SMOKE TRAIL
笑わせ続けた100年、ジョージ・バーンズの幸せな人生
January 2026
フランク・シナトラ、ナンシー・レーガン、ロナルド・レーガンと。
バーンズ2.0の頂点となったのは、1975年の映画『サンシャイン・ボーイズ』でのアカデミー助演男優賞受賞だった。当初その役を演じる予定だったのは、バーンズの旧友ジャック・ベニー。彼が撮影開始直前に膵臓がんで死去したため、バーンズが演じることになったのだ。
気難しい元ヴォードヴィル芸人という役どころを演じるのは、バーンズにとって大きな挑戦ではなかったが、1939年の『ホノルル』以来36年ぶり、80歳での映画出演であった。受賞スピーチでは「36年に1本のペースで映画を作り続けることにした」と冗談を飛ばしたが、次作は2年後、1977年に『オー!ゴッド!』で神様役を演じることになった。
「神を演じて何が悪い?この年でやることは何だって奇跡だよ」
なにしろ彼は、その数年前に心臓発作で救急搬送され、当時世界最高齢で3枝の冠動脈バイパス手術を受けて無事に生還したばかりだったのだ。その後は三度目となる全盛期が訪れた。アルバムを制作し(『I Wish I Was Eighteen Again』を歌い人気を博す)、シーザーズ・パレスでの公演を行い(週30万ドルの契約)、書籍『Dr. Burns’ Prescription for Happiness』がベストセラーとなった。彼はキャデラック・セビルで街中を走り回り、若い女性たちを伴ってサイン会やイベントに現れた。
「杖よりずっといいだろ。同い年の女と付き合いたいけど、もういないんだ」
パートナーでテキサス社交界の花であるキャシー・カーとともに、ロサンゼルスで。
バーンズの身体は徐々に衰えていったが、頭はキレッキレに鋭く、舞台には必ずサイ・デボア製のタキシードを着て立ち、ついに100歳という節目を乗り越えた。そして100年と49日で、心不全のため亡くなった。アレンが眠る墓の隣に「グレイシー・アレンとジョージ・バーンズ―再び一緒に」と刻まれ、葬られた。
バーンズはいつもアレンの名を先に掲げたかった。だが、彼の長寿には否定しようのない利点があった。晩年のインタビューで、「ヒルクレストのコメディ仲間たち―ベニーやマルクス、ジョルソンが恋しくならないか」と訊かれたとき、彼はこう答えた。
「もちろん恋しいよ。もう自分しか残ってないんだからね」
そして一瞬考え込んだ後、プロフェッショナルなひと言を付け加えた。
「ってことは、私がラウンドテーブルで一番面白い奴ってことになるな」
1986年、90歳の誕生日祝賀会。







