーンの最前線をお届けしたい。

 

 

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昨年に続き、今年も「アジアのベストバー50」で1位に輝いた香港の〈Bar Leone〉の一杯「マンハッタン」。創業者兼バーテンダーであるロレンツォ・アンティノーリ氏の故郷イタリアならではの魅力に溢れた一軒だ。

 

 

 

 近年、アジア各都市のバーシーンが著しく進化を遂げており、注目せずにはいられないほどの盛り上がりを見せている。背景には、コロナ禍が明けてからの急速な経済の発展や旅行者の増加が挙げられるだろう。さらに、各都市の文化や伝統を巧みに取り入れたユニークなカクテルやバーが国際的に評価され、今やアジアは世界中のバーファンが注目する旅の目的地となっている。

 

 そんな彼らが各都市を訪れる際に参考にしているのが、レビューサイトやリストだ。なかでも多くの人々が注目し、信頼しているのが“50(フィフティ)ベスト”と呼ばれるもの。レストランのそれについてなら聞いたことのある方も多いと思うが、バーのランキングも世界中から熱い視線を集めており、2023年にはホテル版も登場したほどだ。対象エリアごとに発表時期が異なり、バーに関してはアジアと北アメリカ、世界の3つに分けられていて、アジアが7月頃、北アメリカは5月頃、世界は10月頃に発 表される。「ベストバー 50」は、アジアや世界を問わずこのリストを全制覇するべく各地を巡る猛者もいるほど。このリストの存在自体が、彼らの旅をするモチベーションになっているのだ。それはなぜかと聞かれれば、バーがその土地の個性を最大限に表していたり、そこへ行かないと出合えないものがあったり、その場でしか体験できない時間に溢れているから。ぜひ諸兄にもバーシーンの奥深さを体感してほしい。

 

 

香港に現れたイタリアのバール Bar Leone, Hong Kong

2023年に香港にオープンしてからわずか1年で「アジアのベストバー 50」の1位に選ばれ、今年も見事首位に輝いた〈Bar Leone〉。壁にはサッカーユニフォームが飾られ、BGMはイタロ・ディスコ。ネグローニやマティーニといったシンプルなカクテルにアレンジを加えたものが人気。必食はたっぷりのモルタデッラが挟まれたサンドイッチ。

 

 

伝統家屋を蘇らせたソウルの新名所 Bar Cham, Seoul

2025年の「アジアのベストバー 50」で、昨年の13位から6位へと大幅にランクアップを果たした〈Bar Cham〉。韓国の伝統家屋である韓屋(ハノク)を改装し、2018年にソウルにオープンした。韓国の伝統的な蒸留酒である「ソジュ」を幅広く取り扱っており、それをベースに使った多彩なカクテルメニューが揃う。

 

 

今も行列が絶えないアガベ専門のカクテルバー COA, Hong Kong

2021年から3年連続で「アジアのベストバー 50」1位に選出されるという快挙を成し遂げた、2017年に香港に誕生した〈COA〉は、テキーラやメスカルといったアガベが原料のスピリッツを主に扱う。いまも開店前から行列必至のため、早めに来店してウェイティングリストに入れてもらうのがおすすめ。

 

 

 

多様性が一気に開花した2025年のアジアのベストバー50

 今年7月15日に発表された「アジアのベストバー 50」は、例年以上に新鮮な顔ぶれとなった。ランキングは、アジア各地で活躍するバーテンダーやライター、専門家がそれぞれ均等な割合で選出されており、合計300人以上の投票によって決 定される。しかも審査員は毎年25%が入れ替わること、投票期間中にそのバーを実際に訪れていること、どんなスタイルのバーでも対 象であることなどのこまやかなルールも設けられている。そんななか今回は、これまで入っていなかった地方都市からのランクイン、オープンして間もないバーや初エントリーの躍進が目立つ結果に。アジア全体のバー文化が、活気づいてきていることを浮き彫りにした。

 

 カクテルが美味しいこと、素晴らしいホスピタリティで歓迎してくれることが大前提であるうえで、注目したいのは、強いコンセプトを持ち、各地の文化的な物語を表現しているバーや、サステナブルを実践するバーが高く評価されるようになっていること。こうした価値観の変化が、今年のランキングの多様性を一層高めているように思える。それでは今年のランキングの結果を具体的にみていこう。

 

 

唯一無二の体験が待つ場所

 

 大きなひとつの潮流として言及したいのが、その場所でしか体験できない世界観に溢れているバーが軒並みトップを独占していること。例えば、まず挙げたいのは、昨年に続き1位を獲得した香港の〈Bar Leone〉。創業者であり自身もバーテンダーであるロレンツォ・アンティノーリ氏の出身地であるイタリアのバールに来たかのような店内は、「もうひとつの我が家」と表現したくなるような居心地のよい空間だ。イタリアらしさが息づく、マティーニやネグローニといったクラシックカクテルを少しアレンジしたものに加え、看板メニューである「モルタデッラサンドイッチ」や自家製の「スモークオリーブ」をはじめとする、こだわりのフードメニューも魅力のひとつだ。

