From Kentaro Matsuo

THE RAKE JAPAN 編集長、松尾健太郎が取材した、ベスト・ドレッサーたちの肖像。”お洒落な男”とは何か、を追求しています!

レクサス・デザインの秘密とは?
福市得雄さん

Thursday, March 10th, 2016

福市得雄さん

 Lexus International President

Interview kentaro matsuo  photography tatsuya ozawa

_UG_1173

いや〜、それにしても、今日は緊張しました。何しろ、日本一の規模を誇る大会社、トヨタの専務にしてデザイン部門のトップ、そして世界に冠たるラグジュアリー・ブランド、レクサスのプレジデントの方とお会いするのですから。

撮影をしたのは、愛知県豊田市トヨタ町1番地(トヨタ町という住所があるのですね)に位置する、トヨタの本拠地。その中でも、トップ・シークレットに包まれた、デザインセンターの内部です。

 

「社外の方が入ることは、あまりないのです」という担当の方の言葉通り、幾重ものセキュリティに守られた中枢部には、これから発表されるはずの開発中のクルマの、極秘のデザイン画やクレイモデルが収められています。撮影機能付きのスマートフォンは、すべて事前に、受付に備えられたボックスへ預けなければいけないほどの厳重さです。

 

「これは、大変なところへ来てしまった・・」とビクビクしているところへ、颯爽と福市さんは現れました。居丈高な大会社のエグゼクティブを想像して、小さくなっている私に、開口一番仰ったセリフ、それは、

「いやぁ、私は勉強が出来なくてねぇ。小さい頃から内弁慶で、恥ずかしがり屋。3人兄弟の末っ子で、2人の兄は優等生。彼らは、朝から晩まで勉強しているんですよ。僕は、とてもそんなこと出来なかったなぁ・・・」というもの。

「あれ、この人、何かが違うな?」と思ったそばから、多摩美時代、アメリカ〜ヨーロッパ横断旅行、トヨタ入社に至るまで、抱腹絶倒のエピソードの連続です。

 

「絵を描くことは大好きだったけど、勉強は大嫌いでした。ムサ美(武蔵野美術大学)は学科で落ちた。芸大は3次まで行ったけど、これまた面接と学科で落ちた。ところが多摩美は、私が受験した年だけ、なんと学科試験がなかった。だから受かったんです(笑)」

 

私がお会いする前に抱いていた、大会社の重役といったイメージは薄れ、なんだか昔“ちょいワル”だった、面白い先輩の話を聞いているような気分になって来ました。

 

「若い頃は、よくクルマで夜遊びに出かけていました。毎日夕方から出て行って、翌朝の3時、4時に帰って来るような生活です。原宿あたりで、随分悪いこともしましたね・・。たまに夜9時くらいに家に戻ると、母親が『どうしたの? 今日は随分早いわね。体、大丈夫?』と、逆に心配するほどでした(笑)」

 

どうやら、このプレジデント、思った以上にフランクで、ウィッティで、いわゆる“大企業的”なイメージとは、正反対の人物のようです。それは、着ているものからも伝わって来ます。

_UG_1182

 スーツは、リチャード・ジェームス。生地が気に入り、購入したもの。

「スーツは、フルオーダーにするとダメだと思うんです。モデルのような体だったらいいのだろうけれど、そうではないと、どんどんバランスが悪くなる。スーツに自分を合わせるくらいの気持ちでいないと」

なるほど福市さんは、60代半ばという年齢が、とても信じられないほどスリムです。ご趣味として続けられている、テニスのおかげだとか。

 

タイとポケットチーフは、大阪発のこだわりブランド、ラクアアンドシーにて。

 _UG_1197

 カフリンクスは、豊田市内のセレクトショップ、STandにて購入したもの。リモージュの磁器製なのだそうです。クルマの街、豊田にも、とてもお洒落な店があるのですね。

 

時計はヴェンペのクロノメーターヴェルケ。1878年創業の歴史を誇る、ドイツ、グラスヒュッテの老舗です。

「デザインが好きで買いました」とさらりと仰っていましたが、実は福市さんは相当な時計マニアで、IWCのパーペチュアル・カレンダーを筆頭に、オメガ、ジラール・ペルゴ、ブライトリング、そして数々のアンティークなど、何十本ものコレクションをお持ちです。

「毎年ジュネーブモーターショーに行くついでに、スイスの時計工房巡りをしているんです。ウブロへ行ったときは、時計が一つ一つ手作りされているのに驚きました。オメガの工場には、大規模なラインがあって、ちょっとトヨタに似ているな、と思いましたね」

_UG_1206

シューズは、ドルチェ&ガッバーナ。

「イタリアの靴はフィット感がよく、履き心地がいい。履く時“プシュッ”と音がするのです」

福市さんは、靴に対しても相当なこだわりをお持ちで、イタリア、英国物を中心に7〜80足ほどコレクションなさっています。

「黒い靴はあまり履かないのです。茶色や赤茶が多いですね。でもトヨタの役員で、そんな色の靴を履いているのは、私くらいです(笑)」

はい、失礼ながら私も、トヨタの役員の方というのは、黒い靴を履いて、髪を七三分けにしているような人たちだと思っていました。

 

「ファッションのポリシーは?」との問いには、

「私はいつも朝4時半から5時の間に目が覚めるのですが、布団の中で『今日何を着るのか、どんなコーディネイトをするのか』を、30分くらいかけて考えます。その時『今日どんな人に会うのか』を思い出して、その相手に合わせた装いをするのです。そこで必ずすること、それは相手が私に対して抱いているであろう期待を、ちょっとだけハズすということです。私が大切にしているのは“意外性”ということですね」

 

それはファッションのみならず、本業のカーデザインの分野でも、遺憾なく発揮されているようです。

「かつて、あるクルマのグリルをリニューアルした時、役員から『これは、やり過ぎじゃないか』という声が上がったことがあります。そこで私は、『しばらく見ていれば、慣れますよ』と言い返しました。そうしたら、本当にしばらくして、役員用のツィッターに、その役員から『しばらく見たら、慣れました』と書き込みがありました(笑)」

 

ユーモアを交えて、自らの生い立ちを語っていた福市さんも、話がデザインのことになると、熱いパッションをたぎらせます。

 

「デザインをやる以上は、美形よりも“魅力”を追求しなければなりません。すべてに整っている無個性なモデルよりも、印象に残るハリウッド女優を目指すべきなのです。魅力的な女優は、すべて個性的でしょう? 例えばタラコのような唇をしていても、それが個性となり、魅力となる。クルマのデザインも、それと同じです」

 

なるほど、福市さんのような方が作るクルマなら、今までの日本車を超えた、個性溢れる存在となりそうです。ずっと国産車に興味がなかった私も、最近のレクサスには、抗い難い魅力を感じていましたが、今日その理由は、福市得雄さんその人にあるとわかりました。