RÉMY MARTIN 300th YEARS ANNIVERSARY

【レミーマルタン】300年受け継がれたレガシー

May 2024

「類い稀なコニャックを造る」。何世代ものビジョナリーが同じ夢を追いかけた結果、300周年という今がある。レミーマルタンの唯一無二の卓越性を、過去・現在・未来から紐解く。

 

 

 

 

 レミーマルタン。それはコニャック・フィーヌ・シャンパーニュに特化した、世界最大のコニャックメゾンのひとつである。香り高い上質なコニャック造りで知られている。

 

 コニャック・フィーヌ・シャンパーニュとは、グランド・シャンパーニュとプティット・シャンパーニュという地区から生まれたオー・ド・ヴィー(原酒)をブレンドしたコニャックのことで、ふたつの地区は6つの等級のうちの上位2地区にあたる。1938年以来、コニャック・フィーヌ・シャンパーニュのAOC(原産地呼称)では、グランド・シャンパーニュ産を50%以上含むものと定義されており、巧みで深い味わいと傑出したアロマが特徴だ。

 

 300年にわたりその叡智を受け継いできたレミーマルタンの歴史を辿ってみたい。

 

 

左:1738年、フランス国王ルイ15世による国王令。新たな葡萄の木を作付する特別な権利を与えられた。右:創業者の曾孫にあたる3代目、レミー・マルタン3世(1781-1841)。

 

 

左:ポール=エミール・レミー・マルタン(1810-1875)は自身の星座が射手座であることからボトルにケンタウロスのロゴを採用。販売エリアをヨーロッパのみならず、アメリカやアジアへと拡大させた。右:5代目、ポール=エミール・レミー・マルタン2世(1853-1924)。1910年に弁護士で商人だったアンドレ・ルノーをメゾンに招き入れるが、1924年に後継者を指名することなく亡くなった。

 

 

 

メゾンのはじまり

 フランス・シャラント県のワイン農家の息子として生まれたレミー・マルタンは、野心的な人物だった。14歳のとき、冷害により葡萄畑が大きな打撃を受け一家が苦境に立たされたことから、彼は思いついた。凶作の年に備え、毎年何樽かのオー・ド・ヴィーをとっておこうと。保管したオー・ド・ヴィーは次第に琥珀色に変化し、滑らかな口当たりとまろやかな香りを持つようになる。こうして彼は1724年に自らの名を冠してメゾンを創設し、コニャックの販売に乗り出した。

 

 レミー・マルタンの造るコニャックはフランス国内で広く知られるようになり、やがてフランス国王ルイ15世にもその品質を高く評価される。当時、フランスでは過剰生産を防ぐために新たな作付が禁止されていたにもかかわらず、1738年の国王令により葡萄の木を作付する特別な権利を与えられたほどである。レミー・マルタンは1代で功成り名遂げるが、ひとり息子を失うという悲劇に見舞われていたため高齢になるまで働き続け、事業を孫へと引き継いだ。

 

 孫のレミー・マルタン2世は、1789年からのフランス革命の最中にも、政治活動や土地管理などを並行して進めることで事業を存続させた。その息子のレミー・マルタン3世はさらに事業を拡大して取引を増やし、メゾンを順調に成長させた。

 

 

 

ジュイヤック・ル・コックにあるレミーマルタンの蒸留所。

 

 

左:1927年に発売した最初の「フィーヌ・シャンパーニュVSOP」のボトルスケッチ。右: 1946年、フランス国内向けの広告ビジュアル。

 

 

 

運命的なシンボル、ケンタウロス

 1841年、レミー・マルタン3世からメゾンを引き継いだポール=エミール・レミー・マルタンは、祖父レミー・マルタン2世と同様に革命期においても辣腕を振るって混乱を乗り越えた。1870年、彼はブランドエンブレムに射手座のシンボルであるケンタウロスを採用する。その理由は、ワインが蒸留される11月下旬が射手座の第一デカン(ひとつの星座を3分割した最初の期間)だったこと。また、コニャック造りには樽作りや蒸留において火が欠かせないが、射手座が火のエレメントの星座だったこと。そしてもちろん、ポール=エミール・レミー・マルタンの星座は射手座であった。運命の糸のようにつながったケンタウロスは、以後のレミーマルタンの未来を導くシンボルとなる。

 

 ポール=エミール・レミー・マルタンは時代の一歩先を行く人物で、グランド・シャンパーニュとプティット・シャンパーニュというふたつのテロワールが特別であることを既に理解していた。そこで1874年、このふたつの畑から生まれる自社のコニャックをコニャック・フィーヌ・シャンパーニュとしてアングレーム裁判所に登録することを決めた。

 

 

左:1976年、香港向けの最初のキャンペーン。キャッチフレーズは「レミーマルタンのボトルを開けると、自然といいことが起きる」。右:1982年、アメリカでのキャンペーンビジュアル。

