From Kentaro Matsuo

THE RAKE JAPAN 編集長、松尾健太郎が取材した、ベスト・ドレッサーたちの肖像。”お洒落な男”とは何か、を追求しています!

Personal Impression
マーキスの靴、その後・・・

Tuesday, October 15th, 2019

text kentaro matsuo photogaphy tatsuya ozawa

2年ほどまえにマーキスの川口昭司さんのところへブログの取材へ行って、その靴と人柄、そしてファッションセンスの虜になってしまい、気がつくとフルブローグのシューズをオーダーしていました。

彼の靴の作りのよさと温かい人柄については他でもよく触れられていますが、ファッションセンスにはあまり言及されていないように思います。しかし、彼の着ているものには、いつも感心してしまいます。先日もヴィンテージのフランスのワークウェア・ジャケットをタイドアップでさらりと着こなしていて・・ファッショニスタとしても超一流だと思います。

あのアーツ&サイエンスのオーナー、スタイリストのソニア・パークさんが、マーキスで別注靴を作っているのは、ただ単に作りのよさだけに惹かれたのではなく、やはり川口さんの作品に、非凡なるセンスのよさを感じたからでしょう。

https://arts-science.com/pickup/bts-marquess/

ソニアさんの感性と、川口さんのテクニックが融合したこれらのシリーズは、本当にカッコいい。ちなみにこのシリーズ、レディスしかありません・・今度はここのモンクストラップをメンズで誂えるという女尊男卑的なオーダー(?)をしたいと思っています。

 さて前置きが長くなりましたが、9月25日発売THE RAKE JAPAN EDITION ISSUE30にてお伝えしたマーキスの靴、その後をリポートしたいと思います。雑誌では採寸から納品までを掲載しましたが、その後完成した靴を家に持って帰り、数回履いた後のインプレッションです。

 

持ち帰り、改めて思ったのは「小さいなぁ」ということ。ドレスシューズは小ぶりな方が好きですが、それにしてもコンパクトです。もしかすると私の持っている靴の中で(モカシンとかは別として)一番小さいかもしれません。ちなみに私の足はセンチでいうと26.5cmで、マーキスのアウトソールの長さは29cm。

試しに持っている代表的な既製靴のアウトソールを測ってみると、エドワード・グリーンのダービー(ラスト32)が29.5cm、ジョンロブのウィリアムが30cm、オールデンの990に至っては31.5cm(以上素人採寸)だから、いかにマーキスが小さいかわかろうというものです。ちなみにソールの最も絞ってある部分の長さは6cmで、オールデンだと同じ場所が8.5cmと、同じヒトが履くとは思えないサイズの違いです(笑)。

それでいて、パッと見のシルエットは、とても優雅で細長く見えるのですから、不思議ですね。川口さんは採寸時には私の履いてきたパンツの裾幅を気にしていて、「二番目と三番目のアイレットの間に裾先が来るように・・」とかブツブツ言っていたので、そのバランスは計算しつくされたものなのでしょう。

スーツスタイルは、トラウザーズの延長線上に流れるように靴が続くのが理想的で、昔のダンディのイラストなんかは、皆そうなっています。だとすると、万人に合わせなければいけない既製靴は、基本的にはすべて“大きすぎる”のかもしれませんね。

 

靴そのものの存在感は、見ていて決して飽きないものです。ワインを飲みながら、この靴をじっと見ていると、すぐに30分くらい経ってしまいます。絞り込まれたウエストから、ボールジョイント部分がぐっと張り出し、そこからシュッと鋭角的につま先へと続くラインが特徴的です。

マーキスのよさは、その静謐な佇まいにあると思います。英国風の流麗なデザインであるにもかかわらず、どこか日本的なのです。これはやはり川口氏の人柄が表れているのでしょう。ものすごく誤解を恐れずにいえば、どこか“コムデギャルソン的”な・・

  • 1回め

 

完成してから2週間ものあいだ履く機会がなかったのですが、去る9月5日、ついにマーキスを“下ろす”ことができました。ちなみに私は昭和な両親の影響で、高価なモノを使い始めるときは、必ず暦を参照します。この日は“友引”だったので、新しい伴侶とともに歩み始めるにはよい日だと思いました。

黒くピカピカに塗られたソールを、初めてジャリジャリした路上に触れさせるときは、ちょっと残酷なような、申し訳ない気がします。

足を入れて歩き始めると、そのフィット感に改めて驚きます。とにかく足全体が靴の中から動かないのです。特にヒールの吸い付きが、既製靴の比ではありません。まったく遊びがないというのかな。ヒールカップとかかとが一体となり、ヒール自体がふくらはぎに持ち上げられるようです。

それから“返り”のよさが違います。靴底に硬さというものがありません。これはハンドソーンならではの履き心地で、硬い部品を使うグッドイヤーでは得られないものです。かかとから入って、つま先へと抜ける重心の移動が、実にスムースです。

土踏まずの部分は、足の裏の形にフィットしているのですが、決して健康サンダルのような履き心地ではなく、土踏まずの中央に中底が軽く当たる程度です。これからソールが沈み込んでくることを計算してあるのかもしれません。それにしても“軽く当たる”ことすら、既製靴ではあり得ないことなので、やはり自分の足の形に合った中底に足を入れるということは、実に気持ちがいいものです。

