よき友と、Jazz & Blues

Monday, March 28th, 2022

text shige oshiro

photography tatsuya ozawa

 

 

 

歌手活動を一旦休止し、その後20年にわたり看護師生活を送った後82歳でカムバックしたアルバータ・ハンターが84歳のときにリリースした名盤『Amtrak Blues』。ホワイトハウスに招かれた際に時の大統領ジミー・カーターに「アメリカの国宝だ」と言わしめたその歌声は、すべての人の心を包み込む、まさに“魂のブルース”だ。

 

 

 

 20代からの友人K氏の新築祝いに招かれたある日のこと。彼の長年の趣味を熟知している私は、彼がこだわり抜いた家が完成するのを密かに楽しみにしていた。私の想像通りの、まさに主人の趣味をそのまま詰め込んだ空間に、思わず私はニンマリしてしまったのである。本当に彼は、私の期待を裏切らない男だ。

 

 彼は、大のジャズの愛好家である。所有するレコードの枚数だけでも3000枚はゆうに超えているらしく、ジャズレコードだけであれば神保町のディスクユニオンより枚数があるのではとさえ思ってしまう。彼のジャズ好きは、筋金入りである。若い頃の私は待ち合わせ時間に遅刻しがちだったため、私が遅くなるとふんだ彼は、決まって神保町かお茶の水界隈のレコードショップで、獲物を探す鷹の如く鋭い目つきと手捌きで、あまたあるレコードのなかにあるであろうお目当ての“何か”をいつも探していた。「ごめん、待たせたね」「いや、全然大丈夫です」—当時のいつもの会話である。1時間ぐらい待たせてしまったはずなのに、まったくもって気長な男である。

 

 話を戻そう。そう、彼の家に招かれたときの話。1970年代前半のものと思われるALTECやJBLの大型スピーカー、ドイツのアコースティックソリッド社のレコードプレイヤーetc. ……ジャズ喫茶さながらの音響設備には、脱帽させられた。ご挨拶がてら、適度に冷えたペリエ・ジュエを飲みながら、自慢のコレクションの中からデクスター・ゴードンの『Gettin’ Around』、グラント・グリーンの『Street of Dreams』、アーニー・ヘンリーの『Seven Standards and a Blues 』の心地よい音に耳を傾け、我ながらよくも飽きないなと思う程いつもと変わらない昔話にまたまた花を咲かせた。

 

 タイミングを見計らうかのように、私がジャズの中でもボーカルが好きなことを察し、几帳面に整理されたレコード専用の棚からある1枚を取り出してきてくれた。そのジャケットを見て久しぶりに心が騒いだ。なんとチャーミングで若々しく、それでいて意志の強さや信念さえも感じる。その輝いた目が、苦悩ではなく、人生を楽しんで生きていることを、この1枚の写真がすべてを物語っていた。聴く前からわかった。「絶対いいよ、ジャケットを見るだけでハッピーな気持ちになれる。凄いオーラを感じるね」。「そうなんですよね、この人、82歳から歌手としてカムバックした、ちょっと異色の人なんですよ」。その人の名は、アルバータ・ハンター。彼のとっておきのスピーカーから流れる、84歳になったアルバータの歌声は、豊かで深みがあり力強く、それでいて躍動的で本能的だった。自然に体が動きだしそうになる。そしてなんといっても若々しく、凛然としていて声が輝いているのだ。私は、一瞬で魅了されてしまった。

 

 飲むといつも決まって、「もしタイムトラベルができたら、誰のライブを観たいか?」という子供じみた話を繰り返ししているのだが、私のリストにまたひとり、アルバータ・ハンターというブルースの女王が加わった。「人は年とって死ぬのではなく、生きて、そして死ぬのだ」というのが、アルバータの生前の口癖だったらしい。何とも哲学的で、そしてブルージーな口癖である。友よ、これからも生きて、死ぬまでジャズ談義をしようではないか。美味い酒を飲みながら! —“友人とは、一緒にいて楽しい人。親友とは、いなくなると悲しい人”— ちょっとだけブルースっぽく聴こえるかな? 友よ。

 

 

 

 

 

Letter from the President とは?

ザ・レイク・ジャパン代表取締役の大城が出合ってきたもののなかで、特に彼自身の心を大きく動かしたコト・モノを紹介する連載。