YORE STORIES
ジェットセットの飛行機雲
January 2026
貴族の末裔にして銀行家マウリツィオ・バッラッコ、ミレッラ・バッラッコと犬たち。ナポリの海を見下ろすバルコニーにて(1985年4月)。
2013年、私は『Swans(スワンズ)』という本を出版した。タイトルは、作家トルーマン・カポーティが愛したミッドセンチュリーの女性セレブリティたち、マレッラ・アニェッリ、リー・ラジヴィル、グロリア・ギネスらを指している。
この名前に聞き覚えがある人は、昨年放送されたドラマ『フュード/確執 カポーティ vs スワンたち』を観たのかもしれない。あの作品で彼女たちは、ニューヨークの〈ル・パヴィヨン〉や〈ラ・コート・バスク〉といった「ル」や「ラ」が冠されたレストランを舞台に、おしゃべりに興じ、ショッピングを楽しみ、ランチを重ねていた。スワンズは確かに美しく魅力的ではあったが、彼女たちはあくまでも、ある壮大なドラマに登場する一団に過ぎなかった。
そのドラマは、1950~70年代初頭、選ばれし数百人による、現代のオリンポス神話である。彼らは、まるで神々のように空を駆け巡った。馬車の代わりに銀色のジェット機に乗って、文字通り一般人のはるか上空を移動していたのだった。本を出した当時、彼ら彼女らが棲んでいた世界はすでに姿を消していたが、少なくとも執筆時においては、まだ彼らを直接知っている人々が生き残っていた。にもかかわらず、その世界はあまりに遠く思えた。まるでヴィクトリア朝時代の人々ように、はるか昔に感じられたのだった。
1950年代、時代は大きく、そして急速に変化していた。ハイソサエティは国境を越えてグローバルな存在となりつつあった。ゴシップ・コラムニストであり、社交界の花形でもあったエルザ・マクスウェルはこう言い表している。
「社交界的に言えば、これは宇宙時代ではなく、『スピード時代』なのよ」
このスピード時代の住人たちには、新たな呼び名が必要だった。かつてパリやニューヨークの上流階級を表すために使われていた「ル・グラタン」や「フォーハンドレッド」、「カフェ・ソサエティ」という呼称は古臭く感じられていた。
「彼ら新しい富裕層のことを、何と呼んだらいいだろう? 古さと新しさ、品位と遊び心、現代的なグラマラスさと伝統的なエレガンスを併せ持っている人々のことを……」
そう思索したのは、ソーシャライトから新聞コラムニストに転身したギギ・カッシーニである。
「あれこれ考えた末、私はついに完璧なひと言を見つけた。それは『ジェットセット』という言葉だった。テクノロジーの進歩によって50年代に新たに生まれたスタイルを表現するには、それ以外にふさわしい名前はなかった」とカッシーニは回想録の中で記している。
「当時、ジェット機はそれ自体がグラマラスな存在で、世界中を駆け抜けるそのスピード感は、贅沢と力の象徴であった。コストの高さがそのまま排他的な特権を意味し、VIPラウンジで友人と偶然再会するという、思いがけない喜びさえも味わわせてくれたのだ」
アカプルコでの長い昼食会に招かれたゲストたち(左から右へ)は、俳優ダグラス・フェアバンクス・ジュニア、デザイナーのオスカー・デ・ラ・レンタ、その背後に立つエミリオ・プッチ。
著者が確認した限り、「ジェットセット」という言葉が最も早く使われたのは1949年のことだった。これは、1952年に初の商業飛行を行ったものの、事故の連続によって運航停止となった不運のジェット機コメット号よりも数年も前のことである。この新語が先取り的に使われていた事実は、「ジェット」という言葉が当時いかに強力なイメージを人々に与えていたかを物語っている。
ジェットセットにとって大事なのは、移動距離ではなく、スピードだった。当時のソーシャライトたちは、世界を股にかけて飛び回る存在となっていた。
戦争や革命によって没落しつつあった旧来の貴族階級は、新たな階層の出現を目の当たりにすることになる。産業界の大物、石油王、映画スター、そして単に「ビューティフル・ピープル」や「ハッピー・フュー(選ばれし少数)」と呼ばれる者たちであった。
ジェット機で空を飛ぶことは、まるで新たに生まれ変わるような体験だった。単なる速さだけではなく、スタイル、特権、そして新しい興奮をもたらした。ジェット機は、テレビやピル(経口避妊薬)と同じくらいに社会を変革する力を持っていた。現在ではジェットセットという言葉は使い古され、輝きを失ってしまったが、かつてそれが生まれたばかりの頃は、世界を再発見するという陶酔感に満ちたきらめきを放っていた。大戦後に生まれた新世界そのものを象徴していたといってもよいだろう。