 

 そして、2023年まで史上初となる3年連続で1位に輝いていた、同じく香港の〈COA〉は、今年は少しランキングを下げて17位に選出された。テキーラやメスカルなどのアガベを原料とするスピリッツをメインに使用したユニークなカクテルが人気で、その気軽さやこだわりのカクテルは唯一無二のものばかり。ランキングを下げたものの、アガベスピリッツをアジアに広めた先駆者として、今も不動の存在感を誇っている。

 

 

ソウルを席巻するゼロウェイストバー ZEST, Seoul

ソウルのなかでも多くの有名バーが立ち並ぶ清潭洞(チョンダムドン)エリアに立つ〈ZEST〉は、2年連続で2位に選出。平日でもウェイティングが必要な大人気店だ。イエローメロンと呼ばれるチャメやレモンバーベナ、そして自家製トニックを使用した「Z&T」は非常に飲みやすく、1杯目におすすめのカクテルだ。

 

 

香港初の循環型サステナブルバー Penicillin, Hong Kong

今年27位にランクインした香港の〈Penicillin〉は、そのサステナブルな取り組みで一目置かれているバーのひとつ。〈The Old Man〉などを経て2020年に独立したアグン・プラボウォ氏が手がける同店には、設計や運営、提供される体験すべてに環境への配慮が息づいている。昨年は香港に〈Lockdown〉を、今年は上海に〈Penicillin〉の新店舗をオープンさせた。

 

 


まさに唯一無二な日本を代表するバー Bar BenFiddich, Tokyo

西新宿の新宿郵便局のほど近くにある〈Bar BenFiddich〉は、店主の鹿山氏の実験室とも形容したくなる、秘密基地のような空間だ。氏が世界各地で見つけてきた道具の数々やオリジナルのお酒がそこかしこに並んでいる。シグニチャーカクテル「グリーン・ネグローニ」(右)は、氏の畑で採れたニガヨモギやローズマリーなどのハーブを使った一杯。

 

 

 

 また、昨年の13位から大幅ランクアップの6位に選ばれたソウルの〈Bar Cham〉は、伝統家屋の韓屋(ハノク)をリノベーションした店構えで、カクテルには韓国の伝統酒や地元食材を多用しており、まさに文化体験ができるようなバーである。さらに昨年に続き日本のバーのなかでトップであり、9位となった東京・西新宿の〈BarBenFiddich〉は、店主の鹿山博康氏が自らの畑で育てたハーブやスパイスを使って一杯を仕立てるスタイルで知られ、店内には鹿の立派な剝製が鎮座していたり、魔法使いの如く枝をバースプーンとして活用したり、コンセプチュアルかつサステナブルなアプローチを同時に体現するユニークな存在として頭ひとつ抜きん出たバーだ。西新宿の雑居ビルにあるという隠れ家的存在でありながらも、世界的に有名な一軒である。

 

 そして数多くの有名バーを擁するシンガポールからは今年も〈Jigger & Pony〉が3位に輝き、ホスピタリティの高さと完成度の高い、クリエイティビティに溢れるカクテルで国際的評価を不動のものとした。実はここにはバーテンダーとして活躍する日本人がいる(そして過去にこのバーで修業を積んだ日本人バーテンダーたちはいま世界や日本で大活躍している)。2007年にシンガポールに渡り、現在同店でチーフバーテンダー兼共同所有者として活躍するAkiこと江口明弘氏だ。業界内で彼のことを知らない人はいない。シンガポールに行ったら必ず訪れてほしい一軒である。

 

 バーに根づいた新しいスタンダードもうひとつの大きな潮流として見逃せないキーワードが、「サステナビリティ」である。昨年に続き2位に輝 いたソウルの〈ZEST〉は、店名の由来が“Zero-Waste”というだけあって、オープン当時からサステナビリティを追求し続けている一軒だ。例えばフルーツは皮から果汁、残った果肉まで丸ごと使い切り、トニックやコーラなどをはじめとするすべての炭酸飲料を自家製のソーダシステムでゼロから作ることで、廃棄物を最大限減らす取り組みを行っている。ミニマルなデザインの店内もその理念を体現している。

 

 香港の〈Penicillin〉も、廃棄物を極力出さず、地元食材や再利用素材を生かしたカクテルを提供している。「クローズドループ・カクテル」を掲げて循環型のモデルを実現しており、それを象徴するカクテルが「One Penicillin, One Tree」だ。これを一杯頼むごとに、ボルネオ島に木が1本植えられる仕組みとなっている。バーが社会に与えることができる可能性を絶えず探り続けているのだ。

 

