Ace In The Hole

ブリオーニの大胆不敵な賭け

March 2016

イタリア随一を誇る高級メゾン、ローマのブリオーニが、
タトゥーとライダー髭がトレードマークの無頼漢、ジャスティン・オシェイ氏を
クリエイティブ・ディレクターに雇ったことに、世界中が驚いた。
しかし実は、この大胆不敵なキャスティングは、ブリオーニのDNAによく適っているのだ。

Justin-O’Shea

 タトゥーを彫った、ライダー髭のオーストラリア人。前職はトラック運転手。育ちは“マッド・マックス”風の辺鄙な鉱山町。デザインのバックグラウンドなし。トレーニングを受けたこともない。ファッション業界での経験と言えば、婦人服のバイヤーをしたことがあるだけ。そんな男をクリエイティブ・ディレクターに雇うとは、ブリオーニも、大胆なことをしたものだ。

 とは言うものの、実はブリオーニの行動は、今までいつも大胆だったのだ。

マスター・テーラー、ナザレノ・フォンティコリと、野心的な営業マン、ガエタノ・サヴィーニが、1945年、ローマに創業したブリオーニは、その当初から、二人がビジネスを始めたローマ、バルベリーニ通りの、由緒あるアトリエの外に掲げられたソリッド・ブラスの看板と同じくらい、硬派で大胆だった。

ブリオーニというネーミングは、ヨーロッパの王族やビジネス界の大物たちがバカンスを過ごす、アドリア海の島から拝借したもの。ブリオーニが打ち出したルックは、奔放な美学に彩られ、戦時の質実剛健に対する“解毒剤”といわれた。

ゴージャスで手触りのいい生地を使い、イエロー、レッド、ブルー、グリーンなどの大胆な色使いを得意とした。シルエットはウエストが絞られ、シャープで、いきいきとしていた。それから“ドルチェ・ヴィータ(甘い生活)”の時代が到来し、ブリオーニはヨーロッパの成功者たちの、お気に入りのブティックになった。

1952年、ブリオーニは、斬新なプレゼンテーションをフィレンツェで行った。目玉はシャンタン・シルクで仕立てられたフォーマルウェア。その瑞々しく贅沢な華やかさに、戦後の富と楽観主義に、顔をほてらせたアメリカ人たちが夢中になった。そしてこれは、紳士服初のランウェイ・ショーでもあったのだ。

あっと言う間に注文が殺到し、バルベリーニ通りのアトリエでは扱い切れない量になった。そこでブリオーニは、高級サルトリアという職人仕事の革命に着手する。世界で初めて工業的規模の、ハンドメイドによるテーラーリング施設をペンネの町に作ったのだ。

“シリアル・プロダクション”というコンセプトが、ブリオーニによって開拓された。そこでは、一連のテーラーたちが、一着のスーツの各部分を個々に作業することで、アルチザン的な品質を一切落とすことなく、製品をより速やかに完成させることができるようになった。

こうして、その名声の基礎になった素晴らしい品質を維持しながら、生産量は伸び、会社は大きく発展した。テーラーの安定供給を確保するために、(一着のブリオーニ・ジャケットの製作には、最低20時間のハンドワークが必要であり、タキシードはその2倍かかる)ブリオーニは、新世代の人材を育成する学校まで設立した。
これらはすべて、当時の常識では考えられないことだったのだ。

しかしながら最近のブリオーニは、新世代の顧客を獲得するのに悪戦苦闘してきた。より若い顧客を得ようと“ファッション・メディア向け”のデザインを打ち出し、そうすることで、ブリオーニのコアな顧客層———ちょっと格好いいルックは好きだが、決してタガのはずれたファッショニスタではない男たち———を遠ざけてしまった。

こうした中で、ジャスティン・オシェイ氏をクリエイティブ・ディレクターとしてキャスティングしたことは、ブリオーニにとって、天才的な名案かも知れない。オシェイ氏は、熱狂的なテーラリング・マニアであり、自身のスタイルを“ウォールストリート・ファッション・ギャングスター”と語っている。それと同時に、インスタグラムのフォロワー数が、たちまち6桁に上ったストリート系のスターでもある。

ブリオーニのオーナーであるケリング・グループは、新しいクリエイティブ・ディレクターが、ブランドの伝統的な顧客である、政治家、大物実業家、本物のウォールストリート・ギャングなどを満足させるクラシック性と、より若い消費者を魅了するクールさを、持ち合わせていることを見抜いたのだ。彼なら、ブリオーニ持ち前の贅沢なパワー・ガーメントを、ヒップでモダンな方法で仕立てることができる。

オシェイ氏はデザインの経験がない。しかし、それがどうしたというのだろう? ブリオーニが提供するクラシックなメンズウェアは、デザインし直す必要はない。必要なのは、ただ「解釈し直すこと」だ。力強く、ユニークな視点でディテールを微調整するだけでいい。そしてオシェイ氏は、そんな仕事にまさにうってつけなのだ。

これからジャスティン・オシェイ氏が、ブリオーニのアイデンティティーとヘリテージをどう方向づけるか、大いに期待しながら見守ろう。少なくとも今までにない、大胆不敵なものになることだけは請け合いだ。