Personal Impression by Kentaro Matsuo
一番好きなローファー
ジョンロブ“ロペス”のこと
March 2021
text kentaro matsuo
私がファッションの世界に入ったばかりの頃(1990年代のはじめあたり)、世の中では“フレンチ・トラッド”というヤツが流行っていました。これは、アメリカ伝統のアイビー・スタイルを、ちょいとフランス風に味付けした格好で、ガチガチのアメトラに飽きた、当時最先端のお洒落ピープルが、こぞって採用していました。
そのきっかけとなったのは、当時シップスが展開していた“マルセル・ラサンス”というショップで、本場フランスからやってきたラサンスさんが、日本に紹介したフランス製アイテムは枚挙にいとまがありません。例えば、モンクレールのダウンジャケットや、ジェイエム ウエストンのローファーなどです(セント・ジェームズのボーダーシャツは、それ以前からありました)。
端的にいうと、こういったフランスのアイコン的アイテムを、アイビーに強引に合わせたのが、フレンチ・トラッドです。例えば、オックスフォードのボタンダウン・シャツと、リーバイスのホワイト系5ポケット(ここまではアメリカ)に、フランスのローファーを合わせたりするのが、典型的なコーディネイトです。
そんな当時、人々の羨望を集めていたキング・オブ・ローファーがこの“ロペス”です。これさえ履けば、最上級のフレンチ・トラッドを実現でき、皆ひれ伏すという、水戸黄門の印籠的アイテムでした。誰もがロペスに憧れ、いつかは手に入れたいと願った靴でした。
ロペスの魅力は、以下のふたつに集約されるでしょう。
1. 流麗なデザイン。
2. 世界一のクオリティの革。
まず1について。
ご存知のようにジョンロブは、もともと、1829年生まれの初代ジョンロブ氏によって、1866年に創業された、英国靴の老舗中の老舗です。しかし1976年に経営危機が訪れ、伝統の断絶を憂いた仏エルメス・グループによって、救済されたという過去があります。現在、工場は英国ノーサンプトンにありますが、ブランドのオーナーはエルメスです。
そのへんの事情をわきまえた、90年代当時のエディターやスタイリストの先輩が、「ロペスとバロスって、エルメスっぽいよね・・」と話していたのを覚えています(ちなみにバロスは、ジョンロブのもうひとつのフランス風の靴で、Uチップでラウンドトゥを特徴としていましたが、現在では残念ながら廃番となってしまいました。昔からのジョンロブ・ファンは、今でも呪文のように“バロス復活、バロス復活・・”と唱えています)
ロペスのデザイン上の特徴は、アッパーのサイド部分がぐるりと1枚革で
仕立てられていること(ライバルであるウエストンはつま先部分に縫い目あり)。これによって伸び伸びとしたシルエットを得ています。ローファーとしては、ややノーズが長いのも個性で、よりエレガントな雰囲気を醸し出しています。寸詰まりなローファーは、ドレス・アイテムとは合わせにくい存在ですが、ロペスなら、スーツ・スタイルに、違和感なくコーディネイトできます。
エプロン部分の拝みモカやストラップ部分に入ったステッチは、ライバル勢より細かく丁寧です。楕円型に開いたストラップ・ホールのカタチが、エルメスっぽいといわれる所以です。実にフランス風の、洒落たシェイプだと思います。エルメスのバッグや革小物には、今でもこういった意匠が多く使われていますよね。
ちなみにローファーと呼ばれる靴には2種類あって、ストラップがエプロンに縫い付けられているものと、いないものがありますが、ロペスは前者で、ストラップは独立しています。ペニーローファーの語源は、ストラップのスリットにコインを挟んだことからということですが、ロペスにコインは挟むことができません(落っこちてしまう)。後付けのため、より手が掛かる、オリジナルに近い構造なのではないかと思います。
さて、2(革)については“エルメス伝説”というものがあります。これは、“世界中の最も良い革は、エルメス・グループに独占されているから、その他のメーカーは、どうがんばっても2位以下にしかなれない”というものです。
エルメス・サイドは、そんな公式声明は出していないので、真偽のほどはわかりませんが、私は複数の革を専門に扱う業者から、同じ話を聞いたので、これは多分本当のことだろうと思います。
少なくとも現在エルメスが、かつて世界最高といわれた、ふたつのタンナーを所有しているのは確かです。2013年に買収した仏アノネイと、2015年に買収した仏デュプイです。しかしこれは一部の噂にあるように、エルメスが製革業界を独占しようとしたわけではなく、実際は逆で、貴重なディストリビューターの危機を、救済したというのが事実のようです。
世界的に見れば、高級皮革の需要は減少しており(あなたの同僚が、どんな靴や鞄を持っているか見れば、一目瞭然です)、昔ながらのタンナーは、次々と姿を消しつつあるのです。
私が今回手に入れたロペスの革が、どのタンナーから供給されたのかは明らかにされていませんが、ジョンロブならではの特徴を備えた、素晴らしく上質なカーフです(型押しとプレーンなカーフとの組み合わせなので、ふたつのタンナーの革を、組み合わせているのかもしれません)。
それは、表面的なピカピカな光沢感ではなく、もっちりと奥深い存在感を備えています。指で触ると、指先に革がねっとりとまとわりついてくるような、錯覚にとらわれます。この感覚は、ジョンロブならではのものです。
縫製やデザイン、フィット感など、靴についてのファクターは色々ありますが、こと革質については、ジョンロブは世界一だと断言できます。
ちなみに縫製についていえば、私はノーサンプトンにあるジョンロブの工場へ行ったことがありますが、これはもう徹底的な分業です。カットはカットだけ、モカ縫いはモカ縫いだけ、底付けは底付けだけと、すべての工程が分けられ、専門の職人が何万回も同じ作業を繰り返しています。それぞれの職人は、それぞれの工作機械を、まるで自らの手足のように操ります。ひとつの靴をひとりの職人が、初めから終わりまで手がけるビスポークとは正反対です。
ですから、少なくとも、ジョンロブが生産する個々の靴のディテールは、徹底的に高品質かつ均一に保たれています。英国産グッドイヤー製法の靴の最大の利点がここにあります。
ロペスは高価な靴ですが、では「これ以上のローファーが、既成靴で他にあるか?」と問われれば、答えは「ノー」です。レディメイドのローファーとして、これ以上のものはありません。
私が今回ロペスを手に入れたのは、ファッションのトレンドとして、今季フレンチ・トラッドに再び注目が集まっているからです。私の目から見ると、「なんだか懐かしいなぁ」と思えるような格好を、今を時めく若手ブロガーやファッショニスタがインスタグラムで披露しています。私もこの冬は、(かつてエルメスも使っていた)ジョシュアエリスの織機で織られたヘリンボーンのダッフルコートに、ロペスを合わせたいと思っているのです。