SARTORIAL STORIES: HARBOR CROSSING WITH GARY TOK

ゲイリー・トックと巡る香港の旅

September 2023

オーストラリア出身の金融マンが舞台とするのは香港である。高級フィットネスクラブに通う傍ら、庶民的なヌードルショップを贔屓としている。香港を縦横無尽に使いこなす男の一日を追ってみた。

 

 

text & photography george

edit ayuan

 

 

Gary Tok/ゲイリー・トック

オーストラリア経営大学院でMBAを、シドニー大学で経済学の学士号を取得。アジア太平洋地域における営業、事業開発、マーケティング、アカウントマネジメントの分野で20年以上の経験を持つ。2020年1月、トライコーグループにCCOとして入社。人材コンサルティング、保険仲介、法律、デジタルヘルス、ソフトウェアなどの分野で高い業績を上げている。写真はASAYAのスカイガーデンにて。

 

 

 

 ゲイリー・トックは典型的な香港の“駐在員”である。オーストラリア出身で、香港の金融業界で働いており、働きたいときに働き、遊びたいときに遊ぶことができる。またゲイリーはジャンニ・アニェッリのような富はないにせよ、大変な洒落者でもある。15年前、同じビスポークの愛好家として、香港のテーラーで出会った私たちは、本場のオーダーメイドを求めてイタリアに旅立った。その道中は彼のブログに記録され、数え切れないほどの人々にインスピレーションを与えた。今回は香港でゲイリーに会い、現地での生活を教えてもらった。(以下R=THE RAKE、G=ゲイリー)

 

 

ASAYA—ローズウッド香港

 

 数年前からフィットネスがトレンドとなり、ランニング、サイクリング、ヨガ、ボディビルディングなど、体を動かすことはファッショニスタの定番となった。ゲイリーにとっては、フィットネスは長い間、ライフスタイルのひとつだった。今朝は、ホテル・ローズウッド香港の6階に位置する話題のウェルネス型スパ、ASAYAで過ごす彼を訪ねた。

 

G:「オープン以来、ここでワークアウトをしています。私は最初に入会したメンバーのひとりで、当時はとても魅力的な価格でした。プライベートクラブなので、あまり混雑しておらず、みんな顔見知りで、トレーナーもプロフェッショナルです」

 

R:「SNSでワークアウトの写真をシェアしているのを見ましたが、とてもハマっているようですね」

 

G:「少なくとも週に3回は来ていて、時にはヨガとHIIT(High-Intensity Interval Training:高強度インターバルトレーニング)のふたつのクラスを1日でこなしています。HIITをやっていて、3時間はここにいることもあります」

 

R:「ずいぶんと痩せましたね、オーダーメイドのスーツはどうするんですか?」

 

G:「本当に頭の痛い問題です。ご存じのように、私の主なテーラーはイタリアにあります。お直しのために送り返すのは現実ではないし、時間もかかるので、香港で信頼できるお直し店を見つけ、一着ずつ持ち込んで小さくしてもらいました」

 

 ゲイリーは香港の壮麗なホテル内にある総合ウェルネスセンター、ASAYAのジムとヨガルームでトレーニングに励んでいる。オールデイ・ダイニング・レストラン“ASAYAキッチン”の他、さまざまなトリートメントが受けられるスパがあり、リビングルームとベッドルームを備えた広いスイートルームもいくつかあるので、友人や家族を連れて滞在を楽しむこともできる。クラブハウス全体は、水をたたえたシックな庭園に囲まれ、いくつかの小さな建物で構成されている。

 

G:「私はここがとても気に入っています。新しいジム機器やプロのトレーナーもさることながら、一番魅力的なのはその環境です。香港のような繁華街で、このようなスカイガーデンがあるのはとても珍しいことです」

 

 

 

 

錫記雲吞麵食(Shek Kee Wanton Noodles)

 

ゲイリーが必ず注文するワンタン麺。

 

 

 

 ジムの後、午前11時近くになって、ゲイリーが昼食ラッシュの前に食事に行こうと言いだした。彼は尖沙咀東(チムサーチョイ・イースト)からMTR尖沙咀駅を経由して広東道までずっと歩いた。わかりにくい路地を通り、ゲイリーが香港で一番好きだという麺の店に連れて行ってくれた。

