RAFE VERSUS WAIST
俳優レイフ・スポール、スーツの悩み
September 2024
photography kim lang
Rafe Spall / レイフ・スポール俳優。1983年、英国ロンドン生まれ。主に映画・テレビ・舞台で活躍している。『ザ・リチュアル いけにえの儀式』(2017年)、『ジュラシック・ワールド/炎の王国』(2018年)、『メン・イン・ブラック:インターナショナル』(2019年)など出演作多数。父は同じく俳優のティモシー・スポール。
世の中はタイミングがすべてである。プロポーズも、笑い話のオチも、クリケットのファインプレイも、タイミングがすべてを決める。私は前述のうちふたつを得意としている。一方、テーラリングにおけるタイミングは、まだまだだ。
私の職業は「ちょっと古くさい演劇人」である。そこで私は役柄によって体重を変化させ、それぞれに合った3種類のワードローブを使い分けている。分類すると次のようになる。「痩せ」、「恰幅がいい」、そして「ぽっちゃり」タイプだ。「ぽっちゃり」は、主人公の面白い親友を演じるときや、エピキュリアンな赤毛の領主を演じるときに使う。このワードローブの服はエレガントではないかもしれないが、私が人生とポテトチップスを楽しんでいることを意味する。ふたつとも私の大好物だ。
「恰幅がいい」は、私の本来あるべき姿だ。この状態にあるときは、スナック菓子はほとんど食べない。顎のラインを強調しつつも、シックな装いが必要な役柄のときのためだ。ゴースト探偵とかね。「痩せ」は、時期としては最悪だが、服装的には悲しいかな最高である。もちろんポテトチップスもお楽しみもゼロだ。ケント・ヘイスト&ラクターのテリー・ヘイストに初めてフィッティングをしてもらったとき、私は12世紀の十字軍遠征をテーマとした映画の撮影中で、かなり体重を落としていたのだ。
9月のある晴れた朝、ロンドン中心部のサックヴィル・ストリートへと赴いた。そこで私を出迎えてくれたのは、大好きな友人、THE RAKE編集長のトム・チェンバレンだった。トムはケント・ヘイスト&ラクターとテリーを信奉し、伝導する最もスタイリッシュな男のひとりである。そのときは、彼が私を教会に迎え入れてくれたように感じた。
私が敷居をまたぐと、テリーの温かい視線が注がれた。しかし、店内は緊張感に溢れ、静まり返っていた。体型的には最も痩せているタイミングだった。ウエストは31インチである。できれば、この体型を維持したい。私は自分に言い聞かせた。「他のふたつのワードローブを袋詰めにするのだ。これからは痩せ型で通すのだ」。
ファッション・ブロガーのカービィ・アリソンによって有名になった優秀な女性裁断士、スヤンバが私の身体のサイズを測っている間、テリーは生地見本を持ってきてくれた。スヤンバは、私が着ていたスーツが別の有名なサヴィル・ロウのテーラーによるものだと気づき、ライバル心をかき立てられたようだった。楽しいおしゃべりだった。
テリーは時折トムをからかうようなポーズをとりながら、実に楽しそうに生地を紹介してくれた。
1回目の仮縫いの様子。全体のバランスを探るための作業である。ジャケットおよびトラウザーズには、丈出しが必要な部分と、さらに詰めるべきところが散見される。
私は普段着に、ディナーに、夜遊びにと、いろいろなシーンに使えるものが欲しかった。最終的にホーランド&シェリーの美しい9オンス・ボトルグリーン・ウーステッド・ウールに決めた。私が考えていたダブルブレステッドにはぴったりだと思った。トラウザーズには太いウエストバンド、4つのプリーツが付き、フロントはボタンフライ仕様である。