 

 

左:80年代、カナダでのキャンペーンビジュアル。右:1990年、世界的に展開された「レミーマルタンXO」のスペシャルキャンペーンビジュアル。

 

 

 

二大テロワールへのこだわり

 1910年、グランド・シャンパーニュの大規模農家の息子で、弁護士の資格を持つアンドレ・ルノーが、アソシエイトとしてメゾンの経営に参画する。1924年にポール=エミール・レミー・マルタン2世がこの世を去ると、彼が事業の主導権を握るようになる。

 

 1927年、グランド・シャンパーニュおよびプティット・シャンパーニュで造られたオー・ド・ヴィーをブレンドし、「フィーヌ・シャンパーニュVSOP」を発売。この優れた品質が功を奏し、大成功を収める。二大テロワール産のオー・ド・ヴィーがAOCに正式に認定される(1938年)10年以上も前のことである。そして1948年には、アンドレ・ルノーが、レミーマルタンはコニャック・フィーヌ・シャンパーニュのみに専念する、という決断をするのである。

 

 1965年、アンドレ・ルノーが没すると娘婿のアンドレ・エリアール・デュブリュイユが事業を引き継ぎ、このコニャックの最高品質を維持するために手腕を発揮する。コニャック地方は不安定な天候によりオー・ド・ヴィーが余ったり不足したりする年があり、ワイングローワーは安定した収入が得られる保証がなかった。そこでアンドレ・エリアール・デュブリュイユは、ワイングローワーとサプライヤーとしてではなく、パートナーとして提携した。これでメゾンも安定してオー・ド・ヴィーを確保できることになると考えたからだ。

 

 相互に利益をもたらすパートナーシップは継承され、「アライアンス・フィーヌ・シャンパーニュ」と名づけられた現在は、800軒の農家が加盟している。

 

 

アンドレ・ルノーの娘婿、アンドレ・エリアール・デュブリュイユ(1974年)。

 

 

アンドレ・エリアール・デュブリュイユがメルパンの製造拠点に集めて一括管理した熟成用のセラー。

 

 

 

次の300年のために

 メゾンは現在、時代の先を見据えてさらに一歩踏み込み、さまざまな取り組みを見せている。そのひとつが、再生型の葡萄栽培だ。アライアンス・フィーヌ・シャンパーニュに加盟する農家は、気候変動を課題として栽培方法を絶えず見直している。長い将来を見据えた持続可能な土壌を作るため、周囲の自然と調和しながら葡萄の健やかな成長を促す総合的なアプローチを行うのだ。多くの水を貯え、生物多様性を回復させ、二酸化炭素を回収することで、健康な土壌を維持することができる。

 

 レミーマルタンのドメーヌ全域における取り組みは、2007年にフランス農業省から「Agriculture Raisonnée(持続可能な農業)」に認定された。そして2012年に、HEV(環境価値重視)認定を取得した。いずれもコニャックメゾンとしては初となる大きな一歩だった。2014年には、ワイングローワーの環境認定取得に向けて働きかけ始め、現在は全パートナーが参加し、葡萄栽培地域の60%が認定を取得。2028年までに100%取得することを目指している。

 

 さらにレミーマルタンは包装の見直しにも着手しており、2030年までにボトル1本当たりの二酸化炭素排出量を50%削減し、2050年にはネットゼロを達成できる見込みだという。

 

 歴代の経営者たちの先見性から発展したメゾンの革新は、とどまるところを知らない。レミーコアントローグループ傘下の今も家族経営を続けており、現在はアンドレ・エリアール・デュブリュイユの孫娘にあたるマリー・アメリ・ド・ルースが会長の役割を担う。すべてはレガシー存続のため――次の300年に向けて、絶え間なく情熱を注ぎ続ける。

 

 

左上から時計回りに:レミーマルタンの葡萄畑。約7000年前に遡る軟らかい石灰質の土壌に根を下ろし、地下水などから必要な栄養を取り込む/現セラーマスターは、2014年に史上最年少で就任したバティスト・ロワゾー/コニャック地方を拠点とするメゾン・レミーマルタン。

セラーマスターの技術力を象徴する最上級コニャック

レミーマルタンXO

1981年に当時のセラーマスター、アンドレ・ジローが生み出した、コニャック・フィーヌ・シャンパーニュの最上級品。二大テロワールのオー・ド・ヴィーを数百種類もブレンドして造られている。卓越したブレンディングの技を持つセラーマスターだけが表現できる複雑な香りは、まさにクラフツマンシップの象徴といえよう。¥29,700 Rémy Martin

 

お問い合わせ先

レミー コアントロー ジャパン

TEL.03-6441-3020

Email:RCJ_PR@remy-cointreau.com

https://rcjkk.com/

<本連載の過去記事は以下より>

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