ボールジョイント部分とつま先部分は、結構きつめに感じました。誰かに足先を、ギュッと握られているような感じです。家から最寄り駅まで、300mくらい歩くと、右の小指あたりにちょっとした違和感を覚えてきました。まだ“痛み”までは至りませんが、“これで今日一日大丈夫かな?”という不安が心の片隅によぎります。

下ろしたての靴底は滑りやすいので、地下鉄への階段を慎重に下り、電車へ乗り込みます。不思議なことに、座って足に体重がかからなくなると、さらにきつさを感じます。立ち上がって歩き始めると、あまり気にならなくなるのです。

今回はトライアルなので、ひとつ手前の駅で電車を降りて、オフィスまで歩くことにしました。気がついたのは、自然と姿勢が良くなることです。ヒールが小さいからか、左右にブレずに歩くことが必要で、重心移動がスムースなせいで、自然とコツコツというリズミカルな歩行になります。まさにロンドンのシティを闊歩する英国紳士の歩き方です。“ジェントルマンズ・ウォーク”とは、ビスポークのハンドソーン・シューズが生んだものなのかもしれません。

最終的にこの日は、銀座の1丁目から8丁目を三往復するという、私の日常の中でも特に歩いた一日となりました。左右の小指はジンジンし続けたものの、“痛み”までは至らず、ある程度のきつさを感じ続けたのみでした。これはやはり足全体に靴がぴったりとフィットしており、“スレる”という状態がなかったからだと思われます。靴ズレとは文字通り、スレるから起こるのであって、スレない靴だと靴ズレも起こらないのです。

帰宅して、靴紐を緩めたときは、正直ホッとしましたが、足が痛かったり、マメが出来たりすることは最後までありませんでした。新しい革靴を履いて1日中歩き、靴ズレが起きなかったというのは初めての経験かも知れません。

素手で靴底についた細かい砂利を落とし(汚いのですが、これは私のクセなのです)。シューキーパーを入れて、第1日目は終了です。ビスポーク靴、そしてマーキスの実力を改めて感じた1日でした。

一日履いたあとのソールのようす。

 

  • 2〜5回め

 

その後、10日間に一度くらいの割合で、マーキスを履く機会が訪れています。しかし、1日目のように長く歩くことはなく、夕方から履き替えてレセプションやパーティへ行ったり、1日中デスクワークだったりして、長時間の歩き心地については、いまだ試せていません。ちなみにフルブローグは本来カジュアルなものですが、マーキスのように流麗なラインだと、フォーマルシーンでも似合うような気がします。

細かいところですが、この靴に付属してきた靴紐は、細く平らでやや長めで、とてもエレガントです。そして締め心地がとてもいい。決して解けるということがありません。きっといろいろ試した上でのチョイスなのでしょう。

 

ソールを見てみると、黒く塗られていた仕上げの塗料が、全体に均一に落ちてきています。これはうまく体重が中心に乗っている証拠でしょう。しかし一番削れているのは、やはりつま先の部分で、セコい私は「トゥスチールをつけておけばよかったかな」とちょっとだけ後悔しました。ちなみに川口さんには、トゥスチールを付けるかどうかは、まったく聞かれませんでした。付けないのが普通なのでしょう。

よく見ると、右のソールの横を何かにぶつけたらしく、ソールのサイドに少しキズが入ってしまいました。靴なのだから、履けばキズつくのは当たり前ですが、もとがキレイなだけに、なんだかやたらと気になります。もしアッパーにキズがついたら、ものすごくショックだと思います。キレイすぎる靴の功罪です。

それから、買ってからやたらと手で持って、矯めつ眇めつ眺めていたら、手の脂が靴に移り、鏡のようにピカピカだったヒールカップが、少し曇ってきてしまいました。鑑賞するときは、なるべくアッパーには触らないようにしたほうがいいようです(これは靴屋さんでも同じ)。

 

新しく手に入れたモノを自分のモノとするには、惜しげもなく使うことが必要なのでしょうが、私のマーキスの場合は“惜しげ”がありすぎて、なかなか自然に扱うことができません。買う前は「フルブローグだったら、ジーンズにも合わせられるな」などと思っていましたが、いざ手に入れてみると、カジュアルに合わせる→ぶつけて傷つけてしまう、という恐怖感に囚われて、試してみる気になれません。靴は履いてナンボのものなのですから、なるべく機会を見つけて、積極的に足を入れるようにしたいと思います。

どこかにぶつけて傷がついたしまった(泣)

 

靴のフィット感については、回を重ねるごとにますますよくなっていくような気がします。革が足の形に馴染んでいくようです。指先がジンジンすることはなくなり、カカトとの超絶な一体感にも慣れてきました。これに慣れてしまうと、逆に既製靴がルーズに感じてきます。

しかし決して既製靴が悪いと言っているわけではなく、既製靴の履き心地には、それなりのよさがあると思います。足に馴染んだ既製靴は、実にリラックスできる存在です。オーダーシューズを履くと、その締め付けるような履き心地から、“私はいま、いい靴を履いているんだ”と常に意識することになります。両者は全く違うものである、ということです。

 

いずれにしてもこの靴は、間違いなく私の人生の伴侶となってくれそうです!