VITALE BARBERIS CANONICO
ビエッラ本社と生地展“ミラノウニカ”を訪ねて知ったVITALE BARBERIS CANONICOの真価
October 2025
photography mitsuya t-max sada
景観を損ねず周囲の自然に溶け込むように設けられた、VBCが誇る水の浄化処理場。
アルプスの清冽な水と緑豊かな大地に育まれたビエッラは、何世紀にもわたって「ウールの聖地」として讃えられてきた。1663年に創業し、原毛の買付、コーミング、紡績、染色、製織、仕上げに至る全工程を自社で担う一貫生産体制を築き上げたヴィターレ・バルベリス・カノニコ(以下VBC)は、まさにウール産業の聖地ビエッラの歴史を体現する存在である。
今夏、久しぶりにビエッラ県プラトリヴェーロのVBC本社を訪ねる機会を得た。前回の訪問から8年。あれからVBCは、一体どのような進化を遂げたのか?
最初に見学したのは、水の処理プラントだ。ミルは生地を生産する際に膨大な量の水を使用するが、VBCでは使用後の水はすべて自社敷地内の処理プラントへと集められる。その水は沈殿や生物処理、濾過など5つの槽を経て、飲料水に近い水準まで浄化されて川へ戻される。2023年、VBCを象徴するこの浄化システムに新たな濾過設備が拡充され、処理精度と効率が大幅に向上したという。今日、浄化した水の36%は再び工場で利用され、残りの64%を川に戻しているそうだ。ビエッラの美しい水とは運命共同体ともいえるVBCにとって、このことは環境保全への取り組み以上に彼らのDNA的なものを物語っている。また、本社屋には新たに太陽光発電が導入され、今年もふたつ目の発電所が稼働したばかりだ。
ビエッラ本社の内部を切り取った写真群の中でまず目を奪われるのは、天井までびっしりと積み上げられた反物の壮大な倉庫風景だ。無数の反物が整然と積み上がる巨大な倉庫は圧倒的なスケールを誇る。自動搬送システムが効率的に資材を運ぶ、最新の管理体制を敷いている。
整理加工の現場には重厚な機械群が並び、生地が段階的に姿を変えていく過程を映し出す。だが技術革新の背後には必ず職人の目と手があり、メンディングの工程では、検反台で生地を一枚ずつ丹念にチェックし、修繕する姿がその象徴だ。壮観なのは、書庫を思わせるアーカイブルームに積み重ねられた生地ブックである。そこは歴史と知識、試行錯誤の積層が眠り、未来へ向けた創造の源泉だ。テクノロジーと伝統の融合、効率と情熱の共存。その両輪こそが360年以上ものあいだウール産業の中心に立ち続けるVBCの真価である。
最新の設備を導入し、オートメーション化を推し進めて24時間稼働のファクトリーの中に入って気づいたのは、すべての織機が防音カバーで覆われ、通常のミルでは工場内に響き渡る激しい騒音が大幅に軽減されていることだ。これは1970年代から実施されている生産現場の大きな環境改善である。働く人々の快適さを高めることが、結果として製品の品質の安定に繋がるというのがVBCの考えである。
技術が大幅に進歩した工程としてあげられるのが、フィニッシングだ。生地の風合いを決定づける非常に重要な工程であるが、ここでは新たな設備投資が積極的にされており、日々の研究、テクノロジーの進化により、これまで不可能だったさまざまな新しい仕上げ、整理加工が可能になったという。それにより、VBCの生地コレクションの表現力はさらに上の次元へと高まったのだ。定番ファブリックの風合いも、これによってアップデートされているわけである。そして、VBC本社といえば、アーカイブルームである。壮大な書架には2,000冊を超えるブックが保管されている(最古のものは1846年)。ここはVBCが歩んできた歴史が凝縮され、未来を創造するアイデアを生み出す場でもある。新しいクリエイションの源泉が、無限に、堂々と眠っているのだ。
そんなVBCがシーズンの新作を世界へ発信する舞台が、年2回ミラノで開催される国際テキスタイル見本市「ミラノウニカ」だ。ここにはイタリアをはじめ、世界中の有力ミルやマーチャントが集い、最新コレクションを披露する。2025年7月の開催では、2026-2027年秋冬向けの新作を発表。VBCのブースも多くの来場者で賑わい、注目度の高さを印象づけていた。会場には、VBCファミリー13代目の一員であるフランチェスコ・バルベリス・カノニコ氏の姿もあった。「VBCの未来のためには、若い世代への認知を広げることが大切」と語る氏は、専属サルトに加え、ミラノの一流サルトリアやサヴィル・ロウでも服を仕立て、常に控えめでエレガントな装いを見せる業界でも知られたウェルドレッサーだ。生地はもちろんVBCで、来場者の視線は新作コレクションのみならず、氏の装いにも向けられていた。
Francesco Barberis Canonico
フランチェスコ・バルベリス・カノニコVBC創業ファミリー13世代目の一員であるPRディレクター。VBC傘下の名門マーチャント「ドラッパーズ」のCEOも担う。ロンドンでのビジネス教育を経て1998年から工場に入り、2010年からブランド表現と戦略の中心を担っている。サルトリア文化を愛し、ブレザーはお抱えサルト、94歳のジョヴァンニ・バルベリス・オルガニスタが仕立てたもの。
左:ミラノウニカで大々的に打ち出していた「イントレピッド」のスーパー150‘sフランネル。右:「オーバーコートシリーズ」のムリネ効果のカバートクロス。890g/m。玄人好みの生地を出してくるあたりが、さすが!
スーパー150’sの「イントレピッド」。経糸はダブルツイスト、緯糸はシングルで、流動的で滑らかな手触り。プレーンタイプは3日で納品可。
今回は、新たにVBCに加わった、テキスタイル界の大御所スタイルディレクターによる初コレクションのお披露目の場でもあった。スーパー150’sウールの「Intrepid(イントレピッド)」では、フランネルやカシミア混ウール、超軽量のマイクロメンブレンを挟み込んだシリーズもラインナップ。伝統的なツイードを軽やかに再現したジャケット地「Tweedly(ツイードリー)」、ムリネ効果のカバートクロスや極上の手触りヘビービーバーを揃えた「Overcoats(オーバーコート)」、最上質のウールでデニムを再構築した「DenimStories(デニムストーリーズ)」など、さまざまな生地を打ち出していた。
「名門VBCの一員として仕事をできることを誇りに思います。糸から仕上げまで一貫して手がけ、最高の設備を備えたVBCでは、創造の可能性は無限です。ブランドの財産であるアーカイブルームから、私もさまざまなインスピレーションを得ることができました」と新スタイルディレクター。どのシリーズも、変化の付け方が絶妙だ。絶妙な塩梅で、新しさを突いている。やはり、VBCはビエッラの王国だ!
ニューススタンドをイメージしたブースで世界観を構築し、『THE VBC HRONICLE』という新聞風リーフレットを用意。
左:センスのよい柄が揃う「ツイードリー」シリーズは、ツイードエフェクトのウール地。伝統的なルックスだが、雰囲気はモダン。右:ミラノウニカの目玉のひとつでもあった「ザ・サクソン・クラブ」。オーストラリア・メリノ種の祖先にあたる羊の毛を使用し、より密でふっくらした質感を備える。ヴィンテージ調の柄のセンスが抜群だ。
ファンシーパターンの「イントレピッド」。
ウール素材で表現した「デニム ストーリーズ」。服に仕立てて展示していると、生地の素晴らしさが解像度が高まって見えてくる。
ブースは錚々たる顔ぶれの来客で常に賑わう。鴨志田康人氏も!







