THE BEAUTIFUL SCARECROW

『オッペンハイマー』主演 キリアン・マーフィーのミステリアスな魅力

March 2024

ガラスのように繊細で鋭い顔立ちと、それにふさわしい着こなしを見せるキリアン・マーフィーは今、最も映画界で注目される存在となった。

 

 

text ed cripps

 

 

Cillian Murphy/キリアン・マーフィー

1976年アイルランド・コーク生まれ。ダニー・ボイル監督の『28日後…』(2002年)でブレイク。クリストファー・ノーラン監督のダークナイト三部作で悪役スケアクロウを演じ、以降のノーラン作品の常連キャストに。最新作『オッペンハイマー』(2023年)では“原爆の父”と呼ばれる理論物理学者を熱演し、第96回アカデミー主演男優賞を受賞。©Universal Pictures. All Rights Reserved.

 

 

 

 アイルランドの俳優たちは、アイルランドの作家と同じく、国内での位置づけが難しい。大まかに分けるとふたつのタイプがいる。リチャード・ハリス、ピーター・オトゥールといった大胆で豪快なタイプと、ガブリエル・バーン、ブレンダン・グリーソンといった静かながら深い眼差しを持つタイプだ。近年でいえば、マイケル・ファスベンダーが両タイプを自在に行き来しながら活躍しているように思う。しかし、おそらく今最も勢いがあるのは、ミステリアスな存在感を放つキリアン・マーフィーに違いない。

 

 彼の顔を見てほしい―ハイセンスを感じる頰骨、吸い込まれるような美しい瞳、花びらのような唇、彫刻のような首。力強くて、幻想的で、どこか不気味。その身体と同じぐらい鋭い演技力を持ち、独特の雰囲気を放つ。作家のG・K・チェスタトンが、「芸術は制限の中にある。絵画において最も美しい部分は枠だ」と述べていたが、マーフィーは、度々彼と共演しているトム・ハーディと同じように、アクションというジャンルの枠を押し広げてきた。ハーディの『マッドマックス 怒りのデス・ロード』(2015年)が実質的にほぼ1本のカーチェイス作品だったように、マーフィーの『フリー・ファイヤー』(2016年)は、1本の長い銃撃戦だった。ハーディの『オン・ザ・ハイウェイ その夜、86分』(2013年)が1本のハイウェイの旅だったように、マーフィーのサスペンススリラー『パニック・フライト』(2005年)は1本の逃げられないフライトであった。彼らはアクション映画に新しいアプローチを取り入れた。

 

 文部省で働く父と、フランス語教師の母の間に生まれたマーフィーは、ビートルズ狂の兄とともに数々のバンドでギターを弾き、レコード会社から契約のオファーを受けるほどの実力を持っていた。しかし彼は役者の道を歩むため、そのオファーを断り、劇団に参加。エンダ・ウォルシュの舞台『Disco Pigs』で主役を演じるまでは、仕事をともにしたい監督に役をねだって追いかけまわしていた。

 

 

BBC製作ドラマ『ピーキー・ブラインダーズ』(2013年〜)で主人公トーマス・シェルビーを演じるマーフィー。19世紀末から20世紀初頭にかけてバーミンガムに実在したギャンググループを題材とした作品で、その髪型やスタイリングはクラシック回帰する現代のメンズファッション界に多大な影響を与えた。

UPCOMING MOVIE
アカデミー賞で最多7冠の『オッペンハイマー』、ついに日本公開!

ノーラン作の常連であるマーフィーが演じる主人公は、原子爆弾の開発・製造を目的とする「マンハッタン計画」を主導した理論物理学者J・ロバート・オッペンハイマー。本作はオッペンハイマー自身の視点から、時代の波に翻弄された天才科学者の生涯と、彼が苛まれたという恐怖と苦悩が丁寧に描かれる。「トリニティ実験」シーンは、観客を緊張感の渦に巻き込む圧巻のハイライトのひとつ。

極秘プロジェクトとして原子爆弾の開発を命じられたオッペンハイマーは、1945年7月、人類初の核実験を成功させる。彼はすぐに戦争を終結させた立役者として称賛されるが、広島と長崎の惨状を知り、激しい後悔と自責の念に駆られるようになる。やがて時代は冷戦下に突入。赤狩りの嵐の中、水爆開発を推進するアメリカ政府に懐疑的な姿勢を示すようになったことから、彼の人生は次第に追い詰められてゆく—。ピューリッツァー賞を受賞した同名作を原作に、巨匠クリストファー・ノーランが映画化。興行収入記録を塗り替える世界的ヒットとなり、賞レースを席巻。第96回アカデミー賞では最多7部門を受賞した本作が、世界唯一の被爆国・日本で公開となる。

オッペンハイマー監督・脚本:クリストファー・ノーラン
出演:キリアン・マーフィー、エミリー・ブラント、マット・デイモン、ロバート・ダウニー・Jr. 、フローレンス・ピュー、ジョシュ・ハートネット、ケイシー・アフレック、ラミ・マレック、ケネス・ブラナーほか
配給:ビターズ・エンド ユニバーサル映画
3月29日(金)、全国ロードショー
©Universal Pictures. All Rights Reserved.

 

 

 

<続きはIssue57にてお読みいいただけます>