北川美雪の「良い服」は人生を変える
Good Clothing Can Change Your Life

VESTAのスーツコンサルタント、北川美雪氏が、「パワーオブスーツ」をキーワードに、スーツを単なる服ではなく「人生を変える武器」として捉え、その魅力をお伝えしていく。

【第8回】服で幸せと誇りを表現する人へ ──Reda CEO エルコレ氏の使命とスタイル

Sunday, September 7th, 2025

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エルコレ・ボット・ポアラさん

www.reda1865.com/

 

 

 

言葉のように語りかける服

 

「良い服とは、あなたの代わりに語ってくれるものです」

 

 そう穏やかなユーモアを交えて語ってくださったのは、イタリア・ビエラの老舗ミルReda(レダ)の5代目CEO、エルコレ氏です。スーツ姿は自然体でありながら、品格と温かみを感じさせます。

 

 スーツ産業の上流である生地づくりの世界に生まれ育ち、エルコレ氏にとって「服」と「人生」は切り離せないものでした。工場の空気や、糸や生地の感触は幼い頃から日常の一部でした。そのような環境で育ったからこそ、良い服とは単なる衣類ではなく、自分の哲学や誇り、感情までも映し出すものだと捉えているそうです。

 

 人生と服のつながりについて語るお姿からは、経営者としての確信と、父親としての温かさ、そしてご自身のスタイルへの誇りがにじんでいました。

 

 

レッドカーペットでネクタイなし、でもチーフは外さない ― それが私のスタイル:イベントの格式と夏の暑さのバランスを取った装いのエルコレ氏(写真左、マッシミリアーノ・ベネデッティ氏とともに)。柔らかさと敬意を兼ね備えたスタイル。

 

 

 

全方位のサステナビリティを目指して

 

 Redaは単なる生地メーカーではありません。環境や動物福祉にとどまらず、社員とその家族、地域社会、サプライヤー、顧客など、あらゆるステークホルダーに配慮した“真のサステナブル企業”を目指しています。

 

「持続可能性とは、一部の誰かにだけ優しいことではありません。顧客、社員、取引先、環境、そして企業経営においても、すべての側面で成り立っていなければならないのです」と語ります。

 

 

 

快適さよりも革新を選ぶ

 

 1865年創業、2025年に160周年を迎えるRedaは、伝統の象徴ともいえる存在です。しかし、エルコレ氏のお話を伺うと、その本質は「伝統に安住すること」ではなく、「革新を恐れず受け入れること」であると感じます。

 

 地元とのつながりを大切にしながらも変化し続ける精神。その象徴がReda Active(レダ・アクティブ)の誕生です。過去ではなく未来を見据える姿勢こそ、Redaの“真の伝統”なのだと実感します。

 

 

言葉と装い、伝統と革新を体現するリーダー:ダブルブレストスーツに身を包み、ビエラの伝統と現代的リーダーシップを融合。その姿は、語る言葉に説得力を与え、Redaの未来を体現。

 

 

 

Reda Active ― 危機から生まれた革新

 

 Redaのアイデンティティを語るうえで欠かせないもうひとつの要素が「革新性」です。伝統を守りながらも、Redaは現代のニーズに応える機能性素材の開発を積極的に行っており、その最たる例がReda Activeです。

 

 2009年の世界金融危機のさなか、エルコレ氏は「自分たちは本当に何者なのか」と改めて自問しました。ウールの専門家として、通気性・吸湿性・弾力性・温度調整といったウール本来の特性を見直し、合成繊維に代わるサステナブルな素材として再定義できる可能性に気づいたのです。こうして生まれたのが、スポーツやアクティブウェアの分野でも活躍できるテクニカルウールReda Activeでした。

 

「テクノロジーは服の着方や感じ方を変えるかもしれません。でも、ウールという素材が持つ力は変わりません」

 

 エルコレ氏の視点は、生地そのものにとどまらず、それを着る人の体験やライフスタイル全体にまで広がっています。

 

 

 

スーツを選ぶ、とても現実的な理由

 

「実は、少しお腹が出ていまして(笑)。Reda Activeのアクティブウェアも素晴らしいですが、仕事ではスーツの方がスマートに見えるんです。私にとって最も信頼できるスタイルですね」

 

 そう語りながら笑顔を見せるエルコレ氏。ダブルブレストスーツに、ノーブレイクのパンツ、ナローラペル、靴とベルトを揃えるのがご自身のスタイルとのこと。数え切れないほどの青系のスーツを所有されているというお話も、世界的なウールミルのトップにふさわしい逸話です。

 

 

敬意と自信を纏う ― 紳士の鎧としてのスーツ:「体型が気になるときほど、スーツを着ます」。スーツはシルエットだけでなく、思考までも引き締める“ユニフォーム”。場への敬意と、自分自身の表現への誇りを示すもの。

 

 

 

夏の終わりに恋しくなるネクタイ

 

 この夏はネクタイを締めず、カジュアルな装いで過ごされたというエルコレ氏。しかし、バカンスの終わりが近づくと、ネクタイを恋しく思うようになったとか。

 

