FRED PERRY SHIRT

永遠の定番ができるまで。

Saturday, January 2nd, 2021

色褪せない定番はどのように作られるのか?

豊かな伸縮性とスマートなフィット感を備えたシャツは、伝説のヒーローと出会い、唯一無二の存在へと昇華した。

 

 

 

text tsuyoshi hasegawa

still photography tatsuya ozawa

styling masatoshi kawamata

 

 

 

 

モッズムーブメントの代表アーティストであるポール・ウェラー。1960年代は多くのミュージシャンがフレッドペリーのポロシャツを着用したが、なかでもシンボリックな存在だったのがポール・ウェラーだ。ジャストサイズのものをトップボタンを留めて細身のパンツとともに着こなしている。

 

 

 

単なる良品とは異なる“何か”

 

 万人に認められる定番を、意図して作り出すのは非常に難しい。生まれた時代とのマッチングというものが作用するからだ。確かに、長く使い続けられるだけの優れた製法、素材使いを貫いていることは、重要な前提となるだろう。そして、ある程度の普遍性を備えていることも欠かせないエッセンスに違いない。しかし、それだけではただの良品で終わってしまうことがほとんどなのだ。永遠の定番たりえるには、その時代の気分やキーワードと深く重なる必要がある。リーバイスの501しかり、コンバースのオールスターしかり。傑出したタレントを持つカリスマと共鳴するエッジなど、特別な“何か”を秘めたアイテムだけが、永遠の定番としてその名を歴史に刻むこととなる。

 

 フレッドペリー。そう聞いて頭に思い浮かぶのは、スマートなシルエットのポロシャツだ。月桂樹のマークを胸にあしらったスポーティなシャツを語るとき、まずはブランドの祖であり英国テニス界きってのレジェンドに触れる必要がある。

 

 1909年生まれのフレデリック・ジョン・ペリーは、当初卓球の選手として頭角を現した。世界チャンピオンを獲得し、将来を嘱望されていたにもかかわらず、大胆にもテニスプレーヤーに転向。なんとそれから数年を経た1934年に、英国人として初めてウィンブルドン大会にてシングルス優勝という快挙を成し遂げてしまうのだ。さらに翌年には前人未到であった世界4大大会制覇のグランドスラムを達成し、堂々と伝説を作り上げた。超一流のプレーヤーとして知られるジョン・ペリーだが、テニスの才能と同時に、普段の洒落た着こなしから、ウェルドレッサーとしても知られる存在だった。

 

 

創設者、フレデリック・ジョン・ペリー。始めて間もなくグランドスラムを達成させるなど、テニス界に一躍名を轟かせた。

 

 

1950年代に始まった革命

 

 そんな彼が引退直後に手掛けたスウェットバンドこそ、その後の彼の人生を変えるターニングポイントになったという。手首に取り付け汗を拭うことのできる小さなアイテムは、数々の試行錯誤の末、テニス界のトッププレーヤーがこぞって使用するまでに至り、彼の名を冠したフレッドペリーは一躍有名ブランドとして定着することとなる。

 

 1950年代におけるスポーツシャツは、まだまだ旧来のルーズフィットスタイルが主流の時代。そこで彼は優れた伸縮性の素材と身体にフィットするシルエットを備えたまったく新しいテニスウェアを作り上げた。ドレッサーとして知られるジョン・ペリーは、実況解説のときなどに自ら新開発のシャツを颯爽と着こなし、大いに注目を集めたという。積極的な宣伝活動も功を奏し、フレッドペリーのポロは人気アイテムとして広く知られるようになったのだ。

 

 

1952年、フレッドペリースポーツウェア社が設立される。ベストドレッサーとして認知されていた彼が事業をスタートさせたのは、ごく自然な流れだった。

 

 

 

 その革新的なポロシャツは、スタイリッシュな細身仕様を世に広めただけでなく、ティップラインを備えた初めてのスポーツシャツでもあることも見逃せない。ロンドンを拠点とするサッカークラブチーム、ウェストハムのファンが、クラブカラーをシャツに盛り込みたいとスポーツショップに依頼し完成させたのが、襟と袖にユニークなラインをあしらったM12モデルである。

 

 この革新的なM12モデルをリリースした1950年代後半は、ちょうどモッズムーブメントの台頭と重なるタイミング。いわゆるモッズはモダンジャズを趣味とし、服装にも先端のこだわりを尽くした若者を意味し、古い価値観とは異なる新しい生き方を追求する集団として登場した。伝統的な重厚感ある旧来のスーツではなく、艶を強調した細身のスーツを愛用する彼らが、堅苦しい布帛シャツではなく、スマートにフィットしつつダンスなどに興じやすいピケ編みのポロシャツに目をつけたのは、ある意味必然だったのかもしれない。映画『さらば青春の光』では、実際に主人公がフレッドペリーのポロシャツを着用して登場しており、当時のモッズスタイルをリアルに描いたバイブルとして、貴重な参考書の役割を果たしている。

 

 モッズムーブメント自体は60年代を中心に広まり、ある種の反骨精神が単なるブームに取って代わる70年代前半に終わりを迎えている。しかし戦前までの、いわゆる大人たちが世の中の仕組みすべてを支配する旧世界とは異なり、戦後の新世界では若者もまた、世の中をリードするパワーを秘めた存在であることをモッズたちが示した意義は大きい。

 

 

若者を中心に広がった“モッズ”は、60年代英国におけるファッションカルチャーのムーブメントのひとつ。ボタンをトップまで留めて細身のスーツやジャケットのインナーとして合わせるのが流行した。

 

 

 

時代をつくるヒーローと共に

 

 その新世界において、なかでもパワフルな影響力を誇示したのがロックミュージシャンだ。モッズムーブメントは多くの若手アーティストを世に送り出したが、とりわけポール・ウェラーはそのスピリッツを多分に備えたミュージシャンとして、今なお語り継がれている。ウェルドレッサーとしても評価の高いポールだが、常に飛び抜けてスタイリッシュでありながら、突飛な格好に手を出すことはほとんどなかった。

 

 特に彼が好んだフレッドペリーのポロシャツスタイルは、単なるファッションを超えた普遍的なメッセージを我々に投げ掛けるアイコン的な着こなしだ。シンプルでありながら極めてクール。反抗的に見えつつ理性も感じさせる。そしてベーシックであると同時に十分に躍動的。時代を動かす大きなカウンターカルチャーとなったモッズというムーブメント。ブームはとうの昔に去ったが、その魂は元オアシスのリアム・ギャラガーやブラーのデーモン・アルバーンはじめ、新時代をつくろうとアクションを続ける開拓者のなかで脈々と息づいている。

 

 フレッドペリーのポロシャツが全く色褪せないのは、そういった新時代の旗手たちから長く愛され続けてきたことと無関係ではない。21世紀の現代は良品と呼ばれるポロシャツを星の数ほど抱えている。しかし大いなる変化の時代にヒーローと共に輝き続けてきたポロシャツは、フレッドペリー以外には存在しないのだ。

 

 

1960年代のフレッドペリーのポスター。

 

THE RAKE JAPAN EDITION issue03