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貴殿も世界の名画オーナーに!
ピエール=オーギュスト・ルノワール

The Rakish ART ROOM Vol.08

Thursday, May 28th, 2020

 

《肌着を直す若い娘(ルイーズ・ベンゼル)》は、ルノワールが64歳のとき、エソワと後に終の棲家となる南仏カーニュ=シュル=メールを行き来していた頃に描かれた。

 

 40歳のときのイタリア旅行を機に、ルノワールは、一度確立した印象派のスタイルを捨て、新たな芸術表現を模索した。本作はその後彼が獲得した、煙るようなタッチと輝く色彩による、健康的で官能的なヌードの表現だ。水浴をするために服を脱ぐ、陽光の中の女性。その姿は、まるで古典絵画に登場するギリシャ神話のニンフが、ルノワールの絵の中によみがえったようである。

 

 

左上:南仏コート・ダジュールの高台に残る「コレット荘」。かつてルノワールが晩年を過ごしたこの家は、現在「ルノワール美術館」に姿を変え、今も彼の芸術を愛する人々を迎え入れている。周囲には、ルノワールが愛した緑豊かなオリーヴの林が広がっている/右上:ルノワールのアトリエや、生活の痕跡が残る内部。

 

 

 

「カーニュは、ルノワールが来るのをひたすら待っていたようだった、そしてルノワールも直ちにカーニュを最愛の地とした。(中略)カーニュとルノワールとの物語は一個の愛の物語だ。そしてルノワールに関するすべての物語と同様、波風ひとつ立たぬ物語だ」(ジャン・ルノワール『わが父ルノワール』より)。

 

 1903年以降、リウマチの療養のために、南仏コート・ダジュールのカーニュ=シュル=メールで冬を過ごしていたルノワールは、1908年、67歳のとき、「コレット荘」を新築し、カーニュに本格的に移り住んだ。

 

 約1000年の樹齢を誇るオリーヴの林に、降りそそぐ太陽の光。「この素晴らしい土地では、不幸なんて誰にも起こらないような気がする。誰もがここの空気に甘やかされている」と言っていたように、彼がこの地を訪れたときから、カーニュとルノワールとの「愛の物語」は始まっていたのだ。

 

 

車椅子に座って絵を描くルノワール。リウマチで変形した指に筆をくぐらせ、こすれて傷つかないように布で保護して作品を描いた。

 

 

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