THE CRADLE OF THE WATCH MAKING

機械式時計の故郷へ

September 2020

オーデマ ピゲ創業者の血を継ぐオリヴィエ・オーデマ氏が語る、創業地ル・ブラッシュの歴史と、受け継がれる革新のスピリット。

 

 

 

オーデマ ピゲの本拠地であるスイス、ル・ブラッシュの街並み。手前はオーデマ ピゲ・ミュージアム。もともとはオーデマ ピゲの本社工房であり、創業者たちの仕事場も、建物の最上階に位置していたという。ムーブメントの供給から、彼らの仕事はスタートした。

 

 

 

 オーデマ ピゲの故郷、スイス、ル・ブラッシュを誰よりもよく知る人物がいる。創業者のひとり、エドワール=オーギュスト・ピゲ曽孫、オリヴィエ・オーデマ氏だ。1959年に生まれ、子ども時代はいつもジュウ渓谷で過ごしていたという。

 

「祖父は私と一緒にツリーハウスを作ったり、森へピクニックに行ったりして、よく遊んでくれました。ときどき工房から時計のムーブメントを持ち帰って来て、私に見せてくれました。そして故郷であるジュウ渓谷と、時計作りが切っても切れないものであることを教えてくれました。かつてフランス王の弾圧に苦しんだ人々が、国境を越えてスイスに移住したのが始まりでした。そこは凍えるほど寒く、岩だらけの何もない土地です。しかし彼らは、服従より自由を選んだのです」

 

 

Olivier Audemars/オリヴィエ・オーデマ

オーデマ ピゲ取締役会 副会長。1959年6月13日、ル・ブラッシュから数キロの町に生まれる。オーデマ ピゲの創立者のひとりエドワール=オーギュスト・ピゲの曽孫。幼い頃より、祖父のポール=エドワール・ピゲより時計作りと故郷についての話を聞かされる。大学卒業後、自身の会社を経営。その後、オーデマ ピゲ社に戻ると決心し、2000年に管財人となる。

 

 

 

 氏が語るジュウ渓谷と時計職人の歴史は、自らの生い立ちを詳らかにするように生々しい。

 

「彼らがそこで発見したのは、錆び付いた鉄鋼石でした。森の木を燃料として石を精製し、細々と鉄細工を作り始めました。雪と氷だけはふんだんにあったので、切り出してパリへ運び、そのために鉄道も作られました。冬は6、7カ月も家の中に閉じ込められますから、時間もありました。つまり時計作りのための条件が揃ったのです。何もない土地だったからこそ、時計産業が生まれたのです」

 

 氏は歴史を常に意識し、長いスパンで物事を考えることを心がけているという。「私は重要なことを決めるとき、『祖父なら、どうしただろうか?』と考えます。同時に『もし私に孫がいたら、どうするだろうか?』とも考えます。会社は自分たちのものではなく、世代を超えて受け継いでいくものだからです」

 

 

左:繊細なテクニックを要求されるオープンワークの制作過程。地板をくりぬき、美しいムーブメント・パーツを直接眺められるよう加工する/右:ミュージアム最上階に位置する修復工房では、ビンテージピースの修復を行っている。ここではかつて使用されたどんな部品でも再現することができる。中には髪の毛よりも細いパーツすらあるという。

 

 

 

 そんなオリヴィエ氏に、現代アートを支援する理由を聞いてみた。

 

「われわれがアートを支援するのは、物事を異なる視点から見るためです。アーティストたちは現実に対して人とは違うアプローチを試みる。彼らのメガネをかけると同じものでも新しい発見がある」

 

 その“異なる視点”から生まれたのが、看板商品であるロイヤル オークだ。

 

 

右:当時の資料を元に修復されたグランド・コンプリケーション。修復には特に何百時間もかかることがあるという。修復代は、かかった時間によって算出される/左:1972年に発売されたロイヤル オークの最初期型。俗にAシリーズと呼ばれるモデル。写真は天才と言われたデザイナー、ジェラルド・ジェンタ。ロイヤル オークは彼の本格的デビュー作であり、後に彼がデザインした数々の名作のエッセンスが、すべて詰まっているといわれる。

 

 

 

「発売された1972年当時、高級時計といえば、ゴールドかプラチナが当たり前。しかしロイヤル オークはステンレススティールで、しかも値段はゴールドと同じだった。当時は誰もが驚き、倒産するとまで言われました。しかし結果は大ヒットで、ラグジュアリー・スポーツウォッチという新ジャンルを創出しました」

 

 オリヴィエ氏はオーデマ ピゲの時計は、自由と革新のシンボルだと胸を張る。その目は時計作りに対する矜持と、ジュウ渓谷に対する深い愛情に溢れていた。

 

 

金庫には創業時から作られた時計を分解したものをモデル毎にボックスに入れたものがストックされている。すべて品番によって整理され、いずれやってくる出番を待っているのだ。

 

本記事はissue12(2016年9月24日発売号)にて掲載されたものです。
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