【第13回】装いは、準備と敬意の証である
Thursday, April 30th, 2026
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株式会社ABABA
代表取締役社長 久保 駿貴さん
Suit — Authority, Quietly Worn
VESTA ヴェスタで仕立てた、Ermenegildo Zegnaのクインディチミルミルクインディチ(15milmil15)による濃紺のスリーピース。
この生地は、トリノサミットにおいてゼニア社が各国首脳に贈呈したことでも知られる、まさにエグゼクティブのためのファブリックです。
静かな光沢としなやかな落ち感が、過度な主張をすることなく、確かな存在感を形づくる。
それは「語るためのスーツ」ではなく、「伝わるためのスーツ」と言えるでしょう。
静かに設計された到達
学生時代から起業という道を選び、若くして多額の資本調達を達成し、(当時)最年少で日本経済団体連合会(経団連)に参加して事業を推進してきた久保駿貴氏。さらに、Forbes JAPANおよびForbes Asiaの「30 UNDER 30」に選出されるなど、その歩みは一見すると華やかな成果の連続にも映ります。
しかし、その軌跡を注意深く辿ると見えてくるのは、偶然や勢いではなく、徹底して設計された「準備」の積み重ねです。たとえキャリアの若い立場であっても、それを単なる属性に終わらせるのではなく、「どうあるべきか」を見据え、静かに整えていく。どの場に立ち、どのように見られるか。その一つひとつに対して丁寧に向き合い、必要な言葉や文脈、装いまでをあらかじめ用意しておく。その姿勢は、いわゆる根回しという言葉で片付けられるものではなく、相手と場に対する深い理解に基づいた戦略と言えるでしょう。
最年少という先陣が変えたもの
久保氏の経団連への参加は、DeNA代表取締役会長である南場智子氏とのご縁も背景にあり、制度と時代の変化が重なった結果でもありました。
興味深いのは、その参加が契機となり、これまで距離のあった若手ベンチャー経営者にも門戸が開かれていった点です。
「我々が入ったのをきっかけに、他のベンチャーの方々も参画しやすくなったと感じています。」
現在では同世代から「どうしたら経団連に入れるのか」といった相談も多いといいます。しかし彼は、単に自分が辿った道筋を紹介するのではなく、「その場にふさわしい在り方」を理解しているかを問います。
例えば、多くの経営者がスーツで臨む場において、あまりにカジュアルな装いで現れる若手に対しては、「声には出されずとも、そこには確実に評価の目が存在している」と静かに、どこか違和感を覚えるような面持ちで語ります。それは単なる個性の問題ではなく、その「場」への理解が足りていないのではないか、という問いかけです。
格式あるホテルで行われる経済系の授賞式の場に、企業ロゴが大きくプリントされたTシャツで参加する同世代の経営者を目にしたとき、どこか違和感を覚えることもあるといいます。
それは決して装いの優劣ではなく、その場が持つ文脈や空気に、どれだけ誠実に向き合っているか、の問題です。
ゴルフ場にドレスコードがあるように、場にはそれぞれの礼節がある。
その認識こそが、彼の判断の基準となっています。
Shoes — Respect in Detail
Santoniのイタリア製ブーツ。
大手総合商社の人事トップと対面する際、同社が扱う商品への敬意を込めて選ばれた一足。
端正なフォルムに、繊細なグレーのグラデーションで若々しさと品格を同時に感じさせる色調。重厚な場においても決して浮かず、それでいて静かに個性が光ります。
整えるという原体験
久保氏の在り方の根底には、「整える」という感覚が一貫して流れています。
その原点は、幼少期にあります。地元・兵庫県明石市で英語教室を営んでいたお母様から、「困っている人がいたら助けなさい」と繰り返し教えられて育ちました。
さらに、明石の江井ヶ島という地域コミュニティの影響も大きいものでした。幼稚園から中学校まで同じ仲間と時間を重ねる環境の中で、「周囲は本当にいい人ばかりでした」と語るその土地には、競争ではなく調和を重んじる倫理観が根付いていました。
見せるためではなく、相手のために服装を整えるという意識は、この時すでに芽生えていたといいます。「丸刈りの野球少年だったので、ファッションとかお洒落とは無縁でした」と笑います。
だからこそ、事業を立ち上げる際にも、彼はまず同業の先輩方に丁寧にご挨拶を行ったと言います。先人が築いた市場に敬意を払い、自らの立ち位置を整えてから踏み出す。その姿勢は戦略というよりも、むしろ実に久保氏らしい起業準備と言えるでしょう。
Suit — Authority, Quietly Worn
「触り心地も、着心地もとても気に入っていて愛用しています。大切な場面では必ず袖を通します」
この日は取材に合わせ、事前にクリーニングに出してくださっていたとのこと。
そうしたひと手間の積み重ねが、このスーツを単なる衣服ではなく、“鎧”としての存在へと静かに高めていくのだと感じさせられました。
一着から始まる変化
経団連に初めて参加した際、久保氏が身に纏っていたのは、大学入学に際して家族からプレゼントされたスーツでした。入学式から就職活動までを共にした一着で、最年少としてその場に立たれていたといいます。
転機は、ある経営者からの「もう少し良いスーツを仕立ててみてはどうか」という、愛ある助言でした。その言葉を素直に受け止め、すぐに実践に移す。その姿勢こそが、彼の本質です。これが、ヴェスタでスーツをオーダーするきっかけとなりました。
