Laurent Dordet Interview

エルメスが考える
“日常に寄り添う”時計

April 2021

昨年に続いて日本からはオンラインでの開催となった国際時計見本市Watches & Wonders。そこでエルメスは、まったく新しいメンズウォッチコレクションとなる「エルメスHO8(エイチオーエイト)」を発表。そしてその発表と同時に、全世界で発売をスタートさせた。この新作について、エルメス ・オルロジェ社CEOであるローラン・ドルデ氏に詳しく伺う機会を得た。

 

 

 

Laurent Dordet/ローラン・ドルデ

1968年フランス生まれ。会計事務所に勤務後、1995年にエルメス・インターナショナル経理部門に入社。その後、シルク部門、プレシャスレザー部門を経て、2011年にレザー部門の最高責任者に。2015年よりエルメス・オルロジェ社CEO。©David Marchon

 

 

 

 

 革製品もシルクアクセサリーも、エルメスのアイテムにはひと目でエルメスであるとわかる“らしさ”が溢れている。エレガントでコンテンポラリーな意匠。そして職人の手仕事から生み出される世界最高峰のクオリティ。それは時計においても例外ではない。

 

「ご存知の通り、エルメスは常にクラフツマンシップを大切にした製品作りをしています。時計においてはもちろん機械による工程もありますが、そうした手仕事との組み合わせが非常に大事だと考えています。エルメスが最初の時計を作ったのは、今から約100年前のこと。しかし本当の意味で時計製造をスタートさせたといえるのは、1978年にジャン=ルイ・デュマが5代目会長に就任し、スイスのビエンヌに時計部門を設立したときです。私たちは、並みいる時計ブランドとは技術的クオリティで肩を並べつつも、まったく異なる時計作りに取り組み、業界に新しい風を吹き込んでいこうと標榜しました」

 

 こう語るのはその時計部門、エルメス・オルロジェ社CEOのローラン・ドルデ氏。スイスの老舗時計ブランドと比べればまだ若いといえるエルメスだが、フランスのメゾンならではの、豊かなクリエイティビティ哲学を持っている。

 

「時計というものは、単に時間という概念を計測するだけのものではありません。正確な時間を知る精度はもちろん必要ですが、それに加えてお客様の心を動かす“何か”が必要だと考えています。人生をともに歩んでいけるアイテムとしての時計を作っていきたい。時計を通じて、時間との関係性を楽しんでいただけたら」

 

 エルメスはトレンドを追いかけたりすることなく、独創的な時計を発表してきた。特にコンプリケーションについては、単に機構の複雑さを打ち出すだけではなく、ファンタジックで胸を打つようなコンセプトがこめられているものばかりだ。

 

 

 

©David Marchon

ドルデ氏が着用する時計は、「アルソー ルゥール ドゥ ラ リュンヌ」。ダイヤル上で北半球と南半球のダブルムーンフェイズを同時に表示する独創的な機構を採用しており、エルメスらしいロマンチシズムに溢れたモデルだ。

 

 

 

 メンズウォッチにおいては現在、主にふたつのコレクションが柱となっている。1978年に発表され、そのアシンメトリーなフォルムで象徴的な存在となっている「アルソー」、そして超薄型という実用性を備えた2015年発表の「スリム ドゥ エルメス」である。

 

 そして2021年4月、エルメスはメンズウォッチにおける3つ目の象徴的なコレクション「エルメスHO8」を発表した。これまで見たことがないようなスポーティなルックスだが、無駄のないシンプルなデザインは誰もがひと目見てエルメスとわかるものとなっている。

 

 

 

©Mel Bles

まったく新しいメンズウォッチとして発表された「エルメスHO8」。写真は、部分的にブラックのDLC加工を施したバイカラーのチタンケースモデルで、オレンジのラバーストラップ。自動巻き、39×39mm。¥643,500 Hermès

 

 

 

「初のスポーティなウォッチという位置づけのコレクションですが、何か特定のスポーツでの着用を想定したり、極限の状況下に耐えられるというモデルを目指したわけではありません。ジョギングやバイクに乗るときにも、街中を颯爽と移動するときも、もちろん仕事をするときにも。どんなときにでも一日中着けられる————それはつまり日常に寄り添う、そんな時計を作りたいというところからスタートしています」

 

 その開発はかなり具体的なコンセプトを持って進められたようだ。

 

「プロジェクトとして動き出したのはおよそ3年前。まず、私たち時計開発担当のクリエイティブ・ディレクターであるフィリップ・デロタルと、エルメスのメンズ部門を率いてきたアーティスティック・ディレクターのヴェロニク・ニシャニアンとの話し合いから始まっています。まずはエルメスらしさを形作るキーワード、例えば“エレガント”や、“コンテンポラリー”といったものを掲げ、それを基に、しっかりと個性があり、価値を打ち出せる新しいメンズウォッチを作ろうと考えたわけです」

 

 それはデザインに見事に結実している。こだわったスタイルは幾何学的なフォルム。誰の目にも印象的に映るそのケースは、正方形とラウンドが融合した形であり、しかし不思議なことにそのどちらとも違う独創的な形状なのである。インデックスにもコンテンポラリーなタイポグラフィーが使われている。数字の「0」、「8」は、ベゼルの美しい曲線フォルムと呼応しており、「エルメスHO8」の名はここに由来しているという。

