THE VINE OF BEAUTY

ロスチャイルド家とワイン

September 2024

ロスチャイルド家は、過去200年以上にわたりワインを造り続け、現在の高い地位に上りつめた。その壮大なセラーの中から最高の1本を選ぶのは至難の業だろう……。
text georgie fenn

シャトー・ラフィット・ロートシルトのワインセラーに眠る古い宝物。

 私は自営業者であり、ワイン愛好家なのだが、実を言うと、よく寝室で仕事をしている。そして、そういう人物は私だけではないらしい。今は亡きかのフィリップ・ド・ロスチャイルド男爵が、1978年にロバート・モンダヴィと共同でワインを造る約束をしたのも寝室だったそうだ。このコラボレーションによって生まれたのが、現在カリフォルニアのナパ・ヴァレーで造られているオーパス・ワンである。

 ワインとロスチャイルド家の話になると、その莫大な財産にはいつも驚かされる。ロスチャイルド家の3社が所有するエステートは26、ワインの種類は132にも上る。直近では2024年1月、ウェブメディア『VinePair』が、「名高い第一級ボルドーであるシャトー・ラフィット・ロートシルトを擁するドメーヌ・バロン・ド・ロートシルト・ラフィットは、シャブリの生産者であるドメーヌ・ウィリアム・フェーヴルを買収した。買収価格は非公開である」と報じた。これはロスチャイルド家にとって初のブルゴーニュへの進出であり、ウィリアム・フェーヴルにとっては最高のシャルドネを造る素晴らしいチャンスとなった。

 ボルドーにはロスチャイルド家の名が深く根付いているが、これを維持するのは簡単なことではない。シャトー・ムートンに栄華をもたらしたのがロスチャイルド家だというのはかなり有名な話だろう。シャトー・ムートンは1853年にナタニエル・ド・ロスチャイルド男爵が購入した。1945年にロスチャイルド家が毎年行うラベル作成を現代美術家に依頼すると決めたことで、その独自性とコレクション性が高まり、他のワインとは一線を画す存在となった。

 最新の2021年のラベルデザインは、日本人アーティスト塩田千春氏によるもので、「Universe of Mouton(ムートンの宇宙)」というタイトルが付けられている。シャトー・ラフィットは、1868年にジェームス・マイエール・ド・ロスチャイルド男爵が購入した。これらは現在に至るまで世界有数のワインとして人気を博しており、シャトー・ムートンの成功を受けて、フィリップ・ド・ロスチャイルド男爵がポイヤックにある近隣のシャトー・クレール・ミロンとシャトー・ダルマイヤックの購入に至ったことは間違いないだろう。

 ちなみにベリー・ブラザーズ&ラッドでの2000年のシャトー・クレール・ミロンの価格は、1ケース(12本)1,800ポンド(保税価格)で、同年のシャトー・ムートン・ロートシルトは1本2,400ポンドほどする。(※価格はいずれも2024年4月現在)

フィリップ・ド・ロスチャイルド男爵(1929年)。文筆家にして映画プロデューサー、ワイン醸造家であり、さらにはカーレースで優勝したこともある。

ジェームス・ド・ロスチャイルド男爵と妻のイヴェット・ショケ。2人の結婚式後にパリのレストランにて(1966年10月)。

 ロスチャイルド家の他の会社についても見てみよう。ロスチャイルド家として三つ目の会社であるバロン・エドモン・ド・ロートシルトは、1970年代にシャトー・クラークを購入し、現在、リストラック・メドック、ピュイスガン・サン・テミリオン、アルゼンチン、ニュージーランド、南アフリカでワインを生産している。新作は、シャトー・ルービンヌとのコラボレーションによりプロヴァンスで造られたロゼである。そのほか、ロスチャイルド家3社による合弁会社であるシャンパーニュ・バロン・ド・ロートシルトがある。

 1920年代初頭、フィリップ・ド・ロスチャイルド男爵は、21歳の若さでシャトー・ムートン・ロートシルトを引き継ぎ、初めてボルドーを訪れた。フィリップは一目でこの土地と人を気に入ったといわれている。そして、ムートンを他にはない格別なワインにすべく立ち上がった彼は改革を進め、それまでの限界を超えていった。例えば、ボルドーで初めて、シャトーでボトル詰めを行い、ワインの品質を保証できるようにした。この方法は、当時物議を醸したのが奇妙に思えるほど、瞬く間に一流エステートで推奨される方法となった。現在では、この方法が一般的となり、マーケティングにも一役買っている。

 1952年になると、フィリップ・ド・ロスチャイルド男爵は、シャトー・ムートン・ロートシルトが1855年に逃したメドック格付け第一級への昇格を目指し、長い戦いに足を踏み入れた。そして1973年6月23日、ムートンはついに昇格を果たし、ラフィット・ロートシルト、マルゴー、オー・ブリオン、ラトゥールと並ぶ第一級ボルドーとなった。

 1975年にはエリック男爵がシャトー・ラフィット・ロートシルトを引き継ぎ、その後40年をかけてその地位を高めていった。現在では、フィリップ・セレイス・ド・ロスチャイルドが、姉と弟とともにシャトー・ムートン・ロートシルトを運営している。すぐ近くにあるシャトー・ラフィット・ロートシルトでは、サスキア・ド・ロスチャイルドがブドウ園をリジェネラティブ農業(環境再生型農業)による(1945年以前の)伝統的手法に戻すという静かな革命に着手している。

