THE ULTIMATE CUSTOM SHIRT

山神正則氏に聞いた最高級オーダーシャツの世界

April 2024

ビスポークスーツに身を包んでいても、シャツは既製品で済ませるという人が多い。だが、上質な素材を使って、きちんと仕立てられたシャツの着心地は格別である。奥深いオーダーシャツの世界を、徹底的なこだわりで知られる第一人者に聞いてみた。
text kentaro matsuo
photography tatsuya ozawa

Masanori Yamagami/山神 正則1976年、香川県琴平町生まれ。YMシャツ代表。学生時代からドレススタイルを纏いはじめ、2010年にシャツのビスポークテーラーとして活動開始。2013年には、フィレンツェ職人組合から賞を受賞。その後、多くのメンズファッション誌でも取り上げられ、日本を代表するシャツテーラーに上りつめた。

 シャツのオーダーは難しいと言われる。直接肌に触れるもので、より体形に沿った仕上がりが求められるからだ。パッドや芯地で体形をカバーできるスーツに比べ、シャツには副資材がなく、布地だけで勝負しなければならない。

 そこで今回は、会員制オーダーシャツ店(入会金だけで10万円!)YMシャツの山神正則氏に、オーダーシャツのAtoZを聞いてみた。既成やパターンオーダーを超えた、最高級フルオーダーの世界を覗いてみよう。

―そもそもオーダーのシャツは何がいいのですか?
「安心できるサイズ感です。俗に襟まわりには指1本入るくらいがいいと言われますが、指3本が好きな人もいる。またネックと胸まわりが極端に違う人もいる。腹まわりだけが大きい人もいる。それらすべてに対応できるのがフルオーダーのシャツなのです」

「オーダー品は、コスパもいいと思います。既製品は同じブランドでも年ごとに型紙が違ってきます。その点、オーダーシャツなら、気に入った職人に丸投げできますし、場合によっては、お直しをすることも可能です。袖口と襟だけを取り替えれば、10年でも着続けることができます。私のところでは、残布は保管してありますし、変色した身頃に合わせて、新しい生地の色を変えることにも対応しています」

―シャツのオーダーは難しいと言われます。結局既製品に戻ってしまう人も多いような……
「パターンオーダーの場合、見立てる人のキャリアの差が大きいように思います。個々の数値を入力し、あとは太っているか、痩せているかくらいを見て工場に発注してしまう。しかし人間の体は、そう単純ではありません。フルオーダーはそれぞれの人に合った型紙を作るところから始めるので、失敗は少ないと思います。YMシャツでは、ご希望により仮縫いもいたします。また生地もしっかり洗って、寝かせてあるので縮みの心配もありません」

―どんなお客様が多いのですか?
「経営者、不動産関係、医師、弁護士などをされている方が多いです。スーツもオーダーものを着ていらっしゃる方が大半です。YMシャツの会員300名のうち、50名くらいの方は、すでに40枚以上をオーダーされています」

―シャツをオーダーするときの、大体の流れを教えてください。
「私の場合、初めてのお客様なら、まずはヒアリングをします。座り仕事なのか、立ち仕事なのか、デスクワークで腕を伸ばすか、どういった場所へ着ていくのか、トレンドは気にするか、などなど。これは顧客の方の好みやTPOを把握することに加え、採寸時にリラックスして自然な姿勢をとっていただきたいからです」

「まず生地を選び、それから採寸をします。いきなり採寸だと、話題が乏しくなりますから。ディテールについては最後にお聞きします。襟の開きとジャケットのゴージラインの角度を合わせたいので、よくお召しになるジャケット(スーツ)のブランドはお聞きしますね。あとは袖口の形。その他は、『絶対に欲しいディテールはありますか?』とお尋ねし、『あとは見立てておきます』と申し添えます」

襟型には山の名前が付けられている。左から、カッタウェイ(五剣)、セミワイド(富士)、一番人気の中間型(金毘羅)、ワイド(白神)、ボタンダウン(讃岐富士)。海外ブランドのシャツに名前が付けられているのを見て、命名を思いついたという。

―採寸のときは、どんな格好をすればいいですか?
「よく実際にそのシャツを着るときと同じ格好をするのがいいと言われます。それはその通りなのですが、私の場合は実は、Tシャツ姿が一番ありがたい。骨格が摑みやすいからです。まぁ、あまり深く考えず、いつもの格好でいいと思います」

―初めてオーダーするときは、どこまで希望を言えばいいのでしょう?
「一番困っていることをお伝え下さい。パソコン作業が長くて肩が凝るとか、腹まわりのボタンが開いてしまうとか。そのシャツを何のために着るのか、目的をお話されるのもいいでしょう」

―最初の1枚はどんなものをオーダーすればいいですか?
「クローゼットの中で、一番傷んでいるシャツと同じものがいいと思います。それだけよく着ているということですから。白無地からが入りやすいと思われていますが、実は白を着ない人も多いのです」

―代表的な襟のデザインは、どんなものがありますか?
「YMシャツでサンプルを用意しているのは5種類で、それぞれ山の名前が付けられています。ワイド(白神)、セミワイド(富士)、その中間(金毘羅)、カッタウェイ(五剣)、ボタンダウン(讃岐富士)。これらは自分で登って感動した山の名前です(笑)。もちろんリクエストがあれば、タブやピンホールカラーなどもお作りします。襟型については、最初は自分に似合うものがよくわからないかもしれません。しかし私のところでは、あとから襟を付け替えることもできるので、とりあえず一回作ってみることをおすすめしています」

YMシャツのハウススタイルと特徴

1.袖付けの縫い代が上にいくにしたがって広く取られている。強度に加え、肩へのアタリを柔らかくする効果がある。2.袖部分は自然と内側へ巻き込むように設計されている。ここがペンギンの翼のようにハネているのはNGなシャツだ。3.肩幅が狭く、袖部分が大きく内側に入っている。肩関節から腕を動かしたとき、肩の布がつられて動かないように工夫されている。4.ヨーク部分は広く、台形状の製図が特徴。広背筋の可動域が多く取れるため不必要なギャザーは入っていない。またダーツも省かれているが身頃は細い。5.特注した心ボタン(ハート形のボタン)」が付けられている。ダブルカフスの場合は、第2ボタンに取り付けられる。6.脇下の地縫いはわざと甘く、浮かすように縫われている。左右に引っ張ると驚くほど伸び縮みする。

THE RAKE JAPAN EDITION issue 56

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