BONNEVILLE: THE BIRTHPLACE OF SPEED
ボンネビル:スピードの聖地
October 2025
「ボンネビル・スピードウィーク」は、アメリカ・ユタ州にある ボンネビル・ソルトフラッツ(塩平原)で、毎年8月に開催される 最高速度チャレンジイベントだ。そのエキサイティングな世界を覗いてみよう。
author charlie thomas
まっすぐな道を限界まで速く走る──そこには独特の魅力がある。もっともシンプルで純粋なモータースポーツのかたちである。ハイテクの極みであるF1のようなカテゴリーとは正反対だ。もちろんF1にもそれならではの魅力がある。複雑なレギュレーションのもと、空力からエンジン開発、さらにはマーケティングや物流に至るまで、チームは数億ポンドを投じる。最高峰と呼ばれる所以だが、その世界はきわめて複雑で政治的であり、大多数の人々にとっては手の届かない領域である。
だが、「ボンネビル・スピードウィーク」はそうではない。かつてユタ州の大部分を覆っていた湖の跡地、ボンネビル塩平原は、長らく直線スピードの聖地であり続けてきた。ここでの競技は、驚くほど民主的なモータースポーツだ。ルールや区間タイムを深く理解する必要はなく、目標はただひとつ──人間が到達し得る限界まで速く、まっすぐに走ること。車両がクラスごとの条件に収まり、検査を通過すれば、誰にでも挑戦する権利が与えられている。
ボンネビルにたどり着くのは決して容易ではない。ユタ州北部、ネバダ州との州境にほど近い人里離れた地に位置し、最寄りの町のひとつがネバダ州ウェスト・ウェンドオーバーである。そこにはいくつかのホテルとカジノが立ち並び、賭博を厳しく禁じるユタ州のすぐ隣で、その“境界の町”としての役割を担っている。
私はロンドンから約7,700kmの“巡礼”を敢行した。まずロサンゼルスに飛び、そこからクルマで北へ1,000km、モハーヴェ砂漠を抜け、ラスベガスを経由しておよそ10時間のドライブだ。北へ進むにつれて道はひたすら真っすぐになり、風景は劇的に変貌していった。砂塵はやがて塩の白い大地に変わり、荒涼とした月面のような光景が広がる。そしてボンネビル・スピードウェイ・ロードのカーブを抜けたとき、ついに目的地へ辿り着いたのだと実感した。
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この地に広がる塩の大地は、まさに聖域である。100年以上にわたりスピード競技の舞台となり、「スピード発祥の地」という異名を得てきた。1914年、テディ・テツラフが300馬力の“ブリッツェン・ベンツ”で時速142.85マイル(230km/h)を記録し、非公式ながら陸上速度記録を樹立したのもここだった。当時としては驚異的である。
ボンネビルはいまなお「世界最速のスピードウェイ」と称される。その理由は、その規模を見れば明らかだ。塩平原の面積はおよそ121キロ平方メートル、つまりエディンバラの半分に相当する。全長約19.3km、幅8kmにわたるその広大な地は、毎年8月の一週間だけ、まるごと自動車の遊び場へと変貌するのだ。
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スピードウィーク3日目の朝、私は会場に到着した。毎年およそ300台もの参加車両がこの塩平原に集結し、速度記録の更新を目指す。そこには多種多様なマシンが並ぶ。流麗なボディを持つハンドメイドのストリームライナーから、大幅に改造されたロードカー、轟音を響かせるトラック、そしてモーターサイクルまで。
狙いは必ずしも、1997年以来アンディ・グリーンが保持している時速763.365マイル(1,228km/h≒マッハ1)という絶対的な世界最高速記録を打ち破ることではない。むしろ、細かく区分されたカテゴリーごとの記録を塗り替えることにある。ストリームライナーだけでも「ブロウン(過給器あり)・フューエル・ストリームライナー」「アンブロウン・フューエル・ストリームライナー」「ディーゼル・ストリームライナー」といった複数の部門が存在する。
