Madoka no Mori, Hakone Gora — A Ryokan Shaped by “En” (Connections)
箱根強羅「円かの杜」滞在記。ふたつの源泉、岩盤浴、カウンター割烹で満たされる冬
January 2026
木の温もりに包まれる箱根強羅の温泉宿「円かの杜」は、世界中の旅館で唯一「水素調理」を取り入れたカウンター割烹を備える、食通垂涎の一軒だ。料理長が全国の生産者と結んできた縁が生む超一流の食材と、ふたつの源泉。箱根の豊かな自然の中で、心まで丸く整う冬の贅沢な滞在記をお届けする。
text yukina tokida
温かなエントランスがゲストを迎える。い草の香りと木材の香りについ深呼吸してしまった。
箱根登山鉄道が急斜面を力強く登っていくにつれて、停車駅で開いたドアから入ってくる風がだんだんと冷たくなっていく。何度かのスイッチバックを経て、強羅駅へ降り立つと、硫黄の香りとともにひんやりと冷たい風が頬を包み込む。ああ、温泉地に着いたんだ。
今日の目的地は、箱根強羅の温泉宿「円かの杜(まどかのもり)」。強羅駅から箱根ロープーウェーで少し登ったところにある人気宿「強羅花扇」の姉妹館だ。円かの杜が開業したのは、2014年12月のこと。円を人とのご縁とかけて、訪れたゲストが丸く満ち足りた気分で宿を後にしてほしいという想いからこの名前が名付けられた。丸い窓や球体の照明、エントランスの水車など、館内のモチーフからはその想いが随所に感じられる。
館内には、いまでは入手困難な立派な欅(けやき)の木が贅沢に使用されている。というのも、飛騨高山出身で、実家が旅館を経営していたことをルーツに持つ同館の女将松坂美智子氏のお父様が大の木材好きだから。古くから「なにかのために」木材を集め続けていたのだという。特にロビー・ラウンジエリアの梁や、カウンター割烹やバーのカウンターにはぜひ注目してほしい。
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左:ラウンジエリア。右:ラウンジの隣に位置している広々とした喫煙スペース。囲炉裏を囲んでゆっくりとシガーだけでなくタバコを嗜める。室内でこんなにも贅沢な喫煙スペースを用意している宿は近年ではなかなかない。愛煙家にも優しい宿なのだ。
客室数は全20室で、すべての部屋に源泉掛け流しの露天風呂を完備している。それだけでもすでに特別だが、さらにこの宿が特別なのは、異なる2種類の源泉を引いていること。ひとつは客室で楽しむことができる、通称“美肌の湯”。源泉の温度がなんと90℃を超えるという、太古の昔に地中に封じ込められた海水が湧き出した温泉だ。もうひとつは大浴場に引かれている、通称“クレンジング”の湯。硫酸イオンと炭酸イオンを豊かに含み、入浴後も長く潤いの感覚が持続する、火山の恵みがつまった名湯だ。
大浴場は、男女ともに内湯ひとつと露天風呂3つ。露天風呂は豊かな木々に囲まれていて、目の前には箱根連峰を望むことができるため、まるで森林浴をしているような気分になる。開放的な気分を味わえる広々とした露天風呂は、旅の醍醐味のひとつとして一度は必ず利用したいと思うのは私だけではないだろう。
また、貸し切りで使用できる45度と50度のふたつの岩盤浴も人気の設備のひとつ。ふたつの部屋は湿度も異なるため、スタッフの方に説明を聞いて予約(有料)してみてほしい。汗をたっぷりかいたあとに入る大浴場は、言わずもがな最高だった。
3つの露天風呂。高低差のあるつくりになっているため、より開放的な気分を味わえる。
最大3名まで利用可能な岩盤浴。写真は45度の部屋。こちらは湿度も高め。
客室の露天風呂もゆったり。湯船だけでなく、壁や天井、床まで全て木材。温かみを感じられる。
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左:全室に京都の老舗寝具メーカー「IWATA」の「人類進化ベッド」を完備。右:部屋食に最適なダイニングテーブルも備わっている客室も。
客室は全13タイプ。4方向に面している部屋から望む景色はいずれも異なり、ダイニングテーブルを擁した、部屋食を楽しめる客室もある。飛騨の職人による家具をはじめ、ふんだんに木が使われているため、部屋にいても深呼吸したくなるような、豊かな木々の香りに癒やされるだろう。また、館内に置かれている本を監修しているブックディレクター・幅允孝氏のセレクトによる書籍が備えられている部屋もあり、新たな本と出合うたのしさも待っている。
カウンター割烹「むげん」。一枚板のカウンターがお見事。
その日の仕入れによって献立は変わる。訪れるたびに異なる料理を堪能できる楽しさにも満ちている。
温泉にゆっくり浸かって汗を流したら、お待ちかねの夕食の時間だ。部屋食のプランや個室プランもあるのだが、この宿の魅力を最大限に堪能するのであれば、カウンター割烹「むげん」での「水円suien」プランを迷わず選びたい。同ダイニングの最大の特徴は、世界の旅館のなかで唯一「水素調理」を取り入れていること。一般的なガスと異なり、水素を燃焼させているため、二酸化炭素が発生しない。そして、高温で調理ができるため、余分な酸化を防ぎ、食材の水分を閉じ込めたまま一気に焼き上げられる。そのおかげか、目の前で供される料理はどれも驚くほどジューシーで、素材本来の濃い旨みが口いっぱいに広がる。ガスの匂いも気にならないし、まさにいいことづくし。
