SEAMLESS
二人の名匠、ひとつの5ピース
April 2026
photography kim lang
Tom Chamberlin / トム・チェンバレンロンドンに編集部を構える『THE RAKE』インターナショナル版の編集長。サヴィル・ロウのテーラリングを軸に紳士服を取材・編集し、著書に『Huntsman: Redefining Savile Row』がある。ポッドキャスト『The Luxury Dispatch』を主宰している。
本写真:ケント&ヘイストの店先に立つトム・チェンバレン氏。5ピースのうち、街でも着られる2ピースを着用。シューティングのランチョンにも、街にも通用する。
コミックやファンタジーには、よくできた「型」がある。ふたりの主人公が最初は別々に戦い、やがて同盟を結び、最後に一気に力を増幅させるという筋だ。なぜ人はその展開に惹かれるのか。答えは単純である。強い者が強い者と結ばれ、さらに強くなる瞬間には、抗いがたい快感がある。いま、同じ種類の出来事がテーラリングの世界で起きている。
テリー・ヘイストについて語り始めると、歯止めが利かない。彼は天才である。店は注文品で溢れ、テーブルの上にも、洋服を掛けるクロージングレールにも、フィッティングを待つ服が層をなして積み上がっている。単に忙しいのではない。現場全体が勢いを帯び、仕事が仕事を呼んでいる。彼を知る人なら、この高揚が誇張ではないと分かるだろう。
この物語を決定づけるもうひとりが、元ハンツマンのカッター、ダリオ・カルネラだ。私は彼に2着仕立ててもらったことがある。仕上がりのよさは当然として、印象的なのは仕事の運びそのものだ。工程が完成に向かって無駄なく積み上がり、判断に迷いがない。控えめでありながら服には揺るぎない自信が漲っている。サヴィル・ロウの頂点級の実力者であることは、服より先にプロセスが証明してしまう。だから、テリーとダリオが手を組んだと知ったとき、素直に嬉しかった。テリーはハンツマンでキャリアを築き、ダリオはその中心地を離れて別の舞台に立った。方向性は違っても、どちらも一級で、到達点は同じである。私がその連携を実感したのは、ふたりと仕事を始めてから1年ほど経った頃だった。
そして今回、その連携を最も分かりやすい形で見せたのが「5ピース」の注文である。正直に言えば少し大げさかもしれない。シューティング(狩猟)の装いは通常、ジャケットとベスト、あるいはブレックスまで揃えれば十分に成立する。だが私は、週末のシューティングに必要な装いを一気に完成させたかった。関わるのはテリーとダリオだけではない。テリーが育て、いま伸び盛りの若いカッターふたり、スヤンバ・クマラセンとモリー・フレスク=マクラーレンも加える。手の痕跡がそのまま残る形で、チームの仕事をひとつの体系として見せたかった。結果として、撮影の狙いはきれいに着地した。
シューティングの装いは、英国的である以前に、徹底して合理的である。服は現場で動きやすく、寒さや雨をしのぎ、一日を過ごすためのツールだ。基本のドレスコードは、ブレックス、ホーソンソックス、ガーター、シャツ。ここでいうブレックスは、膝下で止まる短めのパンツで、脚さばきを確保しつつ、ソックスとガーターで防寒と実用性を両立させる伝統的なピースである。シューティングウエストコートやフィールドジャケットも重要な要素になる。
そして何より重要なのが「ランチョン」だ。これは昼食そのものというより、屋外と室内を行き来するシューティングの一日の中で「室内に上がる時間帯」と「その場にふさわしい装い」をまとめて指す言葉だと思えばよい。たとえばヨークシャーのコンスタブル・バートン・ホールのように、世界屈指のシュートの場にいるとしよう。濡れて泥だらけのツイードで、ロバート・ギロウの美しい家具に近づくわけにはいかない。着替えが必要になる。だからシューティング用の装いと並行して、室内や街でも成立するツーピースも用意することになる。今回のコミッションの狙いは明確だ。ひとつの生地で、週末のシューティングに必要なすべてを作る。機能として成立し、同時に見た目としても成立する。要するに、成功する週末のための服である。
生地選びが全体を左右する。テリーは数年前から自分たちのハウスツイードを展開し、現在は5つの柄を揃えている。ラヴァット・ミルの生地で、3つはロッホのバスケットウィーブ。色はブルー、タバコ、そしてチャコールである。私たちが選んだのはチャコールだった。荒い石や苔の色が混じるスコットランドの景色を思わせる、いわゆるエステートツイードの気配があり、同時に黒白のグレンチェックも連想させる。何より、この色はカントリーだけでなく街にも繋がる。