 

R:「ワンタン麺のお店ですね」

 

G:「ここは派手な店ではありません。オーナーがひっそりと経営していて、地元の人たちの食堂のような店です。でも、料理はとても美味しく本格的で、個人的には好きなレストランです」

 

 私たちは11時半前に到着したが、一卓しか空いていなかった。私たちは、店の一番奥にある小さな丸テーブルに座った。テーブルの左右の壁には、取材された新聞の切り抜きや、食事に来た有名人の写真などが貼られている。1990年代の香港スターがほとんどで、この店の歴史の長さを物語っている。店員がやってきて、注文を聞いてきた。

 

「ここには、麺、ワンタン、魚、牛肉の4品しかありません」

 

 店員はシンプルかつ明瞭に話し、てきぱきと客を捌いている。一見、淡々としたサービスだが、客と店の双方に最大限の時間的余裕を与えている。香港のような忙しい場所では、常に効率を追求することがリスペクトされる。注文から10分もしないうちに、ワンタン麺に茹でた青梗菜が添えられた一杯が提供された。とても本格的で、ランチにはちょうどいい量だった。

 

 ゲイリーはスーツにネクタイという姿にもかかわらず、豪快に食べる。今日着ているジャケットは、ナポリのテーラー“サルトリア  ピロッツィ”で仕立てたものだ。10年以上前、アジア人で初めてピロッツィの服をオーダーメイドしたのは、ゲイリーと私だった。

 

R:「洋服のテイストは、昔から一貫していますね」

 

G:「私の服装の変化は、主に環境によるものです。住んでいる街も、働いている業界も、周りにいる友人も、ここ10年は変わっていないので、当然、服装も変わっていないのです。テーラーの選択が正しかったということですね。そうでなければ、こんなに長く着続けることはできなかったでしょう。よいテーラーを見つけると、品質や耐久性が保証されるだけでなく、トレンドの変化に左右されないクラシックなスタイルも手に入ります」

 

 食事が終わり、ランチタイムのラッシュまで時間がある中、オーナーが自ら会計にやってきて、この店の話をし始めた。壁の写真で何度も見ていたせいか、話していると何とも言えない親近感が湧いてきた。それが老舗の魅力なのだろう。この店の味は、器から舌に伝わる味と、壁から心に残る味のふたつがある。10年後に店主の子供たちが店を続けている姿を見てみたいと思う。

 

 

 

 

陸羽茶室(Luk Yu Tea House)

 

ウェリントン・ストリートのランドマークとなった陸羽茶室。

 

 

 

 香港には老舗のレストランがたくさんある。“金持ちのレストラン”として知られる福臨門(Fook Lam Moon)、何世紀にもわたって愛されてきた金牌焼鴨が有名な鏞記酒家(Yung Kee Restaurant)、100年近い歴史を持つ九記牛腩(Kau Kee)など、それぞれが香港の伝説となっている。多くの老舗レストランは、長い歴史を持ちながらも時代とともに進化し、食のあり方も時とともに変わってきた。

 

 香港でオリジナリティのある老舗レストランをお探しなら、陸羽茶室はいかがだろうか。観光客向けのレストランではなく、なじみ客へのサービスに徹している飲茶レストランだ。例えば、1階ロビーにある一番いい席は常連さん用だ。一見客が座れるのは、ランチタイムが終わってからなのだ。

 

R:「私はここでいつも猪润烧麦(豚肉の点心、シュウマイの一種)を注文します。香港の他のレストランでは、もう見かけない料理ですからね」

 

G:「実にローカルな料理が好きなんですね。 私は基本的に、シュウマイ、海老餃子、糯米鸡(ローマイガイ)、焼豚饅頭など、香港の点心メニューの中で最も定番のものを注文していますよ」

 

R:「実は、陸羽茶室では、お茶を飲むことが目的なんです。お茶を淹れて、お菓子をひとつふたつ注文して、ゆったりとした時間を過ごすのです」

 

G:「そう、点心は実は二の次で、飲茶はお茶を飲むためのものです。今は点心をランチとしてとる人が多いから、食べ物がメインになってしまう。陸羽の料理は決して最高のものではありませんが、店の存在理由は味だけではありません。ここはセントラルのウェリントン・ストリートのランドマークとして、香港の歴史の一端を担っているのです。ここで食事をとることは、この街の歴史を再確認することです。あと100年経っても、陸羽茶室はここにあると断言できますね」

 

 

陸羽茶室のお茶のメニューは、食べる人が自分で記入する方式だ。

 

 

 

 

ブライスランズ(Bryceland’s & Co.)

