PETER LINDBERGH INTERVIEW

ピーター・リンドバーグ:黒と白の事実

Thursday, October 31st, 2019

去る9月3日に亡くなった伝説の写真家、ピーター・リンドバーグにインタビューする機会があった。

われわれは芸術とビジネス、真実と美しさについて語り合ったのだ。

 

by christian barker   photography IMAGES COURTESY OF BREITLING

 

 

 現代において、最も影響力のあるファッションおよびポートレイト・フォトグラファー、ピーター・リンドバーグが、2019年9月3日に74歳で亡くなった。ポーランド生まれのドイツ育ちの“レンズマン”は、自然でカジュアルな、新しいファッション写真のスタイルを開拓した。それらは20世紀の多くの雑誌に見られた、人工的で、大げさで、けばけばしいスタイリングと好対照をなすものであった。

 

 90年代初頭の英国版とアメリカ版のヴォーグのアイコニックな撮影で、リンドバーグはスーパーモデルを“発見”しただけでなく、ふわふわのヘアスタイル、盛りすぎのメイクアップ、細かい舞台設定、大げさな服装といった1980年代風のしがらみから彼女たちを解放した。 1990年1月号のブリティッシュ・ヴォーグは、リンダ・エヴァンジェリスタ、クリスティ・ターリントン、シンディ・クロフォード、ナオミ・キャンベル、タチアナ・パティッツなどのスーパーモデルをフィーチャーし、リンドバーグの美的センスを大いに知らしめることになった。

 

昨年末に彼にインタビューしたとき、リンドバーグは、「私の理想は常に、ジーンズ、Tシャツまたは普通のシャツを着て、テニスシューズを履いた女性だよ。髪はこんな風に後ろで簡単に縛られているだけでいいんだ」と言って手を打った。

 

「それで十分なんだ。スーパーモデルはそれ自体が“大したもの”だから。それは以前の雑誌にあった古臭い女性のイメージへの反抗だった。豊かな“洗練”という概念―例えば、素敵なアパートメント、毛皮、ダイヤモンドのイヤリングなどが、私は嫌いだった。まるで絵画のように、とてもわざとらしく思えて、そういった写真は撮影できなかった」

 

 

 彼は、第1世代のスーパーモデルたちは非常に知的で、魅力的な女性だと言った。

 

「彼女たちは目的を持っていて、ファッション以上のことについて話すことができた。すべてに興味津々で、アーティストになりたいと思っていた。何か別の存在になりたいと思っていたんだ。彼女たちは一緒に作品を作り上げる仲間だった」と彼は説明した。

 

 彼女たちは信じられないほどの自然な輝きを放っていたため、リンドバーグはメイクアップは最小限に留め、画像のレタッチも避けた。彼は、そこに真実がなければ、美しさもあり得ないと信じていた。

 

 リアリズムを追求したリンドバーグは、常識とは反対に、現実を“リアルに”写すカラーではなく、モノクロームに傾倒していった。

 

「モノクロの写真は現実の解釈だと思っていた。そこには少し芸術的要素が入ると考えていた。しかし今では、モノクロームこそが真実を写すと思っている」

 

 彼は、大恐慌時代のドキュメンタリー写真家たちが、私たちの写真に対する理解を変えたという。

 

「ドロシア・ランゲのような人々は、モノクロームを使って、当時のアメリカの問題を写真に収めた。写真は議会に持ち込まれ、それらに基づいて児童雇用法など、重要な法律が作られた。今では、私の頭の中では、モノクロームこそ真実と現実にリンクしていると思っている」

 

 

 リンドバーグは、デジタル革命が写真にもたらした機動力の向上によって、いろいろなものから解放されたと語った。

 

「写真を撮るために、5つの三脚と6つのスーツケースを持ってくる男は、プロフェッショナルっぽく見えるだろうか? まあ、彼は少し古臭いように見えるだろうね」と彼は言った。

 

「私はいつも、三脚の前で静止することを命じるのではなく、より偶然的に、よりカジュアルに撮影する方法を見つけようとしてきた。もう三脚なんて使わないよ」

 

 彼は撮影の準備を入念に整えるのが好きだったが、それは「何かが起こりうる空間を作ることが好きだったんだ」と彼は言った。画像を形作るときに最も重要なことは“自由”だとリンドバーグは言った。

 

「スクリプトに従って映像を撮ることはできなかった。撮影2日目からは、まったく別の場所にいてしまうだろう」

 

 過去30年間にわたる膨大なファッション撮影に加えて、リンドバーグは、ニコール・キッドマン、ユマ・サーマン、ジェニファー・ローレンス、ジュリアン・ムーア、ケイト・ウィンスレット、ケイト・ブランシェット、アンジェリーナ・ジョリーなど、多数の映画スターたちを撮影してきた。

 

「俳優とモデルの大きな違いは、俳優が決してカメラを覗かないことを学んでしまっていることだ。カメラを忘れてしまうのだ。モデルについては、口で言うだけで済むが、俳優にカメラを覗かせることは、本当に難しい場合がある。時には彼らを上手に導かなければならないんだ」

 

 彼はずっと前から、大スターに会ってもドキドキすることはなくなったと語った。

 

「それは完全になくなった。もしダライ・ラマに会ったらは、さすがに数秒の間、ちょっと緊張して無口になってしまうだろうけどね。しかし、シャイになることは、撮影を始める際は、よい方法であるとは言えない。写真を撮るために来て、おどおどしていてはダメだ。しかし同時に、傲慢にもなるべきではない。 ヴィム・ヴェンダースはかつて、彼の俳優に対する態度をこう言い表した。“私はあなたに感銘を与えようとは思わないが、あなたも私に感銘を与えることはできない” そんな態度こそ、いい関係を生む基本になると思わないかい?」

 

 

 リンドバーグと私が会ったのは、ブラッド・ピット、シャーリーズ・セロン、ダニエル・ウー、アダム・ドライバーの写真をフィーチャーした、ブライトリングのキャンペーンが始まった時だった。すべての成功した写真家のように、リンドバーグの経歴は、エディトリアルとコマーシャルの仕事の積み重ねであり、ディオール、プラダ、アルマーニなどの広告を撮影した。彼は、アートとビジネス、両方のスキルを等しく使おうと努めてきた。

 

「かつて『アートフォーラム』誌と話し合ったことがある」とリンドバーグは回想した。

 

「彼らは、“注文された作品、委任された作品、細かく指定された作品は、果たして芸術と言えるのだろうか?”と尋ねてきた。私は“それでは美術館は、たくさんの絵を捨てなければなりません”と答えた。なぜなら、ティツィアーノ、ミケランジェロなど、これらすべての芸術家は、すべて“オン・デマンド”で働いていたからだ」

 

 往年の芸術家たちについて、リンドバーグは冗談を言った。

 

「彼らは皆、クライアントの寵愛を得るために必死で、王様や貴族が好きそうなものなら何でも塗りたくっていた。彼らはすべての絵について、詳細な契約を結んでいた。絵がどのように見えるかを説明し、王の愛人が太っていたり、醜くならないことを保証していた。実際には醜かったとしてもだ。それは大昔のフォトショップのようなものだったんだ」

 

 今は亡きピーター・リンドバーグは、すべてを“リアル”に描くことでキャリアを築いた。自然主義を貫き、モノクロームで真実を表現し続けたのだ。