HOW THE CROWE FLIES
俳優ラッセル・クロウ インタビュー:クロウの流儀
March 2026
photography brian bowen smith
fashion direction grace gilfeather
ラッセル・クロウ / Russell Crowe1964年ニュージーランド生まれ。アカデミー賞主演男優賞を受賞した『グラディエーター』、『L.A. コンフィデンシャル』などで知られる名優。私生活では豪州での森林再生やラグビーチーム再建に情熱を注ぎ、名誉と誠実さを重んじる。新作『ニュルンベルク』では、多面的な役作りで人間の業と歴史の暗部を浮き彫りにする。(2026年日本公開予定)
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THE RAKE によるラッセル・クロウへのインタビューが始まったとき、私はすっかり「共感モード」に入っていた。というのも、私はとにかく移動が苦手で、子どもの送り迎えをしただけでぐったりしてしまう。一方でクロウは、最近ずっと世界中を移動し続けているらしい。つい先日もジョー・ローガンの番組で、各国での仕事が重なりすぎて、心身ともに疲れ切っていると語っていた。
そんな彼がロサンゼルスからシドニーへ飛び、その24時間後に私とのZoom取材に応じてくれた。私はたいそう同情していたのだが、画面に現れたクロウは、驚くほどエネルギッシュだった。語り口は強い意志を感じさせ、声は豊かで力強い。それでいて、こちらの質問に対して温かく、思いやりを感じさせる返事をしてくれた。
私はちょうど新作映画『ニュルンベルク』(2025年)を観終わったところで、第二次世界大戦の歴史に興味がある身としては質問したいことが山ほどあった。けれど、会話は意外にも、もっと個人的で、穏やかな話題から始まった。それは「植林」の話だ。
クロウは25年間近く、オーストラリアの自分の敷地に、レッドシダーやホワイトマホガニーなど、もともとその土地に自生していた樹木を植え続けている。第一次世界大戦の前に伐採され、姿を消してしまった木々を再生するための活動だという。彼が土地を購入したのは『L.A. コンフィデンシャル』(1996年)でブレイクする少し前のことで、その敷地は年々広がっている。
「銀行に少し貯金があってね」と彼は笑う。
「残りは友人に借りたんです。利子は高かったけれどね。私は都会生まれで、田舎育ちではありません。でも、田舎の親戚の家に行くたびに、どうしようもなく惹かれるものがあったのです」
農業は人を謙虚にすると聞く。その言葉どおり、クロウの話しぶりからは落ち着きと誠実さがにじんでいた。
「偉そうに聞こえたら嫌ですが、植林業は赤字なんです。でも、自分の気持ちに正直なやり方で続けていきたいのです」と彼は素直に語った。
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「勝負の鬼」としての顔 映画の話に入る前に、もうひとつの情熱について触れなければならない。クロウにとってほとんど人生の一部と言っていい存在=ラグビーだ。幼い頃、父親が経営していたパブはプロチーム「サウスシドニー・ラビトーズ」の本拠地、南シドニーにあり、その空気が彼を育てた。クロウは勝負事となると人が変わる。「スポーツで私を相手にするのは、まさに恐怖(テラー)そのものでしょう」と、彼は冗談めかして言った。
「相手の目をじっと見て、精神的に圧倒します。でも試合が終われば、勝っても負けても、最高に愉快な仲間になるのです」
その情熱はついに行動へと結びつく。2006年、40代前半だった彼は、ついにラビトーズの筆頭オーナーになった。当時のチームは、過去4シーズンのうち3回最下位という惨状。クロウの使命は、ここでも“再生”となった。
「労働者階級が大切にしてきた誇りあるスポーツチームは、当時、崩壊寸前でした」と彼は語る。
チームの再建を語るクロウは、まるで軍隊を立て直す将軍のように振る舞った。選手の獲得・育成、トレーニング環境の整備、心理戦、士気―それらすべてを戦略的に組み合わせようとしたのだ。しかしこの時、ラビトーズはクラブ会員の会費により運営されており、クロウの提案した外部資本の導入という案に反対する者も多かった。そこで「Yes」か「No」かを決めるための会員投票が行われた。
「私たちはそれを『Yes キャンペーン』と呼びました。現状維持を望む人たちは『Noキャンペーン』でした。彼らが望む“現状”とは、金も勝ち星もない状態でした。だから心理的には、すでにわれわれが優位に立っていたのです」
会員投票の結果は、75.8%というギリギリのラインで承認。クロウは振り返る。
「本当に紙一重の勝利でした。でも、その票のおかげでわれわれは『すべての問題を引き受ける権利』を得たのです」
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問題は山積みだった。しかしそれらの困難を、すべて成長へのきっかけとして捉えた。
「ラグビーチームを成功させるには、単に優れた選手を増やせばいいというものではないのです」と彼は言う。
「そこからは、芸術家も、弁護士も、医師も、そして夢を胸に抱いた少年少女たちも生まれてくるのです」
クロウにとってスポーツとは、リスクに満ちた壮大な舞台であり、その国の精神性を映し出す鏡でもあった。
そして、この再生の物語は、見事に結実する。サウスシドニー・ラビトーズは2014年、ついにNRLグランドファイナルを制し、43年ぶりとなる栄冠を手にしたのだ。
「再建を始めた頃、まだ10歳だった子どもが、優勝した年には18歳になっていました。自分の愛するクラブが、倒れてもなお立ち上がり、勝ち取った成功を目の当たりにしたのです。それは人生を変える力を持っていたでしょう」と彼は振り返った。
その勝利の象徴として欠かせないのが、英国出身のスター選手サム・バージェスである。クロウは彼が十代の頃にその才能を見抜き、南半球で挑戦するよう口説き落とした。
2014年の決勝戦でバージェスが見せた伝説的なパフォーマンス——試合開始直後のタックルで顔面を二カ所骨折しながら、80分間フル出場し、MVPと優勝を手にしたあの瞬間は、今もクロウの胸を震わせてやまない。
「彼は、私たちが送り出した最高の戦士のひとりです」と彼は誇らしげに語る。
クロウにとってラビトーズは、単なるスポーツチームではなかった。それは「不屈の精神」「尊厳」そして「倒れた者が再び立ち上がる力」そのものだった。彼が植林で学んだ教訓と同じく、結論はひとつである。愛情を注ぎ、敬意を払えば、どんなものでも蘇るのだ。
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本記事は2026年3月25日発売号にて掲載されたものです。
価格等が変更になっている場合がございます。あらかじめご了承ください。
THE RAKE JAPAN EDITION issue 69