 

ブライスランズ内の小さなバーで、オーナーのケンジと友人のアーノルドと談笑するゲイリー。

 

 

 

 香港には、THE RAKEの読者にはおなじみのクラシックなメンズウェアショップ、ブライスランズの香港店がある。オーストラリア出身のイーサン・ニュートンは、エヴィス・ジーンズで働いた後、アーモリーの設立に関わり、その後ラルフ ローレンにスカウトされて香港における紳士服事業の責任者となったこともある。紳士服業界ではベテランだ。

 

 オーナーのケンジ・チュンはクラシックなメンズウェアとヴィンテージの愛好家で、ショップを立ち上げるのが夢だったそうだ。ふたりは東京のファッションのメッカ、原宿に最初のショップをオープンし、主にサルトリア ダルクオーレやアンブロージ、オラツィオ・ルチアーノといったイタリアン・ブランドを扱っていた。

 

 その後、香港にショップをオープンし、自社ブランドの商品を発売した。ジーンズやシャツ、レザージャケットまで、自社製品を中心に販売するブティックへと変貌を遂げたのだ。今回、ゲイリーと私がショップを訪ねると、ロンドンから帰国したばかりのケンジ(以下K)に遭遇した。

 

K:「ロンドンは快適だったけど、香港に戻れて本当にうれしいよ。香港には敵わないですね」

 

G:「おかえりなさい、私たちも長いこと会っていませんね!」

 

 

ブライスランズでサルトリア コルコスのオーダーメイドスーツを着たゲイリー。

 

 

 

 ゲイリーと私はイーサンとケンジの長年の友人で、特にゲイリーとイーサンは、ともにオーストラリア出身で共通点が多い。私たちはかつて年に1、2回は会っていたが、コロナのせいで最後に会ったのは2年前だった。

 

G:「イーサンがまだ香港にいた頃、昼休みによく彼のところに行って、写真を撮ったり、紅楼で葉巻を吸ったりしていました。当時、SNSに投稿した写真の多くはイーサンを写したものでした」

 

R:「ほんの数年前のことなのに、振り返ると100年前のように感じますね」

 

G:「香港にいるときは、いつもお店にいたんですか?」

 

K:「そうですね、ヴィンテージ・コレクション、ハイファイ・オーディオ、シガー、バー、友人との会話など、私の好きなものがすべて揃っていて、私のプライベートな楽園ですね」

 

R:「香港と東京のショップでは、雰囲気がずいぶん違いますね。東京はアメリカ的でヴィンテージ感が強いのですが、香港は中国的な要素が強く、中国の骨董品や雑貨が飾られています」

 

K:「私たちは1階が陸羽茶室だったので、この場所を選んだのです。香港の雰囲気と、よりアメリカ的な服装を合わせ、異なる文化のミックスをつくりたかったのです」

 

 香港では、ブライスランズのように2階に位置するショップが多い。高い家賃、貴重な床面積、香港の建築的特徴から、多くの独立系ショップが2階に移転しているのだ。

 

 ブライスランズはメンズウェアの店であると同時に、小さなクラブ、シガールーム、そして服飾文化を愛する人々が集う場所でもある。ケンジとゲイリーと私はここで長い間おしゃべりをし、独立系時計ブティック“ラヴィッシュ アティック”の創業者と彼女の店で会う約束をしていたことを忘れそうになっていた。ケンジと次回の約束をし、セントラルビルに急いだ。

 

 

ショップ・アシスタントのヤニックは、販売担当であると同時に、才能ある若いテーラーでもある。

 

 

 

<続きはIssue52にてお読みいただけます>