それと同時に、生ごみの減量にも取り組んでおり、微生物の力で生ごみを処理できる生ごみ処理機も導入している。後世のために環境問題に積極的に取り組んでいる温泉宿なのだ。
料理長を務める京都出身の柴尾良太氏は、京都や大阪、東京の日本料理店で経験を重ね、同旅館へとやってきた人物。食材には徹底的にこだわり、SDGsに取り組んでいる全国の生産者へ自ら足を運び、縁を繋ぎ、直接調達している。
例えば滋賀県草津市の精肉店「サカエヤ」で丁寧に手当てされた近江牛や、土づくりからこだわり約80種類もの野菜を生産する岩手県「うるおい春夏秋冬」の旬の野菜、徳島の標高2000メートル越えの山の上にある「ラッキー農園」の生姜、さらには同じく徳島で名を馳せる漁師通称“村さん”から、釣り上げた瞬間からこだわり抜かれた処理(引き上げ方、締め方、血抜き、置く向きまで)・輸送方法を経て届く新鮮な魚介など、柴尾氏が信頼を得てきたからこそ届く“奇跡の食材”ばかり。その最高の食材を、水素ガスを使い、最高の状態で、そして丁寧な説明とともに堪能できる、約8席だけの特別なカウンター割烹なのだ。
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筆者が訪れた日の献立を参考までにご紹介したい。食材の仕入れによって献立も異なるため、諸兄が訪れるときにはまた異なる楽しみがあるはずだ。
たとえば前菜には、兵庫県産の松葉蟹の足の部分と、蟹味噌と合わせたほぐし身(身がしっかりしていて、カニの肉身の味わいが抜群だった)、料理長自ら仕込んだ青森県産いくらなどが登場。お椀は、1日かけてとった昆布だしに、その場で削った鰹節(しかも一般的なものよりも上質な本枯節)を落とした出汁に、先述した村さんの真鯛の酒蒸しを合わせた上品な一杯だった。そして極め付けは台物で提供されたすき焼き。割下で煮込んだ厚さ1センチの近江牛ヒレ肉(サカエヤから仕入れたもの)を、別の鉄鍋で煮たネギや椎茸、春菊とともに、ポーチドエッグを溶いた卵につけて食すと、肉の甘みや旨みもしっかりと感じられ、それぞれの味わいを存分に堪能できた。しかも具材を卵につけて食べ進めることで、卵にも割下の味が移っていき、その残った卵を最後にはご飯に乗せて、同じ肉で作ったしぐれ煮と合わせて、絶品卵かけご飯として締めるという贅沢な楽しみ方だった。
終始、食材や各生産者さんについて丁寧に説明、紹介をしながら、華麗な手捌きを見せてくれる柴尾料理長の姿勢に、フーディや酒好きは、酒も箸もどんどん進んでしまうだろう。ただの食事ではなく、料理長との対話を通じて食材の背景を知る。その過程すべてが、このカウンター割烹の醍醐味である。
食事と一緒にアルコールも楽しむ人には、常駐しているソムリエがしっかりとペアリングも考えて提案してくれるのも心強い。総支配人の出身地である青森の地酒をはじめ、新政や十四代などの入手困難な酒も、総支配人や女将が築き上げてきた縁によって豊富に揃っている。
さて、夕食後には、ぜひバーで一杯いきたいところ。蔵造りのバー「こだま」では、「杜」にちなんだオリジナルカクテルやクラシックカクテルをはじめ、ウイスキーのラインナップも豊富に揃っている。食後の余韻に浸るのに、これ以上の場所はない。第一線で活躍している敏腕プロデューサー立川直樹氏がセレクトした音楽も、その心地よさをより際立ててくれる。
バーでほどよくお酒を楽しんだ後は、大浴場に行くか、部屋の露天風呂にするか悩みたい。身体もしっかりあたたまり、お腹も満たされたら、あとは快適なベッドに身を委ねるのみ。
蔵造りのバー「こだま」のカウンターはなんと厚さ30センチほどの一枚板。
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旅先ではどんなに夜更かしをしてもなぜか早くに目が覚める。旅でのもうひとつの大きな楽しみ、朝食の時間が待っているからだろう。忘れずにお伝えしておきたいのが、先述したプランだと、翌朝の食事も同じカウンターで目の前で料理長が仕上げてくれる熱々の料理を堪能できること。
訪れた日には、炊き立てのご飯に、ついさっきまで目の前で焼かれていた魚に、牛の首の部分のお肉を圧力釜で1時間ほど調理して柔らかく仕立てた小鍋、さらにはつくりたての鰻巻きなど、朝から本格的な割烹スタイルでの提供で、贅沢この上ない時間となった。また、削りたての鰹節とわさびをはじめ、新鮮野菜のサラダや青森県産本マグロのユッケ、そしてもちろんかまぼこや明太子といった定番も抜かりなく、何度もご飯をおかわりしてしまうようなラインナップだった。唯一のアドバイスとしては、起床後にもしっかり温泉に浸かって、お腹にはたっぷりと余裕を持たせておくように、だろうか。
チェックアウトを終え、再び強羅の風に吹かれる頃には、滞在前にあった心の角が少しだけ丸くなっていることに気づくだろう。ここは単なる宿ではない。美味しい食事とよい湯、そして温かな「縁」によって、私たちを円く満たしてくれる場所なのだ。
円かの杜(まどかのもり)
神奈川県足柄下郡箱根町強羅1320-862
TEL.0460-82-4100
https://gorahanaougi.com/madokanomori/



