左からコリス・カントン、アルマン・フェルナンデス、アンジェリカ・ヒューストン、フィリピーヌ・ド・ロスチャイルド男爵夫人。シャトー・ムートン・ロートシルトのワインラベル展開催を祝うワシントンでのパーティにて(1984年)。

2015年のシャトー・ムートン・ロートシルトのボトル。ラベルのデザインはドイツの画家ゲルハルト・リヒター氏によるもの。

“手頃”で美味しいラングドックワイン 私のお気に入りをひとつ挙げるなら、より手に入りやすく親しみの持てるラングドックのドメーヌ・ド・バロナークだろう。このドメーヌは、カミーユ・セレイス・ド・ロスチャイルド、フィリップ・セレイス・ド・ロスチャイルド、そしてジュリアン・ド・ボーマルシェ・ド・ロスチャイルドが所有している。1998年にロスチャイルド家の輝かしいラインナップに加わった最も新しい生産者だ。

 私がこのワインを初めて飲んだのはラングドックを旅行したときで、あまりのクオリティの高さに衝撃を受けた。ラングドックは興味深い地域だ。長い間、ここのワインは「手頃」だと考えられてきたが、それはこの土地がブドウの栽培に非常に適しており、どこよりも大量に頻繁にワインを生産できるためだった。ロスチャイルド家のワイン造りに対する生真面目さが、ラングドックで素晴らしいものを生み出さないわけがない。彼らは、メルロー、カベルネ・フラン、カルベネ・ソーヴィニヨンなどのボルドーの品種と、シラーやマルベック(ラングドックでは「コット」と呼ばれることもある)などの地中海の品種をブレンドして上質な赤ワインを製造している。白ワインはすべてシャルドネから造られている。

エリック・ド・ロスチャイルド男爵。シャトー・ラフィット・ロートシルトのセラーにて。

数えきれないほどある偉大なヴィンテージ ロスチャイルド家が一番得意とするのは、ボルドーのヴァラエタルワイン(単一品種のブドウで造られるワイン)で、ボルドーで造っているものもあれば、遠く離れたナパ・ヴァレーでコンステレーション・ブランズ(ロバート・モンダヴィを買収)と提携して造っているオーパス・ワンなどもある。これらは、カベルネ・ソーヴィニヨンやカベルネ・フラン、メルローなどで造られる。

 いずれも優れたワインであり、この中から一番を選ぶのは不可能に近い。ロスチャイルド男爵の邸宅であったワデスドンマナーのワインセラーを担当するソフィー・ヘドリー氏は、「トップクラスのワインといっても、挙げればきりがありません。1945年はいろいろな意味で特別な年で、優れたボルドーが造られました。1946年もそうでした。1959年は今なお非常に優れた年に数えられます。現在でも、それより40年も若いワインと同じくらいフレッシュでみずみずしいワインです。1961年と1982年はコレクターに人気があります。1986年と1996年はまだヴィンテージとしては若いですが、非常に繊細かつ力強いワインです。さらに最近では、2020年、そして2022年のワインはかなりユニークなものです」

 バッキンガムシャーのワデスドンマナーのセラーには、1870年代のラフィットやムートンのヴィンテージもあり、シャトー外における私設コレクションとしては最大だ。ゲードハウス・ワデスドン(2023年11月にゲードハウスとワデスドンが合併)の販売用のセラーには、1986年からのヴィンテージがある。

エドモン・ド・ロスチャイルド男爵の妻、ナディーヌ・ド・ロスチャイルド。シャトー・クラークのブドウ園にて。エドモン男爵は、長い間放棄されていたシャトー・クラークを1973年に購入、1978年に初のボトル詰めのヴィンテージを製造した。

エドモン・ド・ロスチャイルド男爵。シャトー・ラフィット・ロートシルトのワインセラーにて(1991年)。

ワインもサステナブルの時代へ このように歴史と伝統があるロスチャイルド家だが、それだけにとどまらず、時代の流れにも敏感で、持続可能なワイン造りにも力を入れている。多くのブドウ園や他の農園と同じように、20世紀にはロスチャイルド家のビジネスやブドウ栽培にも近代的な農業のやり方が導入された。噴霧器が多用されるようになり、区画を広げるために生け垣が取り払われ、ワイナリーの技術も一部近代化された。しかし、英国の農業にも見られるように、ここ10年以上は、19世紀の農法に立ち返ろうという大きな動きが起こっている。生け垣を復活させることで生物多様性を促し、ブドウ園に木を植えることで木陰をつくり、さまざまな種類のカバークロップ(被覆作物)を育てることで野生生物を増やしている。「ある意味、21世紀は発展しているので、多くのシャトーが容易に100年前の技術に立ち返ることができるのです」とヘドリー氏は言う。

「収穫量は減るかもしれませんが、環境のことを考えてブドウ園を管理するのが正しいことであるのは間違いありません」

THE RAKE JAPAN EDITION issue 59