稀代の偏屈親父「魯山人」を描いた
伝記エンターテイメント
August 2022
text kentaro matsuo
書家、篆刻家、陶芸家そして何よりも美食家として知られた北大路魯山人(1883〜1959年)の人気が再燃しているという。好事家はもちろん、普通のOLまでもが彼の作品を欲しがっている。価格も高騰し、小品でも数百万円はするらしい。
そんな魯山人は、生前は嫌われ者だったそうだ。傲岸不遜な性格で、相手が自分より下だと見ると、徹底的にやっつけた。あのピカソでさえ、「大したことない」と切り捨てられているのだ。
作家・馬場啓一氏の最新刊『毀誉褒貶 だから魯山人』は、彼が「なぜそんな性格になってしまったのか」、「本当に嫌な奴だったのか」、「どこがどう凄いのか」を、その不憫な幼少時代から芸術と美食に目覚めた青年期、陶芸家として大成した晩年まで、時系列を追って、数々の興味深いエピソードを交えながら、ていねいに解き明かしている。
しかし、数多ある魯山人本と違うのは、そこに馬場氏一流のユーモアと縦横無尽な表現が織り込まれていることだ。例えば、若き日の魯山人を「居候のプロ」と表したり、北鎌倉の広大な星岡窯を「ディズニーランド」になぞらえてみたり……。
「ここが重要なんですね」、「一理ありますね」などと作者に語りかけられているような文章には、誰もが引き込まれるだろう。まるでよく出来た雑誌のコラムのようだ。
それもそのはず、作者の馬場氏は、白洲次郎や池波正太郎の著作で知られ、大学で日本文学を教えていたが、さらにその前は、『メンズクラブ』や『男子専科』などのメンズマガジンで、超売れっ子ライターだったのだ。アメリカ文化に精通し、ファッション、ミステリ、ジャズ、映画、酒など、その守備範囲は多岐にわたっていた。与えられたテーマを「面白く」仕上げるプロフェッショナルなのである。
魯山人には興味があるが、堅苦しい本は苦手という方にこそ、本書をおすすめしたい。肩肘張らず、ウイスキーでもちびちびやりながらページをめくるといい。この本は、読者の教養を高める一冊であるのは間違いないが、その前に、魯山人という稀代の偏屈親父をモチーフとした、「伝記エンターテイメント」なのである。
『毀誉褒貶 だから魯山人』
著者:馬場啓一
発行:夏目書房新社