IWA SAKE OF JAPAN
ドン ペリニヨンの醸造最高責任者が創立した日本酒「IWA 5」の故郷を訪ねて
October 2023
text kentaro matsuo
波濤のように連なる立山を起点に、緩やかに傾く大地には、美しい畝(うね)を描く水田が広がっている。視線を下に移すと、富山の街と富山湾を望むことが出来る。さらに湾の向こう側には、遠く能登半島が霞んで見える。森や田畑の間には、ところどころに古そうな農家や土蔵が散見される。ここ富山県立山町白岩は、日本の原風景をそのまま絵にしたような場所である。
その中に、一際大きく低く構えた建物が建てられている。そのシルエットは藁葺屋根を持つ合掌造りを思わせる。シャープな金属製の屋根と焼杉の壁はブラックで統一されている。モダンだが、どこか懐かしい雰囲気もある。
ここが日本酒ブランド「IWA」をつくる株式会社白岩の酒蔵である。軒下には酒蔵の象徴、杉玉も飾られている。設計は世界的建築家・隈研吾氏。隈氏は建物のみならず、土地の選定にも関与したそうだ。
エントランスでは、IWAの生みの親、リシャール・ジョフロワ氏自らが出迎えてくれた。彼はかつてフランス随一のシャンパーニュ、ドン ペリニヨンの醸造最高責任者を28年にわたり務めた男だ。IWAのプロジェクトを立ち上げるため、故郷であるシャンパーニュ地方から、はるばる白岩へとやってきた。
ウエルカム・イベントは、越中いさみ太鼓の演奏だった。富山県中部の伝統芸能で900年の歴史を持つという。勇壮なばちさばきから打ち出される太鼓の音は、日本人の血潮を沸き立たせるようだ。見ればフランス人であるジョフロワ氏もリズムを取っている。
中に入ると、杉材で作られたルーバーに囲まれた巨大なスペース「土間」が広がっている。床面は建物外部とシームレスに続き、天井まで届く掃き出し窓が外光を取り入れている。掘りごたつのように床から一段下がった窪みに、カウンターとキッチンが配されている。まるで皆で囲炉裏を囲むようなレイアウトである。建物内側の壁にはこの地で収穫されたコメの籾殻を練り込んだ和紙が張られている。
「こんな素晴らしい場所で酒造りをできるのは幸せなことです。私はワインを作っていたときから、ずっと日本のSAKEに興味がありました。なぜか、ですって? SAKEは素晴らしい飲み物だからです(笑)。IWA創立にあたりパートナーを探しているときに、長年の友人である隈研吾氏から、桝田隆一郎氏(富山を代表する銘醸「満寿泉」をつくる 桝田酒造店社長)を紹介され、今回のプロジェクトがスタートしました。時間はかかりましたが、思った通りの酒蔵ができました」そうジョフロワ氏は胸を張った。
1階には、30数個のステンレス・タンクが並べられている。このタンクに酒母、蒸米、麹米と水が加えられ、醸造が行われる。モダンなシェイプを持つタンクはイタリア製だという。他の酒蔵と違うのは、大きな窓からの外光が貯蔵室にも届いていることだ(直射日光ではない)。明るくクリーンなスペースで、ジメジメした感じが微塵もしない。
2階には、洗米、蒸米など、酒を仕込むための設備が整えられている。麹作り、酒母作りもここで行われる。米は3種類、酵母は清酒酵母とワイン酵母が使い分けられ、酛は速醸と生酛の2種類の方法が取られている。
「日本酒には、米が穫れる土地など、さまざまなテロワールがありますが、“蔵のテロワール”というものが、とても大切なのです。私はたくさんの日本酒の蔵元を見学しましたが、それぞれの蔵には、それぞれのテロワールがあり、皆少しずつ違うのです」とジョフロワ氏。
さて少々ややこしいが、株式会社白岩の日本酒ブランドが「IWA」であり、IWAが生み出した日本酒が「IWA 5」である。そしてIWA 5の最大の特徴はアッサンブラージュされていることである。アッサンブラージュとは、フランス語で「組み合わせ」の意味であり、複数の原酒をブレンドすることだ。
例えば、ボルドーなどではカベルネ・ソーヴィニョンやメルローなど、多種多様なブドウ品種から作られた原酒を合わせて、ひとつのワインが成り立っている。単一の米から作られる日本酒では従来はなかった工程だが、近年では数は少ないものの取り入れている蔵元も出てきている。IWA 5は、ジョフロワ氏の卓越した技術によりアッサンブラージュの魅力を全面に打ち出した日本酒なのだ。
1本のIWA 5を作るために、20種類以上の原酒が用意される。中には前年、前々年のリザーブ酒も含まれている。これをジョフロワ氏がひとりで、その味覚・嗅覚だけを頼りにアッサンブラージュを構築するのだ。作業中は集中のあまり、話しかけられても答えず、昼食も取らないという。
IWA 5には、2020年に発売されたアッサンブラージュ1から、2023年にリリースされたばかりの4までが揃えられている。アッサンブラージュは、均一の品質を得るために行われることも多いが、ここでは年ごとの違いを積極的に楽しもうという主旨である。
取材当日に供されたのは、アッサンブラージュ1(2020年発売)、3(2022年発売)、4(2023年発売)の3種類。4はヴァニラのような甘味があり優しい味、3はシャープでアタック感がある。1はその中間だが、燗にすると一際華やぐ。ジョフロワ氏はフランス人らしく、いろいろな詩的表現で日本酒の個性を表現する。このあたりは日本人も見習わなければならない。
翻って、ジョフロワ氏が強調していたのは、「日本酒はこれ以上、ワインを追随するべきではない」という意見。
「確かにワインの文化を取り入れることで、クラス分けなど、日本酒の世界は進んだかもしれません。しかし、あまりにも後を追いすぎると、SAKEにとっていちばん大切な、“プリミティブな部分”が失われてしまう。日本酒の魅力は大昔の姿を今に伝えているところでもあるのです」
シャンパーニュの頂点を極めた慧眼は、日本酒の本質を見抜いている。
醸造に対して話すときは、厳しい表情を見せるジョフロワ氏だが、提供された3種類のアッサンブラージュのなかで、最新作である4の評判が最もよいときいて相好を崩した。
「SAKE」が英語の辞書に載るようになって久しいが、人気があるのはパリやニューヨークの一部だけで、まだまだ万人に知られているとは言い難い。しかしここ白岩には、海外から多くのゲストが訪れているという(現在、酒蔵のオープンな見学は行われていない)。IWAとジョフロワ氏は、日本酒のアンバサダーとして重要な存在である。ここはSAKEと日本の魅力を、世界に発信する大切な拠点になっているのである。