MILES AHEAD

“帝王”の装い

Saturday, September 5th, 2020

「ジャズの帝王」と呼ばれる天才トランペッター、マイルス・デイヴィスは、アイビールックからスリムなヨーロピアンスーツまでクールに着こなす、カメレオンのようなスタイルアイコンでもあった。

 

text christian chensvold

 

 

Miles Davis/マイルス・デイヴィス

1926年、イリノイ州生まれ。歯科医の父と音楽教師の母の下、裕福な家庭で育つ。13歳でトランペットを始め、18歳でニューヨークの名門ジュリアード音楽院に入学。チャーリー・パーカーのバンドで名を上げ、その後自身のグループを結成。『カインド・オブ・ブルー』『クールの誕生』『ビッチェズ・ブリュー』など歴史的名盤となる作品を多数発表。本写真は1959年頃、西ドイツで演奏する様子。

 

 

 

 40年を超えるキャリアを通じてジャズ界の最先端にいたマイルス・デイヴィスは、常に陳腐なものや月並みなものを避けていた。アーティストとしての信念を貫き、予測できないものや新しいものを象徴する存在として、リスクを取る覚悟があった。彼がカメレオンのようなスタイルアイコンたる所以はここにある。

 

 マイルスを“真のウェルドレッサー”と評したエスクァイア誌のライター、ジョージ・フレイザーはこう述べている。

 

「彼のような装いを目指すのは非現実的。並の男には真似できない存在だ。特別な魅力を持つ唯一無二の男だから」

 

 時代の変化を体現しながら個性的なスタイルをつくりあげた彼は、一生ものを追求するような保守的なタイプでも、流行を追うタイプでもなかった。いつも時代を先取りしていて、他のウェルドレッサーが来年着るものを着こなしていた。

 

 

演奏中のマイルス(1970年)。

 

 

 とはいえ、昔からそうだったわけではない。16歳でジャズライブに出演するようになった頃は、まだお金がなく、質屋で中古スーツを手に入れるのが精一杯だった。彼は自伝にこう綴っている。

 

「当時(1948年頃)、デクスター(・ゴードン)が流行りのビッグショルダーのスーツを着ていて、最高にクールだった。自分も、大枚をはたいて手に入れたブルックス ブラザーズの3ピーススーツで決めたつもりだったけど、“それはクールじゃない。大事なのは値段じゃなくて、イケてる着こなしかどうかなんだ”と言われ、認めてもらえなかったんだ」

 

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