‘BEAUTY IS THE ELEPHANT IN THE ROOM AND YOU’RE THE ELEPHANT HANDLER'

作品に彩りを添える女優

May 2021

キャンディス・バーゲンは、美しい顔立ちが本当の使命の妨げになることを許さない。

それよりも持ち前の率直さやユーモアのセンス、独自の個性のほうにアメリカ中の目を向けさせることを望んだ。

 

 

text david smiedt 

 

 

Candice Bergen/キャンディス・バーゲン

1946年5月9日、米国・カリフォルニア州ビバリーヒルズ生まれ。1966年に『グループ』で映画デビュー。主演を務めた『TVキャスター マーフィー・ブラウン』(1988 ~ 1998年)をはじめ、『デンジャラス・ビューティー』(2000年)や『セックス・アンド・ザ・シティ』など数々の作品に出演。直近の主演作には『また、あなたとブッククラブで』(2018年)がある。1970年代には写真家としても活動し、『エスクァイア』や『ライフ』などに掲載され、高評価を得た実力派。

 

 

 

 

 全身タイツを繰り返し着ているスーパーヒーローたちから、『ロビン・フッド』『スタア誕生』『ロザンヌ』、そして『たどりつけばアラスカ』まで、往年の作品のリブートがブームとなっているこの時代に、『TVキャスター マーフィー・ブラウン』の名前が挙がらないわけがない。

 

 タイトルにもあるマーフィー・ブラウンという名前の女性主人公が誕生したのは1988年。ベティ・フォード・センターという依存症治療施設から退院したばかりの、切れ味鋭いニュースキャスターという設定だ。この時点で十分に物議を醸したわけだが、さらにその後の展開で彼女はシングルマザーになる。これにはアメリカ中で議論が巻き起こった。

 

 批評家たちからも絶賛されたこの作品は、その後10年にわたり放送され、エミー賞とゴールデングローブ賞を計49回も獲得した。この主役を演じた女優こそが、キャンディス・バーゲンである。はまり役すぎて輝かしいキャリアが色あせる恐れもあったが、それも承知の上でこの役を演じていた。彼女はアメリカで大人気の腹話術師だった父エドガー・バーゲンのいちばん近くで、名声ゆえに生じる特権と危険を目の当たりにしていたのだから。

 

 根っからの反逆者だった彼女は、午前8時から始まる美術の授業に出られなかったことを理由に、ペンシルベニア大学を退学となる。しかし、アイビーリーグの典型的ワスプかつ絶世の美女であり、しかもそのことを理解している人間にとって、そんなことは大した問題ではなかった。「顔の裏側にどんな自分がいるのか、見つける努力はしたほうがいい」と彼女は言う。

 

「自分と一緒にいて心地よいと思ってもらうことは大切。もちろん、私が生まれ持っているものについては言葉で表現できないほど感謝してる。でも、美しさって重要な問題なのに、誰も触れようとしないことが多い。どう向き合うかは自分次第」

 

 もはやハリウッドではハッピーエンドと同じくらい定番の展開かもしれないが、レブロンの口紅の広告に出ていたバーゲンは、シドニー・ルメット監督の目に留まり、1966年公開の『グループ』で映画デビューを果たす。こうしてカメラの前に立つことで収入を得ながら、そのお金は写真撮影のいろはを習得するために費やした。

 

 ニューヨークのグリニッチビレッジのHBスタジオで演技力を磨いていると、父親譲りの笑いの絶妙なタイミングの取り方が開花した。美人は美しい、面白い女性は美しくないという時代に、「ふざけるな」(もしくは同じような意味の言葉)と言っていた彼女は、『サタデー・ナイト・ライブ』に初の女性ホストとして出演。2度ホストを務めたのも、彼女が初めてだった(彼女にとって2回目が起こりえない経験といえば、ドナルド・トランプとの大学時代のデートだ。彼はバーガンディの3ピーススーツにバーガンディのパテントレザーのローファーを履き、バーガンディのリムジンに乗って現れたという)。

 

 

 

 

オーガズムの演技では誰にも負けない

 

 多くの美人女優の宿命であるように、彼女も見た目だけが求められるような役ばかり回ってくる時期もあったが、生まれ持った才能が発揮されると、与えられた脚本にさらなる深み、ニュアンス、純粋な笑いを提供できる女優であることが証明されていった。その間も、彼女はスクリーンの外ではいつも正直だった。「私は最高の女優ではないかもしれないけど、オーガズムの演技では誰にも負けないと思う。コツは激しい息遣いを10秒続けてから頭を左右に動かし、軽い喘息発作を真似てから少し死ぬこと」

 

 ラブシーンについても彼女はこう語っている。「タクシーに相乗りするのも嫌な男が、突然ベッドの上で自分に覆いかぶさってくるようなもの」。

 

『TVキャスター マーフィー・ブラウン』の放送終了後、バーゲンは作品に彩りを添える女優として期待されるようになる。『となりのサインフェルド』や『ふたりは友達? ウィル&グレイス』、『セックス・アンド・ザ・シティ』やNetflixの『マイヤーウィッツ家の人々』など、文化的な試金石ともいえるような作品にとって、バーゲンは不可欠だった。『TVキャスター マーフィー・ブラウン』時代の栄光を引きずっているだけだと思うかもしれないが、それは違う。その証拠に2006年の『ボストン・リーガル』では再度エミー賞にノミネートされている。役者というものは自分の演技力を過大評価しがちだが、バーゲンはそれをくだらないと一蹴する。「女優業は私の虚栄心や傲慢さを助長させるだけのもの」

 

 70代になったバーゲンの人格を知る上でわかりやすい例が、「バーゲンバッグ」というプロジェクトだ。ヴィンテージのルイ・ヴィトンのバックパックやクラッチに動物などのオリジナルのイラストを描いているのだが、その売り上げはすべて慈善団体に寄付している。彼女は言う。

 

「70歳になって、未知の経験をすることが楽しくてしかたないの」

 

 実際は未知の経験などではない。美しいとされてきたものを取り払い、独自の筆遣いによって他にはないユニークなものを生み出す作業は、彼女が最初から続けてきたことでもあるのだから。

 

 

THE RAKE JAPAN EDITION issue39