ラヴァット・ミルのチャコール・ハウスツイード(16オンス)を裁断台へ。型紙、チョーク、刃。ベローズポケットや肩ヨークなどのディテールは、動きと天候に耐えるための設計。同じ生地から週末の一式を立ち上げる。
まず選んだのはブレックスである。いわゆる「プラス2」「プラス4」とは、膝位置から裾がどれだけ長いかを示す呼び名で、2は約2インチ、4は約4インチの目安だ。ただしここで厳密な分類にこだわる必要はない。要は、裾の長さを必要以上に誇張せず、脚さばきとバランスを取るということだ。仕様はハイライズ、フィッシュテールのバック、ダブルのフォワードプリーツ、ダブルボタンのウエストバンド。
スヤンバはネルー・カラーのシューティングウエストコートをカットした。ハンドウォーミングポケット、カートリッジ用のベローズポケット、背中のハーフベルト。さらにベルト裏と肩にダーツを入れて形を作る。ベストは動きやすさという点で、フィールドジャケットより有利な局面がある。特にシーズン初め、冬本番の前には頼れる存在だ。
そしてダリオはノーフォークジャケットを仕立てた。ノーフォークは狩猟由来の伝統的なジャケットで、縦のストラップと水平のベルト状ディテールで全体をまとめ、動きの中でも形が崩れにくい設計を持つ。縦に走る象徴的なストラップと、ベルトのように全体をまとめる水平ストラップ。肩のヨークは雨を少しはじき、見た目も整えるパーツである。ポケットフラップと同じ角度で作られているため、細部がバラバラにならず、全体がひとつの設計としてまとまって見える。
残るふたつは、通常のスーツとして成立するジャケットとトラウザーズである。つまりこの生地選びは、カントリーと街を1枚で橋渡しするという意味で理に適っている。エレガントでありながらスポーティ。背中のハーフベルトは立体感を作り、全体を引き締める。4つのショルダーダーツに呼応するプリーツも、造形を強めるためのものだ。
一方で、ブレックスの裾の処理は難しい。そこでボタンやバックルではなく、ベルクロ留めを選んだ。現場での扱いが圧倒的に楽だからである。トラウザーズはヒップ周りに少し余裕を足し、丘の上り下りでも快適でいられるようにした。確認方法は簡単で、座ってみてブレイシーズに引っ張られていないかを見る。

ファーストフィッティング。仮縫いの3ピースがまず輪郭を見せ、続く2ピースも同じチャコールツイードで成立するかを同時に検証する。セーターを着たまま、肩、胸、首元、股上、ブレイシーズの引きを確認。動きとシルエットの両立を図り、若いカッターが脇で学びつつ、テリーとダリオが要所を整えていく。
ファーストフィッティングは本当に楽しかった。いや、楽しかったのは私より4人のカッターのほうかもしれない。私はせっかちで、早く全体像が見たくなる。しかしテーラリングとは、完成の兆しを段階ごとに具体化していく営みである。シンプルなスーツなら早い段階で完成像が見える。だがノーフォークジャケットとベストは、後から加わる要素が多く、この段階では最終形が摑みにくい。それでもメインボディのフィットは素晴らしかった。冬に備えてセーターを着込めるよう、ほんの少しだけ出す必要があった程度だ。ベストのエクステンションは大きな変更点だったが、初めての構成なら自然だろう。トラウザーズとブレックスはほぼ完璧で、あとは微調整して詰めていった。
次のフィッティングは、ほぼ最終段階に当たる。英語ではフォワードフィッティングと呼ばれ、しつけ糸や未完成の部分を残しつつも、完成形がはっきり見えてくる局面だ。ただ、モーニングのように複雑な一式では、最終の微調整を残すために余地が必要になる。それでもこの日のフィッティングは興奮に満ちていた。ほとんど完成に近かったからだ。ノーフォークジャケットは特に嬉しかった。ディテールが落ち着き、プロポーションが整い、ベルトが重なる様子は生地のバスケットウィーブのように品があった。



セカンドフィッティング。首元を詰め、袖丈を測り、裾の癖を拾う。要所の数ミリを正されて輪郭を得る。ノーフォークのベルトやベストのバランスもここで決まる。静かな興奮のなか、シューティングの3ピース(ノーフォークジャケット+シューティングベスト+ブレックス)、街でも着られる2ピース(通常のジャケット+通常のトラウザーズ)の5ピースが、いよいよ「装い」になる。
シングルブレストはダブルより体型をごまかさない。すなわち自制心が要る服である。しかしハンツマンで鍛えられたダリオは、ツイードを知り尽くしている。結果は見事だった。ポケットの配置は、壁に飾るアートのようなものだ。ポケット単体ではなく、その間が重要で、比率がすべてになる。両方のポケットに手を入れたときの快適さも含めてである。袖にはわずかな手直しが必要で、肩のかかりが少し減ったが、調整はそれくらいだった。
スティーブン・ラクターのコットンカシミアのシャツも、特筆すべき1枚だ。秋冬のカントリーでは、生地の選択が快適さを決める。その点、この生地は暖かく、肌当たりが良く、扱いもタフだ。彼は動きやすさを最優先し、カットをわずかにゆったりめにしてくれた。スリムフィットでは駄目なのである。とはいえ、だらしなくなるわけではない。肩はきれいに乗り、アームホールは高い。締めるべきところは締め、必要な可動域だけを残している。
この一式が仕上がっていくのを見ていると、私が初めて英国のシューティングに参加した日の記憶がよみがえった。代父、つまり洗礼の後見人であるチャーリー・ワイヴィルに連れられ、数人の客人と合流した。中に、明らかに場慣れした男がいた。着込まれて艶を帯びたグレーのツイードを纏い、雪の風景に溶け込むように立っていた。聞けば、そのツイードは彼の家の領地、エステートにちなんだ生地だという。さらに幸運なことに、私の持ち場が彼の隣になった。シューティングでは参加者ごとに立つ位置が決められており、それをペグと呼ぶ。私はそこで、名人が一日をどう運び、どう振る舞うのかを間近で見ることになった。
肝心なのは、ここで作られたのが服だけではない点だ。テリーとダリオという実力者が手を組み、若いカッターがその現場で仕事を覚えている。技術が途切れることなく次の世代へ渡っていく。伝統の世界は過去を守る話になりやすいが、今回は未来が楽しみになる。強い者が組めば、結果は必然的に強くなるのだ。
完成したのが、こちら。ノーフォークジャケット、ブレックス、シューティングソックス。コットンカシミアシャツはスティーブン・ラクター。キジ柄のタイはラルフ ローレン。
THE RAKE JAPAN EDITION issue 68