 

 

 

©Mel Bles

何よりもまず斬新なフォルムが印象的だが、初めて目にする人でさえエルメスとわかるかのようなスタイルを醸し出す。写真は、同じくブラックDLC加工を施したバイカラーのチタンケースモデルで、ストラップはブルーの布帛ストラップ。自動巻き、39×39mm。¥643,500 Hermès

 

 

 

「結果、無駄のないシンプルなデザインが出来上がりました。まさにエルメスらしい意匠です。時として私たちはデザインを外部のデザイナーにお願いしてきましたが、今回はよりエルメスらしい意匠を追求するため、フィリップとヴェロニク、そして内部のデザイナーチームが一体となって作り上げました。また、フォルムだけでなく機能性も具体的に追求してきました。視認性に優れ、軽いけれど耐久性が高く、着け心地も良いもの。それを実現するために、さまざまなディテールへのこだわりが溢れています」

 

 確かに、ダイヤルは極限というほどにシンプルだ。中三針の腕時計において多くは秒針が時針や分針より長いが、「エルメスHO8」の秒針は短く、山型の針先で60秒のスケールを指しており、優れた視認性を確保している。

 

 

 

 

©David Marchon

グラフェン複合素材ケースのモデルのダイヤルは、ブラックゴールド加工によるもの。スーパールミノバが施されたインデックスもコンテンポラリーなタイポグラフィーで、視認性も抜群だ。

 

 

 

 今回は、ケース素材の異なる3種のバリエーションが用意されている。オールチタンモデル、一部にブラックのDLC加工を施すことでバイカラー仕様としたチタンモデル、そして炭素原子から生み出されたグラフェン複合素材モデルの3種である。これらの素材はいずれも軽量化に大きく貢献している。

 

「軽量化のための素材を考えたとき、まずチタンを考えました。チタンは既にエルメスの時計でも採用してきた実績があり、開発はスムーズでした。しかし、チタンよりもさらに軽さと強い堅牢性を持つ素材を追求してたどり着いたグラフェン複合素材についてはやや苦労がありました。専門家とともに素材から開発しなければならなかったからです。それがどのように加工できるか、また、テストも繰り返し行わなければなりませんでした。これまでエルメスの時計に使われていなかった素材という点においては難しさがありました」

 

 

 

©David Marchon

ケースの素材は3種類。いずれも軽量で堅牢性を兼ね備えており、これもまた日常的に着用するというコンセプトに適った素材が選ばれている。ポリッシュやサテンといった異なる仕上げの組み合わせも大変美しい。

 

 

 

「エルメスHO8」はストラップやブレスレットにこだわっているのも大きな特徴だ。ケース素材にもよるが、異なるスタイルのバリエーションが用意されている。ポリッシュ仕上げとマット仕上げで表情を作り上げたチタン製のブレスレットや、エルメスの革製品にも使用されている布帛ストラップはもとより、注目すべきはデイリーユースにも最適なラバーストラップである。ファブリックに似せたデザインを採用しており、エルメスらしいエレガンスをきちんと残している。

 

「日常使いを楽しむという目的を満たすため、レザーストラップを採用するつもりはありませんでした。結果、一日中快適に着けられるブレスレットやラバーストラップ、布帛ストラップとなりました。仕上げには非常にこだわっています。チタンという機能的な素材のブレスレットであってもアクセサリーのような美しさがありますし、ラバーストラップでも布帛のようなエレガンスを持たせています」

 

 

 

©David Marchon

搭載するムーブメントは、名門ムーブメントメーカーのヴォーシェによって作られたエルメス・マニュファクチュール機械式自動巻きH1837。細部にわたる美しい仕上げも含め、もちろんケースバックから眺めることができる。

 

 

 

 エルメスはこれほどの力作を、今回はオンラインでの発表と同時に世界で発売を開始した。かつてない販売戦略はなぜ生まれたのか。

 

「実は、『エルメスHO8』は昨年の新作として準備を進めてきました。想像もつかない状況に陥った2020年。取り次ぎや販売店も含めて、この業界を守っていきたいという思いがありましたので、私たちとしては一番良い時に市場に出そうとタイミングを検討してきました。そして十分な準備期間を経た結果、今回の発表と同時にフルラインナップで発売できることになりました。ですがエルメスHO8の進化はまだまだ続きます。今後は、無駄のないピュアなフォルムはそのままに、コンプリケーションも搭載したモデルの投入も考えています」

 

「エルメスHO8」をどのような人に着けてほしいか、聞いてみた。

 

「もちろん、エルメスのスタイルを愛してくださるたくさんのお客様に着用いただきたいですが、時計愛好家の方にも興味を持っていただきたい。私たちの時計は機械としての評判も年々上げています。日本にはディテールのクオリティにも厳しい目をお持ちの熱心な愛好家の方が多数おられると認識していますが、さまざまな方の日常にフィットするこの新作にぜひ注目いただきたいですね」

 

 

 

©Joël Von Allmen

 

「エルメスHO8

自動巻き 39×39mm

左:グラフェン複合素材ケース×ラバーストラップ ¥1,009,800

中:ブラックDLC加工を施したチタンケース×布帛ストラップ ¥643,500

右:チタンケース×チタンブレスレット ¥682,000

Hermès

 

 

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