店内に立っていると気分がよかった。腹が減ってはいたが、心底リラックスできた。一流のレストランと同じように、スーツを作るにも「劇場」が必要だ。それはひとつのイベントなのである。テリーがその時の私の身体のシェイプに感心しているのがわかった。彼ははっきりとそうは言わなかったし、それについて言及することもなかったが、私にはなんとなくわかったのだ。
翌日、私は南チロルに飛び、カメラの前に私の鍛えた胸をさらした(住宅ローンを払うためだ)。そしてその屈辱が終わると、私は失われたポテトチップスの埋め合わせにかかった……。
それから数カ月が経ち、残念なことに私の体型も変わっていた。その頃、私は「恰幅がいい」体型に戻っていた。それでも、テリーなら許してくれるだろうと信じていた。
「うーむ。そうですね……。採寸し直す必要がありそうです」と彼は言った。
「トラウザーズのプリーツは大きく開いているし、胸はジャケットの袖を引き上げてしまっています」
プリーツが大きく開いていたのは、もちろんポテトチップスのせいだ。すべては自業自得なのだった。さらに数カ月後、2回目のフィッティングが行われた。私はベッドで目を覚まし、テリーが私の出っ張った腹を小突きながら、トラウザーズのウエストをゴム入りにしようと提案する光景を思い浮かべていた。サックヴィル・ストリートにある店のドアをくぐり抜けるとき、私は奇跡を願うしかなかった。トムはこのとき、角を曲がったところにあるイタリアンレストラン、セッコーニで、魅力的な映画女優とモンテクリストを吸っていた。
2回目の仮縫いの様子。テリーは最終的な「落としどころ」を探っている。レイフの体型が変わりやすいことは、どうやら織り込み済みだったようだ。肩部分の縫い目から生地を少し出して、全体の丈のバランスを長めに調整している。経験豊かなテーラーだけができる、魔法のようなテクニックである。
テリーは私の上着の前身頃をピンで留めながら「痩せましたか?」と言った。おお、テリーに神のご加護を! 彼は私が太ることを見抜いていたのだ。
「肩を少し下げてみます。ジャケットが吊られていると思うのです」
彼は布地を適当なサイズに引き裂きながら言った。ジャケットの丈が魔法のように1インチ長くなった。
「ほら、わかりますか?」
さすがテリーだ。これは最高級のテクニックだった。
仮縫いを終えて店を出ると、私はバレエダンサーのように飛び跳ねながらセッコーニの店に行き、トムと女優に挨拶した。彼らはちょうどシガーを吸い終えるところだった。私たちは人生がいかにしんどいものかを話し、笑い、素晴らしい気分になった。その後、私はナショナル・ポートレート・ギャラリーで開催されるダンヒルのファッションショーに行くトムに同行した。薄汚れた旧市街を通り過ぎるときも、私は新鮮な気分だった。もちろん、私は世界最高の街にいて、世界最高のテーラーに服を作ってもらったからである。
こんな瞬間を待ち望んでいた。バーバーで髪を刈り上げ仕上がった瞬間とか、デュークス・バーで2杯目のマティーニを味わうときとか……。ケイト・ブッシュが歌ったような「喜びの瞬間」である。
数週間後、スーツを受け取る準備ができた。このページの撮影を担当した、ハンサムなフォトグラファーのキムが私を出迎えてくれた。キムは私にテリーのほうへ向くように指示し、テリーは私の新しいスーツを指差した。
「見てごらん、まるで君のために作られたようだよ」と、テリーは茶目っ気たっぷりに言った。
トムはいつものように試着室に入ってきて、しばらく何も言わずにスーツを見つめていた。そして彼はこう言った。
「素晴らしい出来だよ、テリー」
本当にいい服は、自分自身を感じさせる。理想の自分ではなく、本来の自分を正直に反映する。テリーの仕上げたスーツを着たとき、まさにそんな気持ちになった。すべてが身体に寄り添い、しっくりとくるのだ。これこそがテーラリングの力であり、テリー・ヘイストのような名匠だけが提供できるものなのだ。
あとは、このスーツを別のサイズで2着作ってもらうだけだ。