上質な一着を手に入れた後、今度は別の経営者からネクタイの結び方について指南を受ける機会を得ます。そこからVゾーンのアレンジ、ディンプルの作り方や靴選びまで研究し、装いを磨き続ける日々が始まりました。そして、その変化をその経営者へ日常的にテキストメッセージで報告しているそうです。その行為には、学びを自らのものとしていく誠実さが表れていると共に、メンターとの関係性をより強固にしていく、久保氏らしい誠実な人付き合いが垣間見えます。
経験者のアドバイスを素直に取り入れ、ほんの少し整えるだけで、見える景色は変わる。
その差は、装いだけにとどまらず、人間関係にまで影響する。意外なほど大きいのです。
Tie & Shirt — Youth with Intention
ブルーで統一されたネクタイとシャツ。
清潔感と若々しさを備えながらも、決して軽くならない絶妙なバランス。
場に対する緊張感を保ちつつ、自らの世代性を自然に表現する配色です。
準備は、偶然を設計する
かつて、ある大手総合商社の人事トップと面会した際、久保氏は先輩から「その企業が扱う商品を身に纏うのが、相手への礼儀だ」と助言を受けます。その言葉通り、当日は全身をその企業ゆかりのブランドで整え、場に臨みました。
同様に、日本を代表するトップリーダーとの初対面の機会においても、入念な準備がなされていました。動線、タイミング、会話の切り口——わずかな機会を手繰り寄せるための設計がそこにはありました。
たった数秒の対話のために、そこまで準備を重ねる。
それは偶然ではなく、意図された必然です。
装いとは、その準備を最も端的に伝える手段でもあります。
逆張りとしての正統
効率や“タイパ”が重視される現代において、久保氏の在り方は一見すると逆行しているようにも見えます。対面を重視し、時間をかけ、場に相応しい装いを整える。
その姿勢について尋ねると、彼は迷いなくこう答えました。
「確かにオンラインで済むことも多いですが、直接お会いできる機会があるのなら、僕は迷わず会いに行きたいんです」
その言葉には、静かでありながら揺るぎない意志が宿っています。
効率ではなく、相手との血の通った関係を優先する。そのための時間も手間も惜しまない。装いを整えることもまた、その延長線上にある自然な行為なのでしょう。
「自分としては、当たり前のことをしているだけなんです」と本人は控えめに語ります。しかし、その“当たり前”が少数派となった今、それは結果として際立つ強みへと変わります。
彼が率いる株式会社ABABAが全国3,000社以上との取引を築いている背景にも、この姿勢があるのだと感じさせられます。自ら足を運び、相手と向き合い、一つひとつ関係を積み重ねていく。その丁寧な歩みこそが、確かな実績へと結実しているのです。
伝統的な所作を守ることが、結果として新しさを帯びる。
その一見遠回りに見えるやり方こそが、久保氏の静かで揺るぎない芯の部分を形づくっています。
Bag — Discipline in Form
Giorgio Armaniのブリーフケース。
無駄を削ぎ落とした構築的なフォルムは、機能性と美意識の均衡を体現しています。
書類を運ぶための道具でありながら、同時にその人の仕事への姿勢を映し出す存在です。
プロセスが語るもの
彼の行動の根底にあるのは、一貫した思想です。
彼が率いる株式会社ABABAが掲げるのは、「就職活動のプロセスを可視化し、正当に評価する」という新たな仕組みです。
最終的な「内定」という結果でなく、そこに至るまでの意思や選択、すなわち過程にこそ価値が宿るという視点。
それは、彼自身の生き方そのものでもあります。
どの場に立つのか。誰に会うのか。そのために何を準備するのか。
一つひとつのプロセスを整えることで、結果は自然と導かれていく。
目に見える成果の背後には、必ず整えられた過程がある。
ビジネスのカジュアル化が進む現代において、あえて背筋を伸ばし、スーツを纏って人と向き合う。その選択は、同世代、あるいは効率を優先する社会の潮流とも一線を画すかもしれません。
しかしその姿は、どこか「鎧」を纏うように、自らの意思を整え、道を切り拓いていくものにも映ります。
その静かな確信が、久保氏の経営と装いの両方に通底しているように感じられます。
良い服は人生を変える
装いとは、何かを飾り立てるためのものではありません。
それは、その人がどれだけ相手と場に向き合い、準備を重ねてきたかを静かに映し出すものです。
良い服は人生を変える力を持ちます。
ただしそれは、派手さや注意を引くためだけのものではなく、すでに積み重ねてきた生き方を、静かに、そして確かに伝えるためのものなのです。
地元で育まれた価値観を大切にしながら、大都会の中で静かに、しかし確実に歩みを進めていく久保駿貴氏。その姿を拝見していると、ビジネスにおいては革新的なアイデアや市場を切り拓く力が求められる一方で、それと同じくらい、あるいはそれ以上に、人との向き合い方や礼節といった、普遍的な価値がいかに重要であるかを改めて感じさせられます。
新しさと伝統、その両方を自然に携えながら、丁寧に関係を築いていく。その在り方こそが、久保氏の真の強みであり、時代を越えて求められる資質なのではないでしょうか。
その静かな歩みに、これからどのような広がりが生まれていくのか。
その先を、頼もしく、そして楽しみに見つめています。
Author: 北川美雪(きたがわ みゆき)
東京・銀座のテーラー「VESTA by John Ford」のゼネラルマネージャー。英語、イタリア語、フランス語に堪能、メンズファッションのエキスパートとして25年のキャリアを持つ。確かな素材選びとセンスの良い仕立てに定評があり、国内外のトップ経営者、政治家、各国の要人・大使らが顧客として名を連ねる。歴代の駐日イタリア大使にも絶賛された。ファッションに関する深い造詣を持ち、多くの雑誌などで記事を執筆している。好きな食べ物は「てっさ」である。https://johnford.co.jp/


















