THE FABRIC OF OUR LIVES

ボブ・ディラン、その人生を彩るスタイル

April 2026

ボブ・ディランは音楽と同じように、ファッションにおいても幾度となく自己を刷新してきた。65年にわたり、彼は常に時代と共鳴し、リスペクトを集め続けてきた。
text james medd

Bob Dylan / ボブ・ディラン1941年、米国ミネソタ州生まれ。1960年代、『風に吹かれて』でフォークの旗手として登場し、その後の「エレキ化」によってロック史に決定的な影響を与えた。以降もカントリー、ゴスペル、ブルースなど幅広いジャンルを取り込み独自の音楽世界を築き上げた。グラミー賞、アカデミー賞をはじめ数多くの栄誉を受け、2008年にはピューリッツァー賞特別賞、2016年にはノーベル文学賞を受賞した。

 ボブ・ディランの伝記映画『名もなき者/A Complete Unknown』(2024年)は多くの点で成功を収めた。最も優れていたのはそのタイトルだ。この言葉はディランの1965年の楽曲『ライク・ア・ローリング・ストーン』に由来するが、同時に作詞者であるディラン自身を的確に言い表している。どれほど熱心に追いかけても、ディランはつかみどころのない存在のままだ。

 もどかしく、挑発的でありながら、最終的には見事なまでに謎めいている。2020年に彼自身が歌ったように、彼は「無数のものを内包している」。それこそが彼の最大の魅力であり、どれほど汲み尽くそうとしても、尽きることのない泉なのだ。その特質―「ミスティーク(神秘性)」―はポピュラー音楽に欠かせない三大要素のひとつであり、ディランは65年にわたりそれを保ち続けてきた。残るふたつは「タレント」と「ショーマンシップ」で、彼はその両方も豊かに備えている。

 彼の才能は、シェイクスピア以来の言葉の使い手と言われるほどの歌詞を書き、それを何世代も前から歌い継がれてきたかのような旋律にのせることにある。彼のショーマンシップはあまり称賛されないが、同じくらいすばらしい。それは単に演奏する能力ではなく、その表現力そのものにある。

 彼の声はロックの中で最も親密に響くものだ。まる親友に話すように、聴き手に直接語りかける。政治や愛、神や死、苛立ち、終末的な幻視、与太話、あるいは昨夜見た夢など―どんな題材であろうとも。

アメリカ、マサチューセッツ州でクルマの上でカメラを構えるディラン(1964年)。

 ディランはロック時代における最も影響力のある存在であり、同時に誰よりもクールな男だった。彼にとって「イメージ」は決定的に重要であり、その規範はフォークの吟遊詩人ウディ・ガスリーや、銀幕の反逆児ジェームズ・ディーンからとられた。彼のソングライティングが異なる要素を自在に結びつけ、新たな音楽を生み出したように、そのスタイルもまた多様な文化から引用されたものだった。人を黙らせるほどのカリスマ性を備えていた彼は、ロックスターとは何か、ということを自らの姿で示したのである。

 1961年、ミネソタからニューヨークにやってきた彼は、フォーク音楽のリバイバルが盛り上がる只中に現れた。そしてすぐに物真似ではなく、本物であることを証明してみせた。わずか5年で彼は、フォークとロックンロールを融合させ、ザ・ビートルズを含むあらゆるアーティストに影響を与えたのだ。

 彼の進化は驚異的だった。3枚のアコースティック作品を経た後はブルースに傾倒し、エレキギターを受け入れ、さらに3枚のアルバムを発表してすべてを塗り替えた。『風に吹かれて』(1963年)や『時代は変わる』(1964年)で見られた真面目な活動家を経て、そこに現れたのは遥かに多面的なディランだった。

 鋭いコメンテーターであり、ユーモラスな語り手であり、挑発者であり、抒情的な恋人であり、社会風刺家であり、神秘的な詩人であり、そして自らのインスピレーションと欲望を冷徹に追いかける表現者―つまり、ひとりのアーティストであった。

ボブ・ディランが妻サラとともに英国ヒースロー空港に到着したところ。

 彼に並ぶことができたのは、ジョン・レノンとポール・マッカートニーだけだった。キャバレー歌手からソウルスターまでが彼の楽曲を歌い、彼の無数の信奉者たちが、彼をなぞることでジャンルそのものを築き上げていったのである。同じくらい強い影響力を持っていたのが彼のファッションだ。1960年代初頭、ディランは短髪にワークシャツ、スエードジャケットという田舎のフォークシンガー風の装いで、それに都会的なひねりを加えていた。そのスタイルは今なお支持され続けており、『フリーホイーリン・ボブ・ディラン』(1963年)のジャケット写真は、2020年代に「ボブ・ディラン・コア」と呼ばれる流行を生んだほどだ。

 だが1965年には、彼は完全に姿を変え、ビートルズが体現したカーナビー・ストリートのシックをさらに増幅させ、決定的なロックスター像をつくり上げた。ドキュメンタリー映画『ドント・ルック・バック』(1967年)に記録されているように、それはモッズとボヘミアンの中間点だった。チェルシーブーツに細身のトラウザーズ、仕立てのいいレザージャケット、無造作なカーリーヘア、差し色となるポルカドットやボーダーのシャツ、そして四六時中かけている黒いウェイファーラー。そこにアンフェタミン由来の神経質な動き、チェーンスモーキング、そして皮肉そうな笑顔が加わり、「知的であることはクールである」ということを示したのである。

 そのスタイルはルー・リードやジム・モリソン、ニック・ケイヴ、ザ・ストロークス、さらにはアークティック・モンキーズに至るまで、後のロックミュージシャンの手本となった。

THE RAKE JAPAN EDITION issue 67

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