CONVERSATIONAL STYLE: ETHAN NEWTON OF BRYCELAND'S
イーサン・ニュートン、そのスタイルを語る
April 2019
ファッション界のなかでもひときわユニークな存在であるイーサン・ニュートンが、
THE RAKEに、東京におけるビジネスと自らのショップ、ブライスランズについて語った。
日本の環境と文化を、いかに自らのスタイルに取り入れたかを説明してくれた。
text ryan thompson photography jamie ferguson
———あなたのメンズウェア業界におけるキャリアを教えてください。
「私がキャリアのなかで目指して来たことは、いつも同じでした。それはメンズウェア業界にいることであり、その黄金時代である1920〜60年代のテーラード・クローズとワークウェアについて追求することです。私は20歳になるまでファッション・デザイン、特にテーラードにおけるパターン・メイキングを学びました。そして卒業すると同時に、日本を目指したのです。
日本においては“デニムの師”とでもいえる人物に出会い、数年にわたって学びました。そこでは情熱的で多くの知識を持った人々に出会いました」
「一度オーストラリアに戻り、いろいろな仕事を経験しました。デザイン、ビスポーク・メイキング、リテール・ストアの経営、テーラーリング・クローズの販売スタッフのトレーニングなどです。30歳になったとき、香港へ赴きました。そこではふたりの素晴らしい友人たちと、ジ・アーモリーという新しいコンセプトのショップを開きました。それは私自身の“小売店はこうあるべき”という哲学を形にした店でした。私たちは真にインターナショナルな店を作り上げ、東南アジアにおけるメンズ・ファッションを活性化することを目指しました。
その後、大きな会社のためにしばらく働きましたが、私にはサラリーマンは向いていませんでした。そして東京へ再び戻り、ブランド・コンサルティングやフリーのフォトグラファーをやっていました。香港時代からの友人、ケンジ・チュンとは、ずっと連絡を取り合っており、私たち自身が本当に行きたい店とはどういったものか、それを作るにはどうしたらいいかを話し合っていました。そして3年前に、ブライスランズの第1号店を東京に出店したのです。
それは難しいチャレンジでしたが、結果的には大きな成功を収めました。我々のビジネスは順調で、将来的も安泰のように思えます」