「ニューヨークで素晴らしいネクタイを見つけて、つい買ってしまったんです。秋に締めるのがとても楽しみです」

 

 季節の移ろいとともに装いへの気分が変わっていく──そんな感覚を大切にする姿に、スタイルへの本能的な感受性を感じます。

 

 

秋が待ち遠しくなる、NY土産の一本:リネンとシルクの混紡ネクタイは、晩夏の暑さの中でも快適さとエレガンスを両立。素材選びへのこだわりが、心地よさと美しさを両立させる装いを可能に。

 

 

 

ドレスコードは「自分らしさ」

 

 ある夏の夕方、友人の娘さんの18歳の誕生日パーティに参加されたエルコレ氏。ほとんどのゲストがカジュアルな装いの中、白のウール×リネンのスーツを選ばれました。

 

「ビーチサイドの集まりで、皆さん裸足でアペリティーボを楽しんでいました。でも私はスーツを着ました。それが自分らしいと感じたからです」

 

 単にドレスコードに従うだけではなく、身体、気分、そして場の空気との調和を大切にする。その姿勢に、装うことの本質を見た気がします。

 

 

2025年7月、Milano UnicaのRedaブースにて:エルコレ氏、妻のルチア・ビアンキ・マイオッキさんと「今季の“マルーン”を軽やかに纏う」。フォーマルさとリラックス感を絶妙に両立。ネクタイなしでもダブルのシルエットが存在感を放ち、ノーブレイクのパンツとスニーカーが現代的で軽やかなエレガンスを演出。

 

 

 

娘さんとの朝の儀式

 

 特に印象的なお話として、娘さんが9歳の頃、毎朝ネクタイを選んでくれていたというエピソードがあります。

 

「正直、最初は色の組み合わせが少し大胆でしたが(笑)、どんなに大切なミーティングでも、彼女が選んだネクタイを締めて出かけました」

 

 良い服とは、外見だけでなく、その人の価値観、人間関係、生き方をも映し出すもの。このエピソードこそ、「Good Clothing Can Change Your Life」の本質を物語っているように感じます。

 

 

 

「敬意と誇り」としての服

 

「Redaの価値観の核は“敬意”にあります」

 

 エルコレ氏にとって、生地とは単なる製品ではなく、人と人との物語であり、羊飼いや仕入れ業者、テーラー、顧客とその家族まで、すべての関係が尊重されるべきだという考えです。

 

 その敬意は他者に向けられるだけでなく、自分自身の装いにも向けられます。

 

「人は誰しも、自分が幸せであること、うまくいっていることを装いで自然と伝えたいと思うものです。服は心の状態を映し出すものなのです」

 

 Redaが届けたいのは、そんな誇りや感情を映し出す生地。身体を包むだけでなく、心を支え、他者への敬意を静かに語る。そのことこそが、Redaの使命なのだと感じます。

 

 

 

ビエラの誇り、メイド・イン・イタリーの魂

 

 2025年、Redaは創業160周年を迎えます。本社工場があるビエラ地方は、仕上げ加工に最適な柔らかな水に恵まれた地域です。

 

「Redaの生地が柔らかいとされるのは、私たちが特別だったからではなく、水が特別だったからです。地理がこの産業を育ててくれたのです」と、誇りと謙虚さを滲ませながら語ってくださいました。自然、伝統、テクノロジー、人──それらの絶妙なバランスが、ビエラのウールを世界に知らしめたのです。

 

 現在、イタリアは世界有数の紳士服生産国となっていますが、その評判を支えているのは、Redaのように地に足のついた職人精神と、革新を恐れない企業だということが、今ほど明確になった時代はないでしょう。

 

 

 

 

スタイルとは、細部に宿る“バランス感覚”

 

 淡いライトグレーのスーツに、薄いブルーのネクタイとチーフを合わせたエルコレ氏。その装いは、清涼感と整った印象を同時に与えてくれます。穏やかな笑顔とリラックスした姿勢は「真のリーダーシップは、服装プロトコルを恐れたり理念を声高に主張するのなく、静かな自信を持って現れるもの」であることを、私たちに教えてくれているよう。

 

 環境に配慮され、地域とつながり、家族やチームと共有できる。そして、心と身体に寄り添う服。そうした服は、人生のあらゆる段階を支えてくれます。Redaを率いるエルコレ氏の、強さとやさしさを併せ持つ姿から、「服が人生を変える力」の本質と、その未来を改めて感じることができました。

 

 

Author: 北川美雪(きたがわ みゆき)

東京・銀座のテーラー「VESTA by John Ford」のゼネラルマネージャー。英語、イタリア語、フランス語に堪能、メンズファッションのエキスパートとして25年のキャリアを持つ。確かな素材選びとセンスの良い仕立てに定評があり、国内外のトップ経営者、政治家、各国の要人・大使らが顧客として名を連ねる。歴代の駐日イタリア大使にも絶賛された。ファッションに関する深い造詣を持ち、多くの雑誌などで記事を執筆している。好きな食べ物は「てっさ」である。https://johnford.co.jp/