さらに「ヴィンテージ・クラス」もあり、これは1948年以前に生産された自動車に限られている。ロードスター、セダン、クーペ、オーバルトラックレーサーなど、多岐にわたるサブカテゴリーに分けられている。要するに、想像し得るあらゆる車両にクラスが用意されているのだ。ヴィンテージ・ホットロッドからアメリカン・セダン、改造GTカー、さらには市販車まで。モーターサイクルにも独自のクラスがあり、こちらはエンジン排気量ごとに区分されている。
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各クラスの記録は熾烈に争われる。その年のわずかな期間でも「最速」であることの誇りこそ、人々が毎年ここに戻ってくる理由のひとつだ。
「僕にとってここはとても純粋なんだ」と語るのは、今年ヴィンテージ・クラスで友人の挑戦をサポートしたフィル・トリー。「自分のアイデアを相手にぶつけるだけ。給料がいくらとか、銀行口座の残高なんて関係ない。自分のアイデアを試して、もしかしたら相手より速いかもしれない。ボンネビルは記録を与えてくれるけど、それはやがて別の挑戦者のものにもなるんだ」
スピードウィークには主にふたつのコースが設けられている。コース1は175mph(時速約280km)を超えるマシン用、コース2はそれ以下のマシン用だ。いずれも全長9マイル(約14.5km)あり、最速マシンであればその間に時速500マイル(約800km/h)を超えることも可能である。
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⸻各クラスの記録は熾烈に争われる。その年のわずかな期間でも「最速」であることの誇りこそ、人々が毎年ここに戻ってくる理由のひとつだ。
「僕にとってここはとても純粋なんだ」と語るのは、今年ヴィンテージ・クラスで友人の挑戦をサポートしたフィル・トリー。「自分のアイデアを相手にぶつけるだけ。給料がいくらとか、銀行口座の残高なんて関係ない。自分のアイデアを試して、もしかしたら相手より速いかもしれない。ボンネビルは記録を与えてくれるけど、それはやがて別の挑戦者のものにもなるんだ」
スピードウィークには主に2つのコースが設けられている。コース1は175mph(時速約280km)を超えるマシン用、コース2はそれ以下のマシン用だ。いずれも全長9マイル(約14.5km)あり、最速マシンであればその間に時速500マイル(約800km/h)を超えることも可能である。
各クラスの記録は熾烈に塗り替えられる。その年のわずかな期間でも「最速」であることの誇りこそ、人々が毎年ここに戻ってくる理由だ。
「俺にとってここはとても純粋なんだ」と語るのは、今年ヴィンテージ・クラスで友人の挑戦をサポートしたフィル・トリーである。
「自分のアイデアを相手にぶつけるだけ。給料がいくらとか、銀行口座の残高なんて関係ない。もしかしたら相手より速いかもしれない。ボンネビルはたまに新記録を与えてくれるけど、それはやがて別の挑戦者のものになるんだ」
スピードウィークには主にふたつのコースが設けられている。コース1は時速175マイル(約280km/h)を超えるマシン用、コース2はそれ以下のマシン用だ。いずれも全長14.5kmあり、最速マシンであれば時速500マイル(約800km/h)を超えることも可能である。
塩の大地で記録挑戦に臨むマシンを見る体験は、他に類を見ない。3マイル地点からだと、マシンは地平線上に浮いているかのようで、軌跡に沿ってほとんど不自然なほどの速さで進んでくる。まるで早回し映像のように前方へと滑り出し、飛翔する弾丸のようだ。エンジン音は低く、機械的で、それはクルマというより飛行機か兵器のように響く。
「こんなことが本当に可能なのか」と思わず感嘆してしまう。
今年のスピードウィークで破られた記録は合計89。その幅は、ホンダの50ccのモーターサイクルによる時速43.776マイル(70.5km/h)から、ファーガソン・レーシングのストリームライナーによる時速406.133マイル(654km/h)にまで及んだ。だが、ボンネビルに不変の魔力を与えているのは、記録そのものではなく、人々、風景、そしてそこに漂う空気なのだ。
77回目を迎えるこのイベントは、安全性こそ改善されてきたが、それ以外の変化は最小限にとどまり、金や欲望に汚されることがない。観客にとっても、ボランティアにとっても、そして挑戦者にとっても、それはただひたすらに幸福なことなのである。




















