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ビームスの財産が人にあるといわれる真の理由

May 2025

ビームスほど多様な人材が集まっているセレクトショップはそうはない。それぞれの個性がキラキラと輝きを放ち、その個性を生かした仕事が店を育む。ビームスの魅力の原点は、人にこそあるのだ。
text yuko fujita
photoraphy jun udagawa

齊藤浩樹氏
ビームス ハウス 丸の内 サービスマスター
1973年、福岡県生まれ。大学卒業後銀行に就職するも、半年でビームスに転職。96年にアルバイトとしてスタートし、2004年に社員となり、2006年、トップ販売員に与えられる「サービスマスター」に最年少で選出される。昨年、現役販売員では初の執行役員に就任。

「努力は夢中に勝てない」という設楽 洋社長の名言があるが、齊藤氏の仕事は、まさに“夢中”を体現したものだ。東京の大学を卒業後、目標にしていた地元福岡の銀行に就職するも、半年後、ビームスにアルバイトとして“天職”した。1996年のことである。そこから販売ひと筋、夢中となってキャリアを積み、2004年に社員となり、その後トップ販売員の座に君臨し続け、昨年、現役の販売員として、ビームス史上初の執行役員に就任した。

 齊藤氏は、決して売ることを目的として接客しない。喜んで買っていただくための接客に徹するのだという。“売る”と“買っていただく”のふたつは近しいようで、実は明確に異なると氏は話す。

「お客様がご購入されて喜んで帰られると、私もとても嬉しいんです。そこは販売員冥利に尽きます。ビームスで扱っているのは一流の商品ばかりですが、販売員が介在することでさらに付加価値をもたらせられます。齊藤から買ったら気持ちいいなとか、安心するなとか、お客様に思ってもらいたい、そのためには何よりも誠実さが大切だと私は思っています」

ビームスでもトランクショーを開催していた20年ほど前に仕立てたアントニオ パニコのスーツ。生地は英国マーチンソンのフレスコ。

 店のオープンは11時だが、他の誰よりも早く、毎朝8時に出社する。雨の日はいつもより早く家を出て、開店前に服をプレスし直すのも長年の習慣だ。店に立つうえで大切にしているのは身だしなみ、清潔感だという。ここ15年ほどは、常にスーツでタイドアップを自身のスタイルにしている。

「毎朝早くに来て、前日にご購入いただいた服の伝票を清書しながら、スーツやジャケットのお直しをどうするか、改めて考えるんです。お客様のことを思い出しながら、昨日の自分はこうお伝えしたけれど、やはりこう直したほうがいいなとか、今まで積み重ねてきたノウハウを総動員して再考するんです。喜んでいただきたいという思いがいちばんにあるので、スーツやジャケット、パンツのお直しは非常に大切な仕事です。お客様が気にされないところもさりげなくお直ししてよりカッコよくしてさしあげる。そこは昔から一貫しているこだわりです」

 齊藤氏のその技術は非常に高いと評判だ。別のスタッフから聞いた話だが、指示書は非常に細かくぎっしり書かれ、スタッフは皆、その高度なノウハウに舌を巻いているそうだ。が、そこに辿り着くまでの道のりは、決して平坦ではなかった。

「若い頃は知識やノウハウも今ほどなかったので、ひとつひとつ手探りでやっていました。お直し屋さんに何度も足を運んで教えてもらいながらお客様にもご協力いただき、経験を積めたのが財産になりました。温かい目で見守ってくれたお客様には感謝しかありません」

なぜ齊藤浩樹氏の接客を受けたいと皆が憧れるのか

タイはコントラストの控えめなブラウン系を好む。左:昨季のホリデー&ブラウン、中央:¥37,400 Atto Vannucci、右:¥24,200 Franco Bassi / both by Beams House Marunouchi(ビームス ハウス 丸の内 Tel.03-5220-8686)

 朝イチのルーティンはもうひとつある。その日にアポイントメントが入っているお客様のことを思い浮かべ、誰もいない店内を回りながら、そのお客様はどういった服を提案すると喜ばれるか、これまでに齊藤氏から購入いただいた服を思い出しながら、ひとりひとり提案をする服をシミュレーションしていくのだという。その中で大切にしているのは、着こなしのバリエーションを増やしてあげることだ。

「私自身、自分の印象をあまり変えたくないこともあり、意識的に同じジャンルの見え方になる色合いやコーディネイトに徹しているんですけど、私がそう収まっているのも、お客様には安心材料となるのかな、と。上質なシンプルな服をベーシックなスタイルで着ているだけなのに何かが違う、そんなスタイルを好まれるお客様が多いです。だから、今年はこれがトレンドですというご提案は絶対にしないですし、ひとりひとりのお客様のテイストや趣向に合わせたご提案を心がけています」

 齊藤氏にあるのは、お客様に喜んでいただくことへの夢中という情熱だ。

開発にも携わったブリッラ ぺル イル グスト レーベルのリングヂャケット製オーダースーツ。手前はロロ・ピアーナのタスマニアン、奥がフォックス ブラザーズのフォックスエア。

本記事は2025年5月26日発売号にて掲載されたものです。
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THE RAKE JAPAN EDITION issue 64

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