 さらにランク外ではあるが、今年95位に選ばれたシンガポールの〈Fura〉は、動物性素材を一切使わないプラントベースのカクテルを多数ラインナップしている。例えばこの店の「Dirty Banana」はエスプレッソマティーニのような一杯なのだが、そもそもコーヒー豆を使用しておらず、廃棄予定の大豆製品とサワードウ(天然酵母パン)を活用したもの(そのためカフェインレス)。また、もうひとつのシグネチャーカクテル「New New Yuck」は、未来の食材として注目される海藻をフィーチャーした一杯。海藻はタンパク質が豊富で、プロバイオティクスやミネラル、栄養素を多く含み、農地や淡水、化学肥料を必要としないため、海藻養殖は他の農業・養殖と比べて環境負荷が低いという。ランク外ながらも、その革新的な取り組みとともにぜひ注目してほしい一軒だ。

 

 

 

未来をまっすぐ見据える革新的なサステナブルバー Fura, Singapore

〈Fura〉の「New New Yuck」(右)は、海藻を主役に、ジンや塩昆布を合わせ、ライムリーフとココナッツホワイトチョコレートの泡を添えたカクテル。冷たいドリンクの上に暖かいフォームが乗った新感覚の一杯だ。施工時や内装にもプラスチックの使用を避けただけでなく、未来の食材やサステナブルな素材を積極的に取り入れている。

 

 


ついにランクインした熊本が誇る実力派バー Yakoboku, Kumamoto

熊本の上乃裏通りに立つ〈夜香木〉では地元の素材を生かしたカクテルが多く揃う。「フェニックスマティーニ」は、ウォッカをベースに熊本の白ワインや自家製ヴェルモットを合わせた一杯。150年以上前からある建物を改装した店内はモダンで落ち着いた雰囲気だが、BGMはテンポのよい音楽。仲間と話しながら楽しく飲める一軒だ。

 

 

 

バーを求めて未訪の地へ

 

 最後に今年のランキングで特筆すべきは、初登場のバーや、地方都市からの50位内へのランクインが相次いだこと。なかでも熊本の〈夜香木〉は昨年の64位から25位への大幅ランクアップを果たし、ネパールのカトマンズからは〈Barc〉が昨年の39位から35位へランクアップしただけでなく、卓越したホスピタリティが認められ特別賞まで受賞した。 そして、東京からは〈Punch Room Tokyo〉が36位に、〈Bar Libre〉が49位に初めて選ばれるなど大きな動きが見られた。

 

 また、バンコクでは、〈Dry Wave Cocktail Studio〉が初登場 にして5位に輝き、〈G.O.D〉が26位、〈Opium〉が43位にニューエントリー。そしてトマトを丸ごと使ったアイコニックなカクテルが 人 気の〈Bar Sathorn〉は、48位に初めてランクインした。タイの伝統食材やスパイスを現代的に解釈し、新たなトレンドを創出する存在として視線を集めている。

 

 そして初登場ながらも、インドのゴアから〈Boilermaker〉が30位に、ベンガルールからは〈Bar Spirit Forward〉が37位に選ばれるという大きな一歩を踏み出した。また、フィーチャーしたいのが、ランク外ではあるが80位に入った香港の〈The Opposites〉。2024年夏にオープンしたばかりのバーで、2012年の誕生時から根強い人気を誇る〈Quinary〉をはじめとする数々の有名バーをプロデュースしてきたアントニオ・ライ氏が新たに手がけた一軒だ。

 

 

ふたりの対照的な個性が響き合う一軒 The Opposites, Hong Kong

〈Quinary〉などを手がけてきたアントニオ・ライ氏と、同店で8年間バーマネージャーを務めたサミュエル・クウォック氏が香港・中環にオープンさせた〈The Opposites〉。ここの名物は、ひとつのクラシックカクテルをふたりの対照的なスタイルで表したペアカクテル。円と線のデザインにふたりの個性を融合させて投影した内装も魅力。

 

 

 

歴史ある邸宅で楽しむタイを感じる独創カクテル Bar Sathorn, Bangkok

〈Bar Sathorn〉はWバンコクの「The House on Sathorn」内にある。1889年建造のコロニアル様式の歴史ある豪邸というだけあって豪華な空間が広がる。カクテル「Bangkok Brunch」(右)は、タイで愛される料理「パット・クラパオ」をブラッディ・メアリーで表現。氷の代わりに使用した冷凍トマトの見た目もインパクト大だ。

 

 

 

 こうして見ていくと、アジアのバーシーンはかつてない広がりと深みを増していることを改めて実感できる。そこは単なる夜の社交場を超えた、文化の発信地なのだと思う。コンセプトの物語性とサステナブルな実践は、もはや流行ではなく次代のスタンダードなのだろう。世界が注目するアジアのバー。そこには旅人を動かす力があり、新しいトレンドを生み出す力がある。

 

 

「THE RAKE 日本版」Issue66より抜粋

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