STATE OF DRESS: JOHN F. KENNEDY

ジョンF.ケネディの装いの秘密

Wednesday, February 12th, 2020

 

 

 ほぼ1世紀前に生まれたケネディという男は、たまたま幸運にも適切なタイミングで、適切な場所にいたのだ。彼の世代のスタイルの若者たちが、世の中に出て、人々の注目を集めるようになったのだ。そしてそれは文化的大変化の直前だった。

 

 大統領になった彼が、古臭いイメージを打ち壊したのは、彼のワードローブのおかげというよりは、ひとえに彼の世代の力だった。

 

 ケネディは第二次世界大戦中に従軍していたが(PTボートを指揮していた)、彼は前大統領のドワイト・アイゼンハワーのような純然たる軍人ではなく、よりリラックスした装いをしていた。

 

 ケネディは、より若々しい秩序の象徴であり、時代遅れの政治に取って代わった存在だった。彼は大統領選のライバルとのコントラストからも恩恵を受けた。

 

 彼の義理の兄弟であるピーター・ローフォード曰く「大統領選の相手、リチャード・ニクソンと比較されなければ、クリーンなスタイル・アイコンとしてのケネディの地位は、それほどのものでもなかったかもしれない」

 

 

 

 ニクソンは、ケネディより4歳年上だったが、1950年代風のねずみ色のボクシースーツと、剃り残しのような髭は、彼を40歳老けて見せた。ニクソンが選挙で負けたのは、髭剃りをこまめにしなかったことと、スタジオの照明の下で大量に汗をかいたせいだとされる。

 

 ケネディは勝利したが、当時、あるコメンテーターが言ったように、それは「非常に僅差」で、ほぼ互角と言っても良かった。

 

 ケネディとニクソンのふたりは、初めてテレビ時代に選挙運動をした候補者だった。ケネディは“ルックス”が大きな評価方法となった時代にいちはやく先駆けたのだ。

 

 しかし、ケネディは服装に関して非常に慣習的であったため、彼の報道官は「大統領はファッションでアピールするには、あまりにも保守的すぎる」と指摘した。彼の他の兄弟と同じく、ケネディは下着に至るまでブルックス ブラザーズを愛用していた。彼の結婚式の日に、彼は花婿の付添人にブルックス ブラザーズのモノグラム入りの傘を与えた。

 

 

 

 そして、ブルックス ブラザーズは、装いの点では、すでにエスタブリッシュメントとして確立された存在だった。彼はほぼ常に、当時のエグゼクティブと同じく、無地の白いシャツを着て、レジメンタル・タイを締めていた。

 

 ケネディは帽子を着用することも拒否した。その理由のひとつは、帽子が父親や父親の世代を思い起こさせたためだ。アメリカの帽子職人から、帽子を被るよう懇願された後でも、その着用を拒否した。

 

 当時のファッションリーダーだったケネディが帽子を被らなかったことは、業界に深刻な影響を与えた。

 

 しかし、“ハットレス・ジャック”の無帽は、当時の男性ファッションに、すでに大きな変化があったことを反映したものにすぎなかった。

 

 室内の暖房が改善されたこと、車の移動が増えたこと、そして単に流行遅れになったことで、帽子をかぶる男性の数が減っていたのだ。

 

 

 もしケネディが帽子を被っていたなら、それはそれで、より進歩的であると考えられていたかもしれない。しかし現実には、彼が帽子をかぶっている唯一の写真は、プロトコルで指示されている通り、彼の就任式のものだ。

 

 彼は時間とともに、もっと進歩的になったかもしれない。彼は現在のファッショニスタとしての地位を、より盤石にしたかもしれないし、またはそうでなかったかもしれない。

 

 彼が在職していたのは、暗殺される前の2年間だけだ。殺されたのは、ちょうど46歳の時だった。彼のイメージは、そのまま凍結された。そして多くの世代にわたって、長く憧憬される存在へとなったのだ。

 

 

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