Three-Michelin-star Restaurant Chef, Kei Kobayashi - Interview

美食の街パリで三つ星を獲った唯一の日本人

October 2024

ミシュランガイド・フランス版でアジア人初の三つ星を5年連続獲得しているシェフの小林圭氏。パリ1区に位置する自身の名を冠したフランス料理店「Restaurant KEI(レストランケイ)」に続き、今年東京に3つのレストランをオープンし話題を呼んだ。さらに、12月20日公開の映画『グランメゾン・パリ』の料理監修も務める。美食の街パリから世界へ挑み続ける小林氏の人物像に迫る。

 

 

text chiharu honjo

 

 

小林 圭/Kei Kobayashi

長野県諏訪市に生まれる。21歳で渡仏。南仏の名店「オーベルジュ・デュ・ヴュー・ピュイ」、アルザス地方のレストランで修業後、2003年「アラン・デュカス・オ・プラザ・アテネ」に入社。2011年、世界的な料理人ジェラール・ベッソン氏から店を譲り受け、パリの一等地に自身の名を冠した「Restaurant KEI」を開く。翌年一つ星、2017年に二つ星を獲得後、2020年ミシュランガイド・フランス版でアジア人初の三つ星を獲得。5年連続で栄誉に輝いている。

 

 

サーモンキャビアが宝石のように輝く小林氏のシグネチャーメニュー「最中 紅富士サーモン サーモンキャビア」/KEI Collection PARIS

 

 

 

 フランス料理の本場パリで、日本人シェフがオーナーの店が三つ星を獲ることは他に類を見ない快挙といえる。実際、2020年に「Restaurant KEI」が獲得してからアジア人が三つ星を獲ったレストランは、ひとつも存在しない。大きな称号を得てフランス料理界で認められたと自負しているのか問うと、本人はいたって冷静に構えていた。

 

 

 

自身の世界観を確立する道のり

 

「認められたと思えるのは、あと10年後ぐらいでしょうか。まだ自分の世界観というものを確立していないので、今はそれを確立すべく邁進しています。パリでまず自分の世界観を創りブランド化していきたい。今はまだ、道半ばまでも行っていなくて、やっと入口に立てた状態です」

 

「ジェラール・ベッソン氏から店を譲り受けて自分の店をオープンした時も、一人前になれたと思ったことは一度もありませんでした。立場的には上に立つのだけれども、どうやってスタッフ全員をコントロールしながらモチベーションを上げていくか。チームワークをよくして、皆が同じ方向を向いて行かないと良いものは出来ない。その舵取りを進めていくのがオーナーなのだと学ぶ日々でした。何にもしばられずに行動できる一方、さまざまなリスクを負いながらレストランを仕切らねばなりません」

 

「料理が完成して『よし!』と思っても、数秒後に『次はもっとできるかも』と後悔しています。その繰り返しです。サービスも、よりよくできるのではと日々改善しています。自分の店ですから閉店後の夜1時、2時まで残って、誰よりも遅くまで仕事をすることもよくあります。ですから、もしオーナーシェフになっていなかったら、もっと傲慢なシェフになっていたかもしれません」

 

 


焼石の上に乗せた焼き立ての海苔で和牛しぐれを包むクリエイティブな料理「赤城牛の時雨煮 石焼きロール寿司」/KEI Collection PARIS

 

 

 

 

フランスで得たもの

 

「今、ほぼパリにいるのですが、フランスで磨かれたのは“感性”です。フランス人はなぜ感性が鋭いのかというと、身近に一流のものが揃っているからだと思います。例えばルーブル美術館へ行くと、その時代のトップのもの、世界で認められたものがすべて集まっていている。パリの街を歩くだけで、至る所で一流のものに接する機会があるのです」

 

「また、木の文化の日本と石の文化のフランス、双方のさまざまな違いにも気づかされました。色々な職業の人、多様な国の人と交流することもできました。これは日本にいてはできない経験で、こうして得た刺激が少しずつ蓄積して感性が豊かになるのだと思います」

 

「自分はパリにただ住んでいるわけでなく、そこで戦わなければいけないわけですから、パリのありとあらゆるものを全部吸収して、良い出会いを築き育み成長させる。そういうことを積み重ねきたら、自然と多くのものを得ていました」

 

 

 
濃厚な海藻バターソースで磯の香りと旨味を際立たせた「サザエの海藻バター焼き」/KEI Collection PARIS

 

 

 

 

東京でオープンした3つのレストラン

 

 今年に入って、「KEI Collection PARIS(ケイ コレクション パリ)」、「Héritage by Kei Kobayashi(エリタージュ バイ ケイ コバヤシ)」、「ESPRIT C.KEI GINZA(エスプリ セー ケイ ギンザ)」と、東京で3つのレストランをオープンさせた小林氏。それぞれの特長を伺った。

 

「オートクチュールのブランドに、レディース、メンズ、香水といった、カテゴリーが違うものがあるように、KEIというブランドの中に、コンセプトや考え方、アプローチの仕方が違う店がいくつかあるイメージです」

 

「KEI Collection PARISは、アラカルト形式でグリル&ガストロノミーを味わえる場所。日によって変わるメニューの中から自分だけのコースを組み立てる感覚で愉しめます。Héritage by Kei Kobayashiはフランス料理に敬意をこめたレストラン。伝統的なフランス料理を自分たちのフィルターを通して未来に伝えることで、フランス料理に恩返しできるのではないかと思っています」

 

「そして、ESPRIT C.KEI GINZAは美食の研究所。世界各国の料理が集まる銀座という場所柄もあり、フランス料理の枠にとらわれず美食を追求していくレストランで、上の階にバーもあります。また、御殿場にはMaison KEI(メゾンケイ)というレストランも2021年にオープンしています。野菜や魚など地産の新鮮な食材を大胆に使い、いわば大地の料理を愉しんでいただくレストランで、水と空気が綺麗なところで食べる料理は東京では得られない体験になるはずです。すべてに共通しているのは、“素材を大事にしながら向き合い、誠意をもって美味しいものをつくる”ということ。このシンプルな哲学のもと、世界一のレストランを目指しています」

 

 


フランス産のオマール海老を瞬間燻製して歯ごたえと海老の甘みを愉しむ「オマールブルー 藁の瞬間燻製」/KEI Collection PARIS

 

 

 

 

パリから日本人へ伝えたいもの

 

「日本人はもっと世界へ出て戦った方がよいと思います。戦うというのはぶつかり合うということではなく、日本人はいいものをたくさん持っているので、もっと自己主張してもよいという意味です。21歳の時に渡仏したきっかけは、フランス料理をやっている以上、フランスを知らないのにフランス料理は語れないと思ったからです。技術があればフランス料理ができるわけではないのです。なぜフランス料理ができたのかフランスの歴史を学び、時には地方のフランス料理を研究したり、フランスの建築物を巡ったりする。フランス料理を知るためにはそういったことも必要です。ただし、自分がどんなに頑張っても20%ほどしか理解できないくらいフランス料理は奥が深いです」

 

「もうひとつフランスで感じたのは、フランス人は発信力があることです。かつてフランス料理は貴族が食べるもので、残してあたりまえだった。自分の好きな物だけ自由に食べればよいガストロノミーだったのです。でも今の時代は食材を無駄にしないように提言し、オピニオンリーダーになっている。環境保護などはフランスの方が優れているように見えがちですが、日本では“お米一粒には七人の神様がいるから残さずに大切に食べなさい”という言い伝えがあるほど、昔から残さず食べることはあたりまえでごく身近にある考えです。日本人も、もっと発信力を身に着けると良いと思います」

 

 


火入れの加減に相当なこだわりをもって調理し、素材が本来持っている美味しさを引き出した「赤城牛のグリル」/KEI Collection PARIS

 

 

 

 

出来る限り遠いところへ

 

 多忙な日々の中、ゆっくりと考える時間や休暇が欲しくないかと尋ねたところ、「パリを離れた時が自分にとってヴァカンス」だという。「パリ以外の都市では気が緩むので東京に来るとリラックスできます。フランスへ帰る便で飛行機がパリへ着陸する体制になった途端、『よし、行きますか!』と戦闘態勢に入る。レストランへ戻ったらもっと気合が入ります」。

 

 最後には、「好きな言葉は“Allez le plus loin(できる限り遠いところへ)”。背伸びをし過ぎない程度にしっかりと前を向いて、着実に歩みを進める。負けず嫌いなので、とにかく登りつめて登りつめて登りつめて、今見えない景色よりももっとはるかに遠くへ行き、新しい景色を見たい。今見えないから面白いのです」と教えてくれた。

 

 一流と評されるパリでレストランを開き、一流の客をいかに満足させるか一皿ごとに全身全霊で応える。その飽くなき姿勢に、本物を知るフランス人だからこそ敬意を払って迎えてくれたに違いない。

 

 

 
小林氏の世界観を投影した「KEI Collection PARIS」。オープンキッチンを取り囲むカウンター席やテーブルはゲストが素材と出逢うステージのような内装になっており、奥にはVIP roomやChef’s roomもある。

 

 

 

 

 今回小林氏が来日した折にインタビューした場所は、虎ノ門ヒルズ ステーションタワー49階にある「KEI Collection PARIS」。都会の夜景が眼下に広がるドラマティックな空間で、素材の味を際立たせたアートのような前菜の数々と火入れにこだわり抜いた料理を堪能できる大人の遊び場だ。

 

 キッチンを取り仕切るのは、パリで小林氏から直伝の指導を受けた久保雅嗣(くぼ まさつぐ)シェフ。その日手に入る食材を吟味し、調理法を見極め、適正な火加減を探る、細やかな気配りとテクニックで信頼を得ている。小林氏はインタビューの中で「自分はパリから世界を獲りにいくので、彼らには日本から世界を獲りにいってほしい」と語っていた。

 

 

 

KEI Collection PARIS

東京都港区虎ノ門 2- 6-2

虎ノ門ヒルズ ステーションタワー TOKYO NODE 49F

TEL 03-6811-2577

www.kei